第19話 極刑

統一歴九十九年四月十日、昼 ー アルビオン港/アルビオンニウム



「寛大なるお言葉、感謝申し上げます。」

 ルクレティアがそう言い、四人で小声で何事か話をするとようやく立ち上がった。


「いや、こちらも軽率だった。

 驚かしてしまったかもしれない。

 こちらこそ許してほしい。」

「リュウイチ様、許し、求むる事、あるまじく、存じ上げます。

 どうか、御心安んじ奉られますよう。」

「いや!あの人らにも驚かして悪かったと伝えてほしい。

 お互い様って事で、罪とか罰とか、そういうのは無しで・・・」


 ルクレティアは「お互い様云々」以降の言葉は、不慣れな言い回しだったため理解できなかったが、《火の精霊ファイア・エレメンタル》によって訳して伝えられ意味を理解した。そして、ルクレティア、アルトリウス、スタティウス、クィントゥスの四人はお互いの顔を見合わせる。


 許しを得られたのは良かったが、さすがにリュウイチの最後の申し出は受け入れるわけにはいかなかった。

 彼らは命令に反して絶対に攻撃してはならない相手に攻撃したのである。たとえその相手が許したとしても見逃すわけにはいかない。


「直接言上ごんじょうしてもよろしいか?」

 既に許しを請うために許しを得ることなくリュウイチに言上してしまっていたアルトリウスだが、改めてルクレティアに確認する。


「この者、リュウイチ様、対したてまつり、直接、ご説明申し上げます、申しております。お許しいただきます、なりや?」

「は?」

 これはさすがに日本語がアレすぎてちょっと何を言っているか分からなかった。


『このアルトリウスなる者が主様に直接説明したいと申しておるそうだ。』

「ああ!・・・なるほど・・・はい、どうぞ。

 というか、目立たない様に平民を装うんだから、むしろそういう改まった接し方をしたら不味いんじゃないんですか?

 私もそういう風な貴族っぽい礼儀作法はうといんで困ります。

 公式の場では無理かもしれませんが、それ以外の場ではなるべく普通に接してもらえたほうが嬉しいです。」

 《火の精霊》を介してリュウイチの言葉を受け取った四人は少し驚いたような表情を浮かべる。アルトリウス以外は互いの顔を見合ったが、わずかな間をおいてアルトリウスは話し始めた。



「御意を得まして、ご説明申し上げます。

 我らは本来、あの神殿テンプルム現れると目されていた人物を捕縛する任務に就いておりました。

 その者の名はメルクリウスと申します。御存知でありましょうか?」


あるじ、メルクリウスなる者など存ぜぬの申せり。』

「メルクリウスなる者は《レアル》より人を降臨せしむるとされる人物です。

 ともかく、我らはそのメルクリウスなる者がこのアルビオンニア州に渡れりとの報に接し、アルビオンニア中の神殿などを警備し、メルクリウスが現れればこれを捕縛せねばなりませんでした。

 しかし、仮にメルクリウスが儀式によって降臨者様を降臨せしめた場合、メルクリウスは捕縛せども降臨者様には一切手出しならぬとされており、私もあの者たちを含めすべての兵にそう命じておりました。

 あの者たちはその命に反し、おそれ多くもリュウイチ様にやいばを向けました。つまり、軍命に反したのであります。

 ゆえに、軍規に照らし合わせ、あの者たちは罰せねばなりません。たとえ御身が御許しになられたとしても、軍命に反したる事は別の問題であるがゆえに。」


『吾が主、申せり。

 かの者らをいたずらに驚かしてしまったのも一因なれば、己が軽挙を悔いるばかりなり。再考はならぬやと。』

「リュウイチ様の御心の広き事、このアルトリウス感服いたしましてござります。

 なれど、軍命は軍命、軍規を曲げれば我が軍団レギオーの統率が損なわれましょう。

 何卒なにとぞ、御理解いただきたく存じ上げます。」


『かの者ら、いかなる処罰を受けることになろうかと、吾が主は問いたもう。』

おそれながら、死罪となりましょう。」


 あいつら殺されちゃうの!?とリュウイチが声をあげた。思わず全員がビクっと身体を震わせ、リュウイチの様子をうかがう。


『死刑に処さば、あの者らをわざわざ魔法で眠らせた意味が無くなる。

 せめて減刑はならぬかと、吾が主は問い給う。』

「軍命に背いた上に、畏れ多くも高貴なる御身をその手にかけようとしました。

 残念ながら極刑は免れるものではございません。

 何としても死刑を回避せよと申されるのであれば、奴隷に堕とすしかございません。」



 アルトリウスは彼らを奴隷にすると言ってしまった事に、そこはかとない不安を抱いた。

 この世界にも人道主義とか人権といった概念は降臨者によってもたらされている。そして、過去の降臨者の中には、この世界の奴隷制に対して明確に否定的な態度を示した者もいたし、一部のゲイマーガメルはその武威をもって強引に奴隷たちを解放していった。

 もしも、リュウイチがそういうゲイマーと同じ考えの持ち主であった場合、下手すると奴隷制をきっかけに暴れ出すかもしれない。


 そうなったら抑えようがない。


 レーマ帝国は奴隷制廃止に踏み切らなければならなくなるかもしれないが、その影響がどの程度のものになるのかはアルトリウスには想像できなかった。

 諸王国連合のいくつかの地域では、ゲイマーたちによって強引に奴隷制度が廃止された。その中の最悪のケースでは人口の三分の二にも及ぶ奴隷がいきなり解放されたことで大混乱が発生した。


 自由を得て他所へ逃れた奴隷もいたが、そんなのは少数だった。ほとんどは解放と同時に職と生活の場を失い、路頭に迷ったのである。

 結局、貧困に耐えられずに自ら奴隷に戻った者もいたし、かつての主人に『お礼参りしかえし』をした元奴隷もいた。有産階級は元奴隷たちの暴徒に襲撃されるか、他所へ逃げるかした。

 これによって都市の食糧も財産も散逸した。

 治安が急速に悪化し、流通が滞り、生産が停まって飢餓が発生した。領主は逃亡し、その都市は完全な無法地帯と化した。


 他の国から『治安維持活動』の名目で軍隊がやってきて占領され、亜人種を中心に元奴隷だった多くの者が虐殺されることになった。

 その都市が治安と都市機能を取り戻した時、人口は激減し、治める国も変わってしまっていた。この事例では強引な奴隷解放から都市機能回復まで、実に三十年ちかい年月がかかっている。


 レーマ帝国はそこまで酷い事にはならないだろう・・・と、アルトリウスは思う。レーマでは現在、借金による奴隷と刑罰による奴隷しかいない。

 奴隷商は許認可制になっていて奴隷売買には厳しい制限を受けており、奴隷自体も登録制になっていて奴隷を所有すると税金がかかる。かつてのようにどこかからかさらってきた人間を奴隷として扱う事はかなり難しくなっていた。

 統計データを見た事があるわけではないが、アルトリウスが以前に目にしたことがある情報によると、総人口に占める奴隷の割合は一割に満たない筈だ。


 だとしても、奴隷制を廃止するとなると、犯罪者の罰するための刑務所をつくったり、膨大な借金を作ってしまった場合の代わりの保障システムをつくるなどいくつもの課題が出てくるだろう。そしてそれを運営する役人も必要になってくる。

 一朝一夕で出来る事ではない。


 結論を言うとアルトリウスの不安は杞憂に終わった。だが代わりに予想外の問題に頭を悩ませることになる。


『ならばかの者らの身柄を、吾が主は買い受けると申しておる。』

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