第686話 拘束されたナイス・ジェーク

統一歴九十九年五月八日、午後 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



「ではナイスとの‥‥‥ジェーク殿との面会は叶わんのか?」


 ジョージ・メークミー・サンドウィッチは、昨夜来カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子に代わって自分たちの身に周りの世話を焼いてくれていた若き神官スカエウァ・スパルタカシウス・プルケルからアーノルド・ナイス・ジェークとの面会希望に対する残念な結果を聞かされ落胆を隠せなかった。


「サンドウィッチ様、私もご希望に沿うよう努力したつもりでしたが、あいにくとジェーク様御本人が御気を失われた状態ではどうしようもありません。」


 残念そうにそう答えたスカエウァの態度にウソは無かった。狼藉ろうぜきを働いたあげく捕虜となったとはいえ仮にもムセイオンから来た聖貴族であることには変わりないメークミーに対し、恩を売っておきたかったのに出来なかったことをスカエウァは本心から残念に思っていたのである。

 スカエウァのように自分に媚を売って来る存在を飽きるほど見て来た‥‥‥というより、ゲイマーガメルの血を引かぬNPCとは大抵そういうものだぐらいに思っているメークミーはスカエウァの言葉を疑うような気持ちは当然ない。だが、相手を信用するかしないかと、結果を納得するかどうかは別の問題である。メークミーはスカエウァの報告に対して抱いた疑問を、決してスカエウァを責めるでもなく投げかける。


「何故だ!

 昨夜、魔力欠乏で気を失ったとはいえ、さすがにもう回復してるんだろ!?

 私だって昨夜、魔力欠乏で気を失ったが、もう平気だぞ!

 ナイスはたしかに回復が遅い方だが、それでももう立って歩くくらいできるようになってるはずだ……」


「はい、ジェーク様は確かに朝、多少遅うはございましたが御目覚めになられ、朝食もお召し上がりになられました。そしてウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子閣下ならびにキュッテル閣下とお会いになり、その後ふたたび気を失われたのでございます。」


 スカエウァは見た目こそ自分と同じくらいだが二倍の年齢差があるメークミーに対し、見た目の若さに油断することなくへりくだって受け答えする。


「なんだと?

 一度回復したのに何故気を失う?

 それとそのキュッテル閣下とは何者だ?!」


「キュッテル閣下はアルビオンニア軍団アルビオンニア・レギオン軍団長レギオン・コマンダーです。

 昨夜、大隊バタリオンを率いてブルグトアドルフの街に救援に駆け付けました。」


 昨夜、カエソーに治癒魔法をかけ続けたせいで魔力欠乏を起こして失神する直前に現われ、短い会話を交わしたアロイス・キュッテルのことをメークミーはすっかり忘れていたのだが、スカエウァに説明されてようやく思い出した。手のひらで額をペシッと叩き、失念していた自分を自分で罰しながら思い出したアロイスの人物像を確認する。


「ああ、そうか……思い出した。

 昨夜、会ったぞ。

 気を失う前に、私の前に現れたんだ。

 背が高く、肌の黒い、ランツクネヒトだ。そうだろう?」


「はい、その人物こそアロイス・キュッテル閣下でございます。」


 うやうやしく首肯するスカエウァに、メークミーは肝心なことをまだ聞いていないことをすぐに思い出した。


「それはいい!

 ナイスが、ジェーク殿が気を失ったとはどういうことだ!?

 一体何があった?」


 自分と同じ年齢ぐらいに見える若い髭面の男に顔を覗き込むように問われ、スカエウァは再び目を伏せるように軽くお辞儀すると話を続けた。


「はい、ジェーク様は魔導弓マジック・ボウをムセイオンへ送られるとお聞きになるや大層ご立腹になられまして‥‥‥」


「まさか!」


 スカエウァの説明にただでさえ大きく見開かれていたメークミーの目が更に丸く広げられる。


「そのまさかにございます。

 ジェーク様は伯爵公子閣下の眼前で魔法の弓を御引きあそばされました。」


魔法矢マジック・アローか!?」


 それは魔法が不得手なナイス・ジェークが使える数少ない攻撃魔法の一つであった。

 マジック・アローは魔力で作り上げた魔法の矢を放つ無属性の攻撃魔法である。本来無属性魔法は、精霊エレメンタルの力を借りて行使される属性魔法と違って、精霊の協力を得られないためすべてを自分で制御しなければならず難易度が非常に高い。魔法専門職の聖貴族であっても自在に使える者の少ない高度な魔法だ。だが、ナイスの場合は長年魔道具マジック・アイテムである愛弓アイジェク・ドージを使ってマジック・アローを良く放っていたせいか、マジック・アローだけはイメージが掴みやすいらしく、自在に放てるようになっている。アイジェク・ドージを使った時と比べれば格段に威力も射程も落ちるが、弓が無くても至近距離の人間を射殺するくらいはわけはなかった。


「それで!

