第699話 対ドライアド戦の結末

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 作戦に問題は無かった‥‥‥それは何度も繰り返し言われたことだ。そして自分でも作戦自体に欠陥があったとは思えない。失敗したのは精霊エレメンタルの実力を過小評価していた事と、想定外の敵が次々と現れたことだ。《地の精霊アース・エレメンタル》、《森の精霊ドライアド》、そして南から現れた新手のレーマ軍、『地獄の道化師』ことランツクネヒト。


 そうだ、ランツクネヒト。奴らは丘の上の砦みたいなところに居やがった。事前の偵察をもっとしっかりしていれば、存在に気付けたはずだ。一昨日の夜、やっぱり偵察が不完全だったせいで敵の増援を見落とした。全く同じ失敗を繰り返したんだ。


 それに《地の精霊》の実力‥‥‥なんであれを過小評価したんだろうか?大きなロック・ゴーレムとたくさんのマッド・ゴーレムを同時に召喚するような実力者を相手に、何でたった三人で相手が務まると思ってしまったんだろうか?

 おびき出し、自分たちのところへ引き付けておいて、多少の時間稼ぎをする。それぐらいはできると思っていた。だが甘かった。

 一瞬であの場に居た四人とも『荊の桎梏』ソーン・バインドで捕らえられてしまった。向こうは最初から戦う気は無く俺たちが騒ぎを起こさないように抑えるだけのつもりだった。そして、実際に《地の精霊》は俺たちに何もしなかった。魔法のいばらで捕まえたまま、俺たちなんか何でもないっていう風にどこかへ行っちまった。脅威と思われすらしなかったんだ。俺たちは《地の精霊》たった一柱ひとはしら相手に、全く手も足も出なかった。


 次に《森の精霊》。《地の精霊》にまったく引けを取らない実力者だった。なんであんな物凄い精霊があんなところに居たんだ!?何で気づけなかった?気配を消していたとでも言うのか?!あの森はこれまでの作戦準備で何度も通った筈なのに、精霊が棲んでいる気配すら感じなかった。そして、あんな物凄い精霊が棲む森で騒ぎを起こし、あやうく敵に回すところだった。いや、。勝てると、思っていた?‥‥‥なんて思い上がりだ!

 《地の精霊》の時と同じで一瞬で捕まり、手も足も出せなかった。向こうは、こっちを揶揄からかい半分であしらっただけだった。殺すなと言われていたから殺されなかった……それだけだ。向こうの慈悲で殺されもせずに帰してもらえたようなもんだった。


 一夜明け、冷静になって振り返ってみれば自分がどれだけとんでもない過ちを犯してしまったかがよくわかる。その一つ一つが、ぬぐいようのない責め苦となって心をさいなむ。頭を掻きむしり、叫び出したい衝動が、いっそどこかに自分の頭を叩きつけて頭蓋をカチ割ってしまいたくなるような衝動が、まるで津波の様に襲い掛かって来る。何度も‥‥‥何度も‥‥‥


 俺のせいで、メークミーを助けられなかったんだ。それどころか、ナイスを犠牲にしてしまったんだ。仲間を助けるつもりで、仲間を危険にさらし、逆に虜囚りょしゅうにしてしまった。みんな俺のせいだ。

 きっとみんなは許さないだろう。ティフだって、ペトミーだって、エイーだって、スワッグだって、スタフだって、みんな本当は俺のことをどうしようもない奴って思ってるんだ。優しく接してくれてるけど、それは哀れみだ!他のみんなだって、真相を知れば俺のことを嫌うに違いない。なんてことしてくれたんだスモル・ソイボーイ!俺は取り返しのつかない失敗をしたんだ!!憐れみを持って接されるなんて!!スモル・ソイボーイ!!俺は父上のその名に泥を塗ったんだ!!


