第1282話 時間稼ぎ

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「待て!」


 ティフはテーブルに左手を突き身を乗り出した。


「お前たちの要求は分かった!

 俺としては到底飲める内容ではないが、持ち帰って検討しよう」


「検討?」


 カエソーは片眉を大きく持ち上げていぶかしむ。ティフの言葉は先ほどまでの会話の感触からすれば到底信じられないほど前向きなものだったのだから、ティフの真意よりも先に我が耳の方を疑ってしまうのも無理はないだろう。それはカエソーとリウィウス以外の、この場にいるほぼ全員が抱いた同じ感想だった。リウィウスが他と同じ感想を抱かなかったのは、単に英語が分からないからである。


「俺は『勇者団』ブレーブスのリーダーをやっているが、独裁者というわけじゃない。

 みんなの意見がバラバラになった時に調整し、取りまとめて方針を定め、各員に役割を割り振るのが俺の役割だ。みんなの意見や考えを無視して『勇者団』ブレーブスの方針を独断で決定できるわけじゃないんだ」


 そこまで言うと乗り出していた上体を戻し、椅子に腰を落ち着けつつも背筋をまっすぐに伸ばし、テーブルに突いていた手も引いて腕組みした。


『勇者団』ブレーブスの方針を大きく変えなきゃいけない時は、みんなに相談しなきゃいけない。

 今回のはまさにそうだ。

 俺一人で決めるには事が大きすぎる」


 ふぅ~~~……長く息を吐きながらカエソーは身を起こすと手を伸ばし、テーブルの上の自分の茶碗ポクルムを手に取った。中には炭酸果汁がちょっとだけ残っている。カエソーはそれを一気に煽って飲むと、空になった茶碗をテーブルに戻して脇へ滑らせるように退け、指でテーブルをトントンと叩いてを催促しつつティフへ視線を戻した。サッと歩み寄った従兵が横から茶碗を回収し、お代りの準備を始める。


「それで『勇者団』ブレーブスの皆様は“出頭”に同意してくださりそうですか?」


 ティフは従兵が飲み物を用意するのを見ていたが、膝に肘を突いた前傾姿勢のままカエソーが尋ねるとハッとして視線をカエソーに戻した。


「それは何とも言えん。

 多分、ハーフエルフのメンバーは同意しないだろう。

 だが、ヒトのメンバーは条件次第で応じると思う」


「……条件とは?」


「レーマ軍に出頭後、ムセイオンに送還された後の処遇だ。

 彼らは降臨の成就じょうじゅにはあまり熱心じゃないんだ。

 俺たちハーフエルフを心配して一緒についてきたような感じでね」


 従兵がお代りの炭酸果汁を注いだ茶碗を出すと、カエソーは視線をティフから離さずに手を伸ばしてそれを取りあげる。


「それは我々では何とも保障しかねますな。

 送り返された脱走者をムセイオンがどのように遇するか……私には想像すらつきませんし、ムセイオンの決定に関与する術ももちません」


 カエソーは正直に言った。ムセイオンの内情などさすがに知らなかったし、下手に言質を与えるわけにもいかない。


カエソー閣下情状酌量じょうじょうしゃくりょうを訴えてくれさえすればいいんだ。

 俺だって閣下にそれ以上のことが出来るとは思っていない」


 先ほどのカエソーと同じような何かをツマラナイ言い訳するような口調でティフが言うと、カエソーは少しムッとした様子で眉を寄せた。過剰な期待をされるのは困るが、だからといって期待してないとハッキリ言われるのは気分のいいことではない。


「その程度で良ければやりましょう」


 カエソーは茶碗を口元へ運び、炭酸果汁を一口飲んだ。それを見ていたティフもゴクリと生唾を飲む。


「で、では持ち帰って検討した結果はいついただけるのですか?」


「あっ!? ああ……」


 ティフはどうも炭酸果汁に気がいってしまうようだ。カエソーの問いかけに我に返ると、いつの間にか前のめり気味になっていた上体を引いて背もたれに背を預ける。


「それについては何とも言えないな。

 今、メンバーはあちこちに分かれて行動してるんだ」


「分かれて?」


 カエソーが思わず顔を顰めて訊き返すと、ティフはあっけらかんとした調子で答えた。


「情報収集と補給体制の見直しのためだ。

 アルビオンニアの端から端まで広がってるから、再集結するだけで一週間はかかるだろう」


 そのあからさまな時間稼ぎにカエソーは呆れ、茶碗をテーブルに置いた。


 再集結するだけで一週間!?

 それから意見を纏めても返事を持ってくるだけで十日はかかるんじゃないか!

 バカバカしい!

 それまでに私はサウマンディウムへ帰るんだぞ!?


 カエソーの今の任務は既に捕えたペイトウィン、メークミー、ナイスの三人をサウマンディウムへ護送することだ。ペイトウィンとナイスはメークミーを護送する過程で偶々たまたま捕まえることができただけで、『勇者団』の捕縛はカエソーの本来の任務とは異なる。それはサウマンディア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・サウマンディイで叔父のアッピウス・ウァレリウス・サウマンディウスの仕事になる。ムセイオンから脱走者の捜索手配がサウマンディウムへ到着していることとアッピウスが既にアルビオンニウムに上陸して『勇者団』の捜索を始めていることについて、カエソーはアッピウスからの早馬で知らされていた。

 もしも『勇者団』が再集結するのに一週間もかかるというのなら、カエソーは間違いなくアルビオンニアから離れているだろうし、その後で『勇者団』が投降してきてもそれはカエソーの下へではなくアッピウスの下へとなるだろう。つまり手柄はカエソーのではなくアッピウスのになってしまうわけだ。


 手紙じゃアルトリウシア経由で帰ることをアッピウス叔父上は怒っておられる様子だった。多分、帰ったら小言を言われるだろう。

 それでもここで『勇者団』ブレーブスを全員投降させることができれば挽回できる。だというのに……


 ハァ~~~~ッ……カエソーは盛大に溜息をついた。


「な、何だ!?」


 ティフはカエソーのあんまりな反応に困惑を隠せない。が、困惑しているのはカエソーも同じだった。


ティフブルーボール様、さすがに一週間も待てませんよ」


 苛立いらだちのにじんだ声にティフは狼狽うろたえた。


「し、仕方ないだろ!?

 メンバーの何人かはクプファーハーフェンへ行っちゃったんだ!」


「それはそちらの事情です。

 『勇者団』ブレーブスの皆様方が穏便おんびんに、まとまって出頭していただけるならこうして話し合うことにも意味はありますが、集まるだけで一週間!?

 それを待つぐらいなら、一人ずつでも捕まえられる方から順番に捕まえていくのと手間は大して変わらないじゃないですか」


 て、手間!?


 ティフにはそんな発想は全くなかった。自分たちが潜伏に徹すればレーマ軍の捜索など手玉にとれるつもりでいたティフたちからすれば、レーマ軍が『勇者団』を捜索する手間はティフの返事を待つ手間よりずっと大きいはずだった。だがレーマ軍側の目論見もくろみではそうではないらしい。

 強力な精霊エレメンタルたちの支援を受け、グルグリウスという協力者も得たレーマ軍は捜索能力に自信を持っているのかもしれない。


「それでも、全員がまとまって出頭して来る方が良いのではないのか!?」


 さすがに『勇者団』の能力をもう少し高く評価してもいいだろうに……そういう期待を込めたティフの抗議はカエソーの反論の前に虚しく散った。


「そうなればそうですが、しかし集まって話し合ったからと言って必ず全員が出頭してくると決まったわけでもないのでしょう!?」

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