第971話 事故
統一歴九十九年五月十日、未明 ‐
なんだ!?
銃声!?
ひょっとして見つかったのか!?
ティフ、ペトミー、デファーグ、ファド、スワッグ、ソファーキングの六人と
銃声が鳴ったであろう方向へ視線を走らせるが、彼らの暗視魔法や暗視スキルをもってしても霧のカーテンに
「俺たちを撃ったってわけじゃ、なさそうだな?」
霧で視界を遮られているせいか、夜中の山中で、しかも敵基地のすぐ近くだということを忘れたティフとデファーグが割と大きな声で言い合う様子を心配していたペトミーが誰に訊くともなく
「銃声は一発だけでした。
レーマ軍なら、部隊単位で一斉射撃してくるでしょう。」
その前に警告とかしてくるだろうとティフが突っ込もうとした時、彼らの耳に馬の
カカカッ、カカカッ、カカカッ、カカカッ……
最初、かすかに聞こえていたその音は明らかにこちらを目指して急接近してきていた。その異常さに気づいたメンバーが次々と驚きの声をあげる。
「馬!?」
「おい、嘘だろ?
この霧の中でなんて速さだ。」
「しかも夜中だぜ!?
見えてるはずがない!」
まだ姿が見えないその馬は音からして明らかに全力疾走していた。この真夜中の濃霧の中でだ。
「もしかしたら馬が暴走してるのかもしれん。
みんな、避ける準備をしろ。
道を開けとくんだ。」
一瞬、《
その間も馬は霧の中をものすごい勢いで迫って来る。そして、その馬に乗っているであろう男の声も聞こえ始めた。
「助けてくれぇ!!
ダイアウルフだ!!
誰かいないかーっ!?」
迫りつつあった馬は
ラテン語……やっぱりレーマ軍か?
ダイアウルフ???
思わぬアクシデントにより却って冷静さを取り戻したティフは
ブヒヒィ~~~ンッ!!
ブフィヒヒンッ!!
驚いた馬たちが一斉に悲鳴を上げて逃げようとするのを、『勇者団』の一同は強引に押さえつけた。ホブゴブリン騎兵の馬も突然目の前に現れた一団に驚き、急に針路を変え、そして山側の土手に全速で突入する。
ドガッという鈍い音を立てると馬はその巨体を空中に
『勇者団』の一同は突然起きた事故の衝撃に言葉を無くし、ただ目を丸くして霧に
「お、おい……」
誰かが
「おい、生きてるか!?
死んだんじゃないのか?」
「自分が
「馬が邪魔だ、
「ペトミー、馬を
「まかせろ!」
正気に返った『勇者団』たちは互いに声をかけあいながら倒れた騎手と事故を起こした馬に駆け寄っていく。
「おい、大丈夫か!?おい!…うっ」
「どうだ、生きてるか!?」
「ダメです。首が変な方へ曲がってる……頭から岩にぶつかったんだ……」
「馬はどうだ!?」
「脚が折れてる……フーマン様!」
「治癒魔法をかけてみる、抑えててくれ。
他の馬が邪魔だ!
ファド!馬をそっちへ連れて行け!」
残念ながら騎手のホブゴブリンは既に死んでいた。馬の全力疾走の勢いそのまま頭から岩にぶつかったのだから助かるのを期待する方がおかしかったのかもしれない。
ホブゴブリンは人間よりも骨格が頑丈で筋肉が発達しており、ヒトに比べて身体は非常に強い。筋力では常人でもヒトより二倍以上あるのが普通だ。しかし、その分体重が重い傾向にあり、こういう事故ではヒトよりも重症化しやすい傾向にある。筋肉量がある分、上手く受け身をとるなどして衝撃を吸収したり逃がすことができれば、ヒトよりもずっと強い衝撃に耐えられそうな気はするのだが、予想外の事故では鍛錬を重ねた武道家でも咄嗟の受け身は取り損ねることは珍しくないのだ。ましてそんな武術など身につけても居ないただの騎兵に受け身など期待する方が無理であろう。豊富な筋肉量はこういう事故では慣性エネルギーを増す結果になり、ぶつかった個所にかかる負荷を増大させ、それがそのまま身体にダメージを与える破壊エネルギーと化してしまう。
ホブゴブリン騎兵にとって落馬事故は、ヒトのそれよりもより容易に死へ直結しやすい危険なものだった。
デファーグとスワッグの二人によって騎手から引き離された馬の方は、振り落としてしまった騎手の死を悟ったのか悲し気な
そこへペトミーが駆け付け、馬を宥めながら怪我の具合を確認すると、治癒魔法をかけ始めた。
事故に気が動転したペトミーはいざという時にグリフォンやペガサスを召喚して逃げるためにとっておいた魔力まで費やしてしまった。そのことにペトミーやティフが気づくのは事故の処理が落ち着いた後のことだったが、その甲斐あってか馬の怪我の方は何とか全快まで回復させることができていた。
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