第568話 住民たちの説得

統一歴九十九年五月七日、夜 - ライムント街道ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 無秩序にあふれ出す住民たちの要望の内容はアロイス・キュッテルもシュテファン・ツヴァイクも誰も想像していなかったため、彼らは驚き、そして戸惑った。特にアロイスは住民たちを宿駅まで誘導しなければとしか考えていなかったので余計である。


 実はアロイスがここに来る前、ブルグトアドルフの礼拝堂でルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアやセルウィウス・カウデクスと今夜の、そして今後の対応を簡単に打ち合わせていた際、再び《地の精霊アース・エレメンタル》によるがあったのだ。彼らの前に姿を現わした《地の精霊》はルクレティアに、眷属けんぞくが『勇者団ブレーブス』を捕まえたと報告したのだ。


「捕まえた!?『勇者団』の、ハーフエルフ様をですか!?」


『いや、ヒトだ。』


「いったいどうして!?」


『うむ、「抑えておくだけで良い」と言ってあったのだが、眷属めが張り切って捕まえてしまったようじゃ。それで、ワシに献上すると申しておる。

 どうする?』


 《地の精霊》は相変わらず飄々ひょうひょうとした様子ではあったが、どこか申し訳なさそうな様子も言葉の端々はしばしにかすかににじませてもいた。おそらく、《地の精霊》としても《森の精霊ドライアド》が勝手に『勇者団』を捕まえてしまうなど計算外だったのだろう。

 ブルグトアドルフの森は生まれて百年と経っていない。当然、そのような若い森に人をどうにかできるほどの力を持った精霊エレメンタルなど本来なら宿るはずはない。が、《地の精霊》がまだ赤子同然と言って良い力の弱い精霊に膨大な魔力を授け、強力な眷属に仕立て上げてしまった。力を得たまだ若い《森の精霊》は《地の精霊》に心酔し、喜んでもらうために『勇者団』を捕まえ、「献上します」と嬉々ききとして報告して来たのだった。

 自分のために捕まえ献上したいと言ってきたものを無下むげにするのも気が引けたし、ましてや献上したいと言って来たのは『勇者団』の一員…状況が許さないから今は捕まえなくてよいとはしたものの、出来る事なら身柄を確保しておきたい相手でもある。そして、捕まえるにしろ捕まえないにしろ、殺したり傷つけたりされては困る相手だ。


「どうするって言われても…」


『生きておるし怪我もしとらんそうだが、消耗してグッタリしておるそうだ。』


 それは体力か魔力か、あるいは両方を消耗して危険な状態に陥っていることを示唆しさしていた。


「それじゃ、解放するわけにいかないじゃないですか!」


『じゃから、どうしたら良いか訊いておる。』


 かくして、ルクレティアたちは《森の精霊》から捕虜を受け渡してもらう事となった。場所はブルグトアドルフの街である。

 どのみち、ルクレティアの治癒魔法で完治済みとは言えカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子とジョージ・メークミー・サンドウィッチの二人はベッドで眠ったままだったし、今夜はこのまま礼拝堂を宿にしてしまおうという話になっていた。戦闘後の処理も終わっていなかったし、馬車の一部が被害を受けており修理を必要としている。だったらついでに捕虜もブルグトアドルフの街で受け取り、必要な処理を済ませてしまおう。ブルグトアドルフの住民たちだけ宿駅マンシオーに泊まらせれば、『勇者団』のことをブルグトアドルフの住民に知られる可能性を排除することもできる。

 そのような理由から、アロイスたちはブルグトアドルフの住民たちを丘の上の宿駅に誘導しなければならなかったのである。


 だが確かに、住民の主張はもっともである。急に逃げろと言われて持ち出せる限りの物を持ち出したとはいえ、彼らの財産の多くは未だにブルグトアドルフの街に残されている。家畜の大部分は家畜小屋に残っているのだ。世話をしてやらねば家畜たちは死んでしまうし、冬を越すための準備も終わっていないのにこのままシュバルツゼーブルグまで逃げれば、仮にブルグトアドルフの街に戻って来れるようになったとしても今年の冬を越すのは難しくなってしまう。

 しかし、それは盗賊たちが街を襲うからそうせざるを得なかっただけだ。盗賊たちが居なくなったのなら、そもそもシュバルツゼーブルグまで避難しなければならない理由が無くなる。今すぐにでも街へ戻り、被害を受けた街を片付け、家を直し、冬支度の続きをしたい・・・そう願うのは至極当たり前のことであった。


「待て!待てっ!待ぁーてっ!!」


 際限なく続く住民たちの要望をアロイスは馬上から両手と声を張り上げて押しとどめる。


「お前たちの気持ちはわかる。

 だが、まだ街は安全ではない!」


「何でです!?

 賊はとっ捕まえたんでしょお?」

「そうだぁ!

 賊が居なけりゃ街は安全だ!!」


 住民の反論をアロイスは両手を前後に振るジェスチャーで抑え、話を続ける。


「捕えたのは街にいた賊のほとんどだ!

 その中に、賊の首領は居ない!

 今日、我々は百人近い賊を捕えた!

