第105話 アルトリウスの帰港
統一歴九十九年四月十二日、夕 - セーヘイム/アルトリウシア
セーヘイムの港はかつてない程の混雑を見せていた。
内訳はアルトリウシア艦隊旗艦『ナグルファル』号、同
そして『ナグルファル』号と四隻の貨物船にはサウマンディア軍団の
本当ならサウマンディア艦隊のスループ艦一隻が一緒だったが、そちらは
実を言うと御用商人であるラールの貨物船も途中まで同行していたのだが、こちらはスループ艦がトゥーレスタッドで乗員や貨物を『ナグルファル』号に移している間に先行し、一足先にセーヘイムへの入港を済ませていた。
サウマンディア軍団一個大隊が総勢五百十五名、それを率いる司令部要員が五名と主要幹部たちの従者(私的な使用人や奴隷)が四十名、更に使節とその従者が合計二十八名。上陸したのは総勢五百八十八名の大所帯である。
その大所帯の長たるサウマンディア軍団の
カエソーとアントニウスが上陸し桟橋から港の広場へ歩いてくると、少し離れていたところで待機していたエルネスティーネとルキウスの一行が、さもちょうど今来たところだとでもいう風に広場に現れる。
護衛の騎兵に囲まれた馬車が広場の中央に停車すると、名乗り奴隷が名乗りを上げ、馬車の扉が開かれて二人の領主が降りたった。
それを見たカエソーはアントニウスと共にエルネスティーネの前へ歩み寄ると挨拶を述べた。
「
わざわざお出迎えいただきありがとうございます。」
「
ようこそ、おいでくださいました。
アルビオンニアへの来訪を歓迎いたしますわ。」
「恐縮です。
おお、
御壮健そうで何よりです。」
エルネスティーネと軽く挨拶を交わしたカエソーは丁度自分の馬車から降りて歩いてきたルキウスにも挨拶をする。
「ああ、
「はい、ピンピンしてますとも!
本当なら
「お忙しい御方だからな、致し方ない。
直接お会いできないのは残念だが、またの機会を期待するとしよう。
そちらが、伝書にあった方かな?」
ルキウスは初めて見るアントニウスの紹介を促した。
「おお、お二人との再会を喜ぶあまり無礼を働いてしまったようだ。
どうか御許しを!
彼は我が軍団の幕僚を務めてくださっている元老院議員のアントニウス・レムシウス・エブルヌス卿です。」
「御紹介に預かりました、元老院議員でサウマンディア軍団の軍団幕僚を拝命しております、アントニウス・レムシウス・エブルヌスと申します。
どうぞよろしくお願いいたします。」
「お初にお目にかかります。
アルビオンニア侯爵夫人エルネスティーネ・フォン・アルビオンニアと申します。以後お見知りおきを。」
「アルトリウシア子爵ルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウスです。
遠路はるばるようこそ、アルトリウシアへ。」
カエソーの紹介を受けてアントニウスが自己紹介をすると、二人の領主は挨拶を返した。
「それにしても、領主閣下お二人そろって港までわざわざお出迎えいただけるとは思いませんでした。
このカエソー、感謝に堪えません。」
「いえ、此度のお二人のお役目をそれだけ大事と思えばこそですわ。
サウマンディウス伯爵閣下にはこれまでも多大なご援助を
そして、大変心苦しくはありますが、これからはより一層のご支援を乞わねばなりません。」
「お話は伺っております。
サウマンディアはアルビオンニアへの支援を惜しむものではないと
「まあ、なんと心強いお言葉でしょう。
このエルネスティーネ、心より感謝申し上げます。」
「事は一属州のみで収まることではありません。
両領主閣下には是非、御協力をお願いいたします。」
「もちろんでございます。
恥ずかしながら
我らに出来る事ならば、如何なる協力も惜しむものではありません。」
四人が挨拶を交わしていると、随分遅れてアルトリウスが駆けつけてきた。
まさかエルネスティーネとルキウスが港まで迎えに来ているとは思わなかったアルトリウスは、サウマンディアから来た客人たちを先に上陸させるべく、乗っていた『グリームニル』号の接舷を後回しにしていたのだ。
ところが他のサウマンディア軍団の将兵を乗せた貨物船が接舷作業を終えるのを待っている間、船員の一人が陸からエルネスティーネとルキウスの名乗り奴隷の名乗りが聞こえてきたと報告してきたのだ。
慌てて
本来ならばアルトリウスがエルネスティーネらの元にカエソーらを案内し引き合わせねばならない立場にある。
まさか領主が港まで出迎えるとは思っていなかったアルトリウスは、客人のためを思って先に上陸させたのだが裏目に出てしまった。自分はまだ海上にいるというのに、自分が領主に引き合わせる前に領主と客人が挨拶を始めてしまったのである。
失態だったと言って良いだろう。
アルトリウスは上陸を急いだ。しかし船着き場は貨物船がまだ接舷作業を続けていて『グリームニル』号を近づける事ができない。そこで目を付けたのが隣接する砂浜だった。
セーヘイムは貨物船や大型漁船は船着き場を使うが、小型の漁船は砂浜に乗り上げる。そのためにわざわざ桟橋等をつくらずに砂浜のままにしてある区画が広くとられていた。
アルトリウスは急遽その砂浜へ『グリームニル』号を乗り上げさせ、そこで船から飛び降りて駆けつけたのだった。
「おお、
脚を濡らし、息を切らせて駆け付けたアルトリウスを二人の領主は
「アルトリウス、お帰りなさい。
此度は本当に御役目ご苦労様でした。」
「御帰り、アルトリウス。
さて、このままいつまでもここで話を続けるわけにもいきますまい。
皆様の滞在先として
回り道をせねばなりませんが、それだと今日はもう遅い。
アルトリウス、そなたはどうする?」
「無論、御一緒致します。
元より、一度ティトゥス要塞へ客人を御案内する予定でしたので・・・」
「そうか。
しかし、兵らの上陸には今しばらく時間がかかりそうだな。
先に
要するにルキウスはアルトリウスに兵士たちをまとめて後から来いと言っているのだった。アルトリウスに対して酷いと言えば酷い扱いではあるのだが、ルキウスとしても出来れば早く使者をティトゥス要塞へ連れて行き、外では出来ない話をしてしまいたいという思いがある。
ルキウスにアルトリウスに対する悪意があるわけでは無く、言ってみれば身内であるアルトリウスに甘えて
しかし、第三者にはそれは分からない。何やら不穏なものを感じてしまったカエソーとアントニウスは断りを入れた。
「子爵閣下、お気持ちはありがたいが
兵を置いていくわけにはまいりません。
今しばらくお時間を頂けないでしょうか?」
「然り、
ルキウスは自分の態度があらぬ誤解を招いたことに気付いて思わず笑った。
「おお、これは・・・却って無礼を働いてしまいましたな。
どうか許されよ。
わかりました。荷馬車はこういう事もあろうかと空荷のものを御用意しておりますのでどうぞ、足らなければお申し付けください。
では、兵たちの上陸を待つとしましょう。」
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