 後悔の渦に自ら身を投じ、溺れ続けるスモル・ソイボーイは自分の失敗についてティフ・ブルーボールの口から事実を明かされ、それを知った仲間たちから一斉に責められることになるその瞬間が迫りくるのを、その大きな体躯を縮こませ、震わせながら待ち続けた。それはいっそ死の一撃を見舞われる方がよっぽどマシではないかと思える最悪の瞬間の筈だったが、運命のその瞬間はついに訪れなかった。

 ティフは、わざとスモルの失態に触れることなく、話を続けていく。


 どういうことだ?


 スモルは思わず顔を上げた。

 ティフはみんなを見回しながら、一人立って話を続けている。ペトミー・フーマンも、スワッグ・リーも、エイー・ルメオも、何も無かったかのように腰を落ち着かせたままティフを見上げて熱心に話を聞いている。スタフ・ヌーブ……彼一人だけが、顔はティフの方に向けながら横目でスモルの方を見ていた。だが、スモルと目が合うとすぐにティフの方へ視線を戻す。


 なんだ、どういうことだ?

 俺は、俺は自分の作戦を自分で台無しにし、ナイスを捕虜にしてしまい、挙句の果てに《森の精霊ドライアド》に勝手に突っかかって行って、あやうくナイスだけじゃなく全員の身を危険に晒したんだぞ!?

 俺は、俺は、俺は‥‥‥責められて当然のことをしたんだ!

 許されちゃいけない失敗をしたんだ!!

 俺は、許されちゃいけないんだ!!


「俺は!!」


 スモルは気づくと叫びながら立ち上がっていた。立ち上がった瞬間、頭が一瞬、クラっとしたような気がする。視界が、何故か明るくなったり暗くなったりしたような気がする。ただ、それは一瞬のことだった。その一瞬の違和感に気づくと、頭が真っ白になって思考が止まっていた。ハッとして周囲を見回すと、仲間たち全員が驚いたような顔をしてスモルを見ている。


「スモル?」


 ティフに声を掛けられ、スモルは意識が戻った。


「あ?……あ、ああ……すまない。

 俺は……俺はその……つまり……」


「‥‥‥要するに突っかかって行ってしまったのさ。

 俺がアルビオーネに突っかかって行ったみたいにな。」


 混乱し、頭を掻きながら視線を床に彷徨さまよわせるスモルを代弁するようにティフは話をつづけた。ティフの説明はいつの間にか《森の精霊ドライアド》と遭遇した場面まで進んでいたのだ。ティフの声には何かを嘲笑あざわらうかのような響きがあった。しかし、その嘲笑ちょうしょうはスモルに向けられてはいない。それどころか、その話にはスモルの知らない人物の名前が含まれていた。


「ア、アルビオーネ?」


 訊き返したスモル以外にも、スタフ、スワッグ、エイーも同じように不可解そうな表情を浮かべている。逆にペイトウィン・ホエールキングとスマッグ・トムボーイは何かニヤニヤと笑みを浮かべ、ティフを見上げて、ペトミーは同じく笑みを浮かべながらも呆れたように部屋の隅の方へ視線を泳がせていた。


「ああ、それについては後で順を追って話す。

 そっちも、これと負けず劣らず重要なんだ。

 えっと……そう、俺たちは《森の精霊ドライアド》に戦いを挑んだんだ。」


 ティフは何か恥ずかしそうに言うと、スモルに座るようにジェスチャーしながら話を続ける。


「やっぱり、かなわなかったんだろ?」


 ペイトウィンが何か見透かしたかのようにニヤケ面のままティフに言うと、ティフもやはり自嘲しながら肩をすくめてみせる。


「ああ、全く歯が立たなかった。」


「やっぱり!

 俺たちに姿を見せるような精霊エレメンタルなんて、まず勝てっこねえよ。

 アルビオーネで分かっただろうに。」


 もう既に知っている手品の種明かしをされた子供の様に、ペイトウィンは後ろで床に両手を突いて仰け反り、両脚を投げ出して呆れて見せた。


「アルビオーネは大人の女神っぽかったけど、《森の精霊ドライアド》の方はまだ子供っぽい見た目だったんだ。」


「そんな見た目なんか、アテになるもんかよ!」


 ティフが照れ臭そうに言い訳すると、ペイトウィンは