 だが、何十人かの賊を取り逃がしてもいる!」


「そんなの!閣下の軍団でやっつけてください!!」


 野次同然に口を挟んできた住民に手をかざし、黙らせるとアロイスは続けた。


「言っただろう?

 首領は捕まっていない!

 賊の首領は狡猾こうかつで、強力だ!

 フォン・シュバルツゼーブルグ卿も手を焼いていた相手だ!

 そいつがシュバルツゼーブルグ周辺にいた盗賊どもを力づくで配下に納め、そいつらにお前たちの街を襲わせたのだ。

 今日捕まえた賊は、シュバルツゼーブルグ近郊で賊の首領に捕まり、従えさせられていた盗賊どもだ。

 首領が生きている限り、奴らは再びシュバルツゼーブルグ近郊に残っている盗賊どもを手下に加え、いくらでも勢力を盛り返すだろう!」


「閣下の、閣下の軍団でやっつけられないんですか!?」

「そうだ!閣下の軍団の方が強い!数も多い!!」

「そんな盗賊、閣下にかかれば簡単だ!!」

「やっつけてください閣下!」

「閣下!」

「閣下!!」

「閣下!!!」


 住民たちは最早現実を見ていなかった。ただ、一縷いちるの望みをかけて「閣下」を連呼する。突然、住み慣れた街を追われ、日常を奪われ、数日とは言え不安にさいなまれながら過ごし、そして我が街、我が家を目の前で焼かれた住民たちはアロイスに過大な期待を寄せていた。過酷すぎる不幸に襲われた者は、その不幸に見合った見返りを無意識に誰かに求めてしまう。彼らにとってそれを叶えてくれる相手はアロイスを置いて他には居ない。

 アロイスは収まりの付かなくなりつつある住民たちの熱狂を見回し、胸を張ったまま小さくため息をつくと再び両手を掲げて住民たちに静まるようジェスチャーする。


もちろんやるナトゥーリヒ・ヴェアデン・ヴィア・エス・トゥン!!」


 おおおー--っ!!!


我々はそのために来たダフュー・ズィント・ヴィエ・ゲコメン!」


 さすがだヴィー・エアヴァーテット

 キュッテル閣下ヘル・キュッテル!!

 アルビオンニア軍団万歳フーハー・アルビオンニア・コアー!!

 無敵の軍団ウンゼズィークバース・コアー!!勝利の軍団ジーク・コアー!!

 ランツクネヒト万歳ハイル・ランツクネヒト!!!


だがアーバーっ!!」


 沸騰した住民たちはアロイスがこれまで以上に声を張り上げた「だが」の一言に急に静まり始める。


「それには時間が必要だ!

 今日や明日では、まだ無理だ!

 我々も、お前たちを助けだすため、急いできた!

 だから、盗賊どもを片付けるための準備が出来ていない!

 それに!…言っただろう?

 賊の首領を捕まえない限り、盗賊どもはいくらでも回復する!

 終わらない!!

 だから、だからそれまでは、避難してもらわねばならない!」


 アロイスは厳しい調子で、だがハッキリと、一言一言に力を込めて言った。その一言一言によって、歓喜に湧いていた住民たちが急激に失望を溢れさせていく。


「そんな!」

「いつまでかかるんですか!?」

「家畜どもを放ってはおけない!!」

「今日だけでもいい!街に帰らせてください!!」


「ダメだ!

 今日は宿駅マンズィオに避難してもらう。

 全員だ!!」


「閣下、お願いです!

 今夜だけでいいから!」

「そうだ、すぐ目の前じゃないですか!

 宿駅より街の方が近いんだ!!」


「街の中はまだ盗賊が隠れている危険性がある!

 盗賊たちは貴族を狙い、護衛の部隊ごと襲うために街に罠を仕掛け、待ち伏せていた!

 まだ罠や爆弾を仕掛けられて残ってるかもしれない!

 だからっ、我々が安全を確認するまで、街へは入れない!!」


 住民たちの哀願を無視ようにアロイスが言い切ると、住民たちはようやく諦めがついたようだった。いや、もちろん気持ちが割り切れたわけではない。その顔には一様に失望が浮かんでいる。


「繰り返すが、今夜は宿駅に泊まってもらう!

 夜が明けて、安全が確認できていたら、各家の代表だけ、家に帰れるようにする。

 ただし、女子供、そして老人は駄目だ。

 そして明後日!…いや、日が暮れているから明日だな…明日、シュバルツゼーブルグへ避難してもらう!」


 アロイスは住民たちに説明が届いているのかどうか怪しく思った。誰もが失意に沈み、その目は焦点を失っているように見える。心が、ここではないどこかへ向いているような感じだった。

 それを見たアロイスは心の片隅で同情と罪悪感とを抱きつつも、あえてそれを押し殺し、住民たちを元気づけるように話をつづけた。


「安心しろ!

 宿駅には既にお前たちの寝床も用意してある!

 今夜の夕食も!部下が全員分用意してある!

 必ず!街には帰れるようにしてやる!

 私が、約束する!!

 だから、今は指示に従い、宿駅まで行くように!!」

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