第567話 捜索断念

統一歴九十九年五月七日、夜 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ上流/アルビオンニウム



 この世界ヴァーチャリアには様々な種族が存在する。中でももっとも多いのはゴブリン系の種族であり、次いで多いのがヒト種だ。ゴブリン系の中には更に様々な種族が存在し、おそらくゴブリン系種族の大元となっていると思われるのがゴブリン。そのゴブリンから派生したとされるホブゴブリンやドワーフ、コボルト、ブッカなどがいる。ヒト種に次いで多い存在としてオークがいる。オークはゴブリン系とは生物学的には別種とされてはいるものの、一般人(特に啓展宗教諸国連合側の人々)の感覚ではゴブリン系に含めて考えられることが多い。他にもヒト種に近い存在としてエルフやオーガ、ドラゴニュートなどが存在し、ヒト種以外のそれらは総じて「亜人」と呼ばれたりもする。なお、「亜人」はレーマ帝国ではいわゆる差別語とされ、公の場で口にすることははばかられている。

 他にもリザードマン、ケットシー、ワーウルフ、ミノタウロス、ケンタウロスといった半人半獣の種族も存在し、彼らは総じて「獣人」などと称される。不可解なことだが、「亜人」が差別語とされる割に「獣人」は差別語とはされていない。


 様々に存在する種族だが、寿命はどれも似たり寄ったりと言ったところだ。ヒト種よりも平均寿命が長いのは一部のエルフやドラゴニュート、そしてリザードマンぐらいであり、ほとんどはヒト種と同じくらいか、ヒトより短くなる傾向にある。

 ドラゴニュートやリザードマンは大戦争以前から迫害の対象となっており、更にゲーマーが降臨するようになると「魔物」として優先的に狩られる存在でもあったため、今や絶滅の危機にある少数種族だ。エルフもまた、他の種族との交流が下手な種族であり、他種族とはほぼ断交して自分たちの領域に閉じこもっていたりするため、現代にいたってもその実態は不明な部分が多い。

 つまり、このヴァーチャリア世界においてな“人間”でもっとも寿命が長いのはヒト種ということになる。


 ヒト種の平均寿命はだいたい五十年といったところだ。ゴブリン系種族はヒトよりやや短くて四十~五十年と言ったところ…もちろん、平均寿命とは生命体としての寿命の限界を示すものではなく、生活環境…特に栄養状態や衛生状態によって本来の寿命よりかなり短くなる傾向にある。平均寿命が五十かそこらのヒト種であっても成人前に死亡する子供は非常に多いし、平均寿命が四十年未満と言われるゴブリンでも、経済的にも生活環境にも恵まれた貴族ならば六十くらいまでは普通に生きる。(なお、この世界で平均寿命の統計をとる際、子供の死者はデータから除外するのが通例となっている。)

 とはいえ、長生きしても所詮は六十年や七十年といったところだ。

 

 降臨者…特にゲーマーと呼ばれる者たちは例外である。

 歴史上の降臨者はいずれも非常に長く生きた。降臨する際にメルクリウスによって特別な魔力が与えられるからだと言われている。ゲーマーに至っては元から膨大な魔力を有しており、基本的に不老不死であったとされている。ゲーマーは実際、歳をとらなかったし、何度死んでも復活してみせた。《暗黒騎士ダーク・ナイト》によって世界から一掃されなければ、彼らは今も元気に活動していた事だろう。

 そんな彼らの血を引く聖貴族もまた非常に強い魔力を有しており、寿命が長い。特にゲーマーの中でもハイエルフの血を引くハーフエルフたちは、生まれてから一世紀近い時を経ても見た目はヒトの十代前半ぐらいだ。ヒト種のゲーマーの血を引く子はハーフエルフほどではないが、それでも常人の倍以上は寿命があるのではないかと言われている。実際、大戦争直後に生まれたヒト種のゲーマーの子は今現在ようやく中年から初老といった風貌になりつつあるところであり、聖貴族としてはまさに働き盛りなのである。


 そのように寿命が長く、かつ成長の遅い彼らからすると、他の“人間”は寿命が短く、はかない存在だ。物心つくころに友達だった人間は、気づけば自分を置き去りにして先に大人になり、そして老いて死んでいくのである。特に寿命の長いハーフエルフたちにとって、身の回りの人間がどんどん成長して離れていき、そして老いて死んでいく状況はより深刻な問題であった。

 周囲の人間は皆弱く、儚く死んでいく…なのに数は多く、世界で絶対多数であり、そして彼らにかしずきはするくせに彼らの父であるゲーマーに対しては必ずしも肯定的な態度はとらない。彼らの目の前であからさまに批判するような事はさすがにしないまでも、どこか歯に何か挟まったような物言いをし、書物などではゲーマーを「世界に戦乱をもたらす危険な存在」と断じていたりする。

 ゲーマーの血を引くすべての聖貴族がそうであるというわけではないが、ティフ・ブルーボールをはじめとする『勇者団ブレーブス』のメンバーのような一部のハーフエルフたちにとって、こうした状況は周囲の人間たちとの精神的な断絶を生み出すのには十分に作用したのだった。

 彼らは孤独だったし、常に疎外感にさいなまれて育ってきた。そうした疎外感によって育まれた社会との精神的断絶は、周囲の人間に対してはNPCと見下すような態度となって現れていたし、似たような境遇の子供たちとの過度に親密な交流によって合理化され、より顕著に、より深刻なものになっていた。


 そのような彼らにとって似通った境遇の同好の士の集まりである『勇者団』は、家族よりも大切な存在である。そのメンバーは彼らにとって家族そのものと言って良いだろう。

 その家族が一昨日、一人脱落を余儀なくされた。そして今日、その一人を助けようとした結果、新たに二人が戻ってこない事態になっている。その原因を作ってしまったスモル・ソイボーイは一人、自らを責めさいなんでいた。


「スモル!落ち着け、もう泣くな!