 マジック・アローを放ったことで魔力欠乏に陥ったのか!?

 伯爵公子閣下はどうなされた!?」


 遠距離攻撃を得意とするナイス・ジェークだが近距離戦が苦手と言うわけではない。レーマ軍の高級将校とはいえ所詮はただのヒトに過ぎないカエソーやアロイスに、ハンターとしてもレンジャーとしても実力でムセイオントップクラスのナイスが遅れをとるはずがなかった。眼前でマジック・アローを放ったとなれば、おそらくナイスが的を外すなんてことはあり得ない。となればカエソーが死んだか、あるいはわざと外して威嚇したかのどちらかであろう。


 まずいぞ、伯爵公子カエソーが死ねばメークミー聖遺物アイテムはどうなる!?


 メークミーの大切な剣と盾は現在カエソーが預かっているのだ。それはムセイオンに送られ、メークミーはムセイオンで剣と盾を返してもらうことになっている。だが、カエソーが死んだりしたらその約束もどうなるか分からない。カエソーの部下たちが少しでもカエソーの仇を討とうと、代わりにメークミーの大切な剣と盾を可能性だって無くはないのだ。

 だがメークミーのその心配は杞憂に過ぎなかった。スカエウァは神妙な面持ちで首をゆっくり左右に振る。


「いいえ、マジック・アローは放たれませんでした。」


「何!?どういうことだ?

 まさか、マジック・アローを作っただけで魔力欠乏になったとでもいうのか?」


 メークミーはいぶかしむように眉をひそめた。

 元々魔力がさほど強くなく魔力回復も遅いうえに魔力欠乏で気を失って目覚めたばかりのナイスである。カエソーやアロイスと会った‥‥‥おそらく尋問を受けたのであろう‥‥‥その時もまだ万全ではなかったはずだ。もしかしたら魔力が回復しきらず、まだフラフラだったのかもしれない。その状態でマジック・アローを放とうとしたなら、それだけで再び魔力欠乏を起こして気を失ったとしても不思議ではないように思える。


「いいえ、そうではありません。

 マジック・アローを放つ前に取り押さえられたのです。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様の御力によって‥‥‥」


「なんと!?」


 カエソーから愛弓アイジェク・ドージをムセイオンに送る、ムセイオンで受け取れと言われたナイスは一瞬呆気にとられ、その意味を理解すると一本取られたとばかりにケラケラと笑い始めた。そしてひとしきり笑い終えた後で突然、円卓メンサに置いていた左手を拳を握った状態でカエソーに向けて突きだし、右手を脇に引いた。そう、ちょうど左手に目に見えぬ弓でも握っていて、その弓に矢をつがえて引き絞っているかのように‥‥‥そして、その目に見えぬ弓と矢は瞬く間に光り始め、魔法の弓と矢が形作られた。


「ふざけるな!

 今すぐアイジェク・ドージを持ってこさせろ!

 さもないと‥‥‥!?」


 突然のことに驚き、何もできないまま固まっているカエソーに対し、ナイスはお決まりの様な脅し文句を口にしたが、ナイスはそれを最後まで言い切ることはできなかった。突如、床から魔法のいばらが繰り出されるむちのように飛び出し、ナイスの身体を縛り上げたからである。


「ぬっ!?クソッ!!‥‥あ、あああっ!?」


 訳も分からずもがくナイスの身体に荊の棘が突き刺さり、そこから魔力が吸われてしまう。魔力を奪われたことで一度は形作られた魔法の弓と矢も、あっという間に消滅してしまった。ナイスの身体は力を失い、その場に崩れ落ちる。本当なら先ほどまで座っていた椅子にでも腰を落ち着けていたのだろうが、あいにくとマジック・アローでカエソーを脅そうと立ち上がった瞬間に、彼の椅子は後ろを飛ばされ床に倒れていたため、ナイスの身体は納まるべき椅子を見いだせず床に倒れ込んでしまったのだった。

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