第20話 奴隷の買い取り(1)
統一歴九十九年四月十日、昼 ー アルビオン港/アルビオンニウム
「は?」
『奴隷の値段はいくらか申してみよ。』
まさかそんな話になるとは思ってもみなかった。
当然だがアルトリウス自身は奴隷を買った経験などない。というか、普段買い物自体したことがない。
欲しいモノがあれば誰かが買ってきてくれる身分だ。
商貴族や法貴族はモノの相場について商人以上に詳しかったりするが、アルトリウスやルクレティアのような剣貴族や聖貴族はそういう事に
「誰か、相場を知っているか?」
アルトリウスは周りにいる者たちを見るが、やはりアルトリウス同様目を丸くしているような状態だ。
「その、一般に大人の男の奴隷が競りにかけられる場合は千セステルティウスぐらいから始まると思いますが、性別、種族、年齢、体格や技能によってかなり差がでます。
ただ、同じような奴隷でも買い手が多いか少ないかでだいぶ変わりますから・・・」
答えたのはスタティウスだ。
平民の出だが最年長者なのでそういう俗っぽい知識はむしろ
『高いといくらぐらいになるのかと
そうは言っても知らないモノは知らない。やはり皆首をひねるばかりだ。
「相場とは異なりますが・・・若く美しい女が二万四千で売れたという話は聞いたことがありますが・・・男だと人気のある
再びスタティウスが言った。彼にしても酒飲み話に耳にしたことがあるだけなので、正確かどうかも分からない。
そもそも、一番高い値段がついた例なんて話は、だいたい普段の相場からはかけ離れた例外的な話なので参考になる事なんか無いのだが・・・。
するとリュウイチが一枚の金貨を差し出した。
『仮にその最高額だとして、この金貨何枚分になるか?』
それは彼らが見たことも無い金貨だった。
レーマ帝国で出回っている貨幣はだいたい直径半インチ(約十三ミリ)もない。それも真円ではなく、歪んでいるのが普通だ。
貨幣は溶かした金属を型に入れて鋳造した円盤を別の彫刻の施された型の上に置き、やはり打面に彫刻が施された専用のハンマーを上から押しあてて別のハンマーで打ち付けるという手作業で製造されている。したがって重さと刻印こそすべて同じだが、輪郭は全て異なるし、表面と裏面の刻印が一枚一枚ずれていたりもする。
それに対してリュウイチが差し出した金貨はどうだ。直径が一インチ(約二十六ミリ)以上あるし、厚みもある。
輪郭は真円を描いているし、表面と裏面はもちろん端面にすら模様が刻印されていて、おまけに角が立っている。平らなところなら立てて置けそうだ。いや、置けるだろう。
こんな精巧な貨幣など見た事ない。
そもそも、金貨をこんなに精巧につくる必要があるのか?
金貨の価値は金の価値だ。金の純度と大きさ(重さ)さえ統一できていれば、それだけで貨幣としての信用を保つことが出来るのだから、こんなに精巧に作る必要は無い筈だ。
ひょっとして
「これは、金貨ですか?メダルじゃなく?」
『間違いなく金貨である。』
アルトリウスの質問に《火の精霊》は間髪入れずに即答した。返答が早すぎるという事はリュウイチ様に確認していない事を示すが、それは多分確認するまでもないという事でもあるのだろう。
しかし、いきなり見たことも無い金貨を出されてどれくらいの価値があるかと言われても即答はしかねた。
レーマ帝国でも金貨は使われているが、提示されたものは手に持ってみた感じではレーマ帝国のどの金貨よりも大きくて重い。多分、金の含有量も高いのだろう。
しかも、大協約で国家間貿易の決済には金貨しか使えない事になっているため、ただでさえ流通量の限られる金貨は貿易に使われるだけで一般市場にはほとんど出回っていない。
レーマ帝国で最も流通量の多い金貨はアウレウス金貨だが、銀貨や銅貨との交換比率がどうなってるかなど、この場にいる誰も把握していなかった。
アルトリウスは提示された金貨を返しながら答えた。
「もうしわけありませんが、即答致しかねます。
このような金貨は初めて見ますし、我々の知る金貨とは一枚の価値が随分異なるようです。
それに金貨は主に貿易に使われていて一般の生活では銀貨か銅貨が使われますので、これが一枚が銀貨や銅貨とくらべどれくらいの価値を持つのかはわかりません。」
「さっきのセルテル・・・なんとかってのは銀貨なんだな?」
アルトリウスの返事を《
『セステルティウスな・・・たしか、
《火の精霊》は自身の記憶を頼りに即答した。
人気の剣闘士が一万に届かないとか言ってたから、多分高めに見積もっても彼らの価値は銀貨一万枚ということだろう。
金貨の価値は分からないらしいが、リュウイチが過去にやった無料のMMORPGでは銀貨百枚で金貨一枚だった。仮に同じ交換比率だったとして金貨百枚あれば釣りがくる事になる。
だが、別のRPGでは銀貨十枚で金貨一枚だったような記憶もある。となると金貨千枚ぐらい用意する必要があるだろう。
どんっ、どんっ、どんっ、どんっ
リュウイチの手元にさっきまでなかったはずの木箱が現れ、それを次々とアルトリウスたちが見ている前で砂浜へ積み上げていく・・・その数四個。
いずれも綺麗に仕上げられた箱で表面は艶やかに磨き上げられており、歪みや隙間などが全く見当たらない。角の部分は鋲で打ち付けられた鉄板で保護され、その箱だけでも結構な価値がありそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます