第1283話 露呈

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「馬鹿にするな!」


 ティフは憤慨ふんがいし、両手をテーブルに叩きつけた。その衝撃でテーブルに置かれた茶碗の中で炭酸果汁の水滴が跳ね、その後音も無く泡立ち始める。が、その様子を見ていた者は居なかった。全員がティフに注目していたからだ。


「俺たちは『勇者団』ブレーブスだぞ!

 ゲーマーの血を引く聖貴族だ!

 レーマ軍の追及を逃れるくらいわけはない!!」


 驚き硬直したまま赤くなったティフの顔を見ていたカエソーは、さして間を置かずにフンと小さく鼻を鳴らす。


「しかし、時間の問題だ」


「まだ言うか!?」


「では、いつまで逃げ隠れしつづけるおつもりですか?」


 カエソーは既に冷静さを取り戻していた。ティフに対する苛立いらだちや怒りを押し殺した低い声で続ける。


「アルビオーネ様が居られる限りアナタ方はアルビオンニアから出られない。

 そしてアルビオンニアはこれから冬だ。

 アルビオンニアの冬は厳しいですよ?

 アルトリウシアは豪雪に閉ざされ、ライムント地方以東ではすべてが凍り付く」


 アルビオンニア属州の中央部を縦断するライムント街道。東山地オストリヒバーグ西山地ヴェストリヒバーグに挟まれた街道周辺の地域をライムント地方と呼んでいる。西山地より西のアルトリウシアは赤道付近から南下してくる暖流のおかげで冬でも比較的暖かいが、代わりに山岳地帯は一晩で子供の身長ほども雪が積もることさえある世界有数の豪雪地帯だ。そして西山地より東は雪はほとんど降らないものの気温が低く乾燥しがちであり、冬場はアルトリウシアとは対照的に非常に冷え込む。真冬ともなると一日を通して氷が溶けることは無く、地元民の中からも凍死者が頻繁に出る始末だ。昨年も数千人もの凍死者を出している。もっともこれは、一昨年の火山災害のせいでアルビオンニウムから流れて来た難民たちに住居や暖房が十分にいきわたらなかったせいではあったが……いずれにせよ、寒さに慣れていない余所者よそものが冬のアルビオンニアで身を隠しながら生き延びることはかなり難しいだろう。

 正直に言うと『勇者団』に冬の備えは無かった。南半球は季節が北半球と逆になるということをすっかり失念していたのだ。そもそも、当初の計画では既に降臨を成功させているはずだったのだから、冬を越す用意などするはずもない。だがティフは虚勢を張った。『勇者団』に冬越しの備えがないことなどカエソーが知ってるはずもないからハッタリでも十分に通る筈だ。


「寒さくらい何てことは無いさ!

 俺たちは寒さからも暑さからも魔力で身を守ることができるんだ。

 レーマ軍お前たちこそ、そんな寒い中で俺たちを狩りたてることができるのか?」


 強がるティフにカエソーはせせり笑うように答える。


「山狩りなんかする必要はありませんよ。

 考えてもごらんなさい、水や食料はどうするつもりです?

 冬は食料は街の倉庫にしかありません。

 我々は食糧庫のある街に兵を配置するだけで、アナタ方を兵糧攻ひょうろうぜめにできるのですよ。

 水だって冬を通して凍らない井戸の場所は限られる。

 人目に着かないように水を手に入れようとしたら、川の水でも汲むしかないでしょうな」


 地の利というものは大きい。こういう交渉ごとの中でさえ、土地勘の有無は大きなアドバンテージになる。地元の事情を知っているカエソーはティフに対して一方的に優位に話を展開できた。


「水くらい魔法で出せるさ!

 それに食料?

 舐めるなよ、俺たちは独自の補給ルートを確保してるんだ」


 あくまでも一般人NPC基準で話をするカエソーを嘲笑あざわらうかのようにティフは勝ち誇って見せる。だがそれは墓穴でしかなかった。


「ほう、独自の補給ルート?」


「当然さ!

 じゃなきゃ三百人もの盗賊を飼えるわけないだろ!?」


 ティフは口を開く前にカエソーが薄笑いを浮かべていたことに気づくべきだったろう。


「なるほど、ではクプファーハーフェンの警備を厳重にするよう要請しましょう」


「何!?」


 カエソーの思わぬ一言にティフは素に戻って驚きをあらわにしてしまう。カエソーはそれによって図星を突いたと確信し、ほくそ笑んだ。


『勇者団』ブレーブスはクプファーハーフェンから補給を受けているのでしょう?」


「なっ、何で!?」


 狼狽ろうばいを隠せないティフにカエソーは笑った。


ティフブルーボール様は先ほど、情報収集と補給体制の見直しのために分かれて行動しているとおっしゃっられた。

 そして御仲間の一部がクプファーハーフェンへ行っているとも……

 これはもうクプファーハーフェンから補給を得ていると言ってるのとおなじではありませんか」


「だっ……それだけで!?

 クプファーハーフェンから補給を得ているとは限らないだろ!

 クプファーハーフェンへ行ったのは情報収集のためだ。

 補給は他の街からも調達できる」


「残念ながら……」


 事情を知らないティフの弁明はカエソーからすれば失笑ものの内容だった。まあ実際に吹き出してしまうようはことはなかったが、しかし顔がほころんでしまうのまでは抑えきれない。


「先月、アルトリウシアでちょっとした騒乱がありましてね」


「き、聞いてるぞ。

 蛮族の部隊が叛乱を起こしたんだってな」


「そう、それで被害を受けたアルトリウシア住民を救うため、アルトリウシア子爵領とアルビオンニア侯爵夫人の直轄地では食料の流通が制限されているのですよ。

 シュバルツゼーブルグでも、配給制になっていたでしょう?」


 ティフはようやく自分の失言に気づき、ゴクリと唾を飲んだ。赤らんでいた顔から血色が急速に引いていく。


「今、アルビオンニア属州内でまとまった量の食料品を自由に取引できるのは、クプファーハーフェン男爵領をおいて他にないのです」

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