 まだ、アイツ等が死んだわけじゃない!」


 『勇者団』一の体格を誇るスモルが鎧姿でたたずみ、両手で顔を覆ってメソメソと泣く姿など誰も見たくはなかった。


「死んだ!?…ちがう、死んだわけじゃない…ああ、死んでたまるもんか…

 そんなことになったら、そんなことになったら俺は…

 くふぅぅっうっうっうぐぅぅぅ」


 ティフの慰めもまるで効果が無い。が、それも仕方がないかもしれない。

 スワッグが戻って来てナイス・ジェークとエイー・ルメオの二人が行方不明になったことが明らかになると、スモルは即座に森の中へ探しに行こうとしたのだ。が、それを中心になって制止したのはティフだった。


「何で止めるんだ!

 あの二人が心配じゃないのか!?」


「心配だよ!

 だが今のまま行ったら絶対ダメだ!

 相手はあの《地の精霊アース・エレメンタル》だぞ!?」


「だから行くんだろ!!

 だいたい、《地の精霊》と戦うために放っといてここまで急いだんじゃなかったのかよ!?」


「忘れるな!

 スワッグとナイスとエイーの三人と合流するためだ!

 合流して、それでなお戦わなきゃいけない時に備えて余計な消耗を避けたんだ!」


「ナイスとエイーに合流するためだって言うんなら、なおさら探しに行かなきゃ駄目だろ!」


「ダメだ!今、この森は《地の精霊》が待ち構えている公算が大きい!

 そこに準備不足のまま飛び込んでいくのは、みすみす罠にはまりに行くようなものだ!」


「それなら行かなきゃ!

 ナイスとエイーが敵の中に取り残されているってことじゃないか!!

 しかも、《地の精霊》をここに寄こしちまったのは俺なんだぞ?!」


「落ち着けスモル・ソイボーイ!!

 行くんなら一人はペトミーのために残らなきゃいけない。

 三人で行くのか!?この森へ!?

 あの《地の精霊》の待ち構えているところへ!?」


 必死に説得するティフにスモルは黙り込み、涙を湛えた目でティフの顔を睨んでからまるであざ笑うかのように言った。


「……怖いのか?この臆病者!!」


「!?……ああ、怖いね!!」


 ティフがスモルの言った「臆病者」の一言にムッとし、挑発するように短く言うと、スモルは一瞬ギッと歯を食いしばり、次の瞬間顔を赤くして怒鳴った。


「見損なったぞティフ・ブルーボール!」


「俺が怖いのはまかり間違ってお前たちを失う事がだ!!」


 ティフが負けじと怒鳴り返し、二人は互いに無言のままだが鼻息も荒く睨み合う。ペトミーは既に気を失っており、彼らの周りにはヒトのスワッグとスタフの二人しかいない。が、ヒトである彼ら二人にはハーフエルフの二人の争いに割って入ることができず、ただハラハラしながら事態の成り行きを見守っていた。


「スモル、ハッキリ言っとくぞ?

 俺は、負けるのは怖くない。嫌だけどな、嫌だけど怖くはない。

 お前と同じ、勇者の子なんだ!

 偉大なる父、ティフ・ブルーボールの名を継いでるんだ!

 だけど…だけど、お前たちを失うのはだけは、それだけは絶対ダメだ。

 それは…嫌だ。負けるより、負けるよりずっと、嫌だ。

 ああ、怖いよ。お前たちを失ったらって、そう思っただけで怖い。

 負けてもいい。負けても次に勝てばいいんだからな?

 お前たちがいれば、何回負けても、いつかは勝てる!

 どんな相手でもだ。

 でも、お前たちが居なくなったら、居なくなっちまったら…もう、勝てなくなっちゃうだろぉ!?

 お前たちまで、『勇者団』まで、俺の周りから居なくなっちゃうのかよ!?

 俺は、俺はいったい、誰と一緒に生きていけばいいんだよぉ?!」


 最初、互いに睨み合った状態から静かに話し始めていたティフは、いつの間にか涙を流して、途中から鼻声になり、最後の方は泣きじゃくっていた。


「ああ…あの、ティフ…すまなかった…その…

 大丈夫だ、俺、絶対帰って来るから…」


「ウソつけぇ!

 お前今絶対普通じゃないだろ?!

 見ろ!今俺たち前衛職しかいないんだぞ?!

 それで《地の精霊》とどうやって戦う気だよ?!

 考えてないだろ!!」


「ああ…うう…それは…」


「お前だって怖いんだろぉ!?

 アイツ等を、自分のせいで失くすのがぁ!

 だから俺の言う事聞かないんだろぉ!?

 お前が居なくなっちゃったら、残された俺はどうすりゃいいんだよぉ!?」


 スモルは森へ突撃するのを諦めざるを得なかった。二人はそれからしばらく泣きじゃくり、そしてスモルがどうやら諦めてくれたことに安心したティフの方が先に泣き止んだ。ただ、スモルの方はナイスとエイーを助けに行けない事と、ティフや他の仲間を更なる危険に巻き込もうとしていたことに気付いた事によって余計に落ち込んでしまい、その後もしばらく泣き止まずにいたのだった。


 スタフとスワッグはこの時のことを、とりあえず忘れることにした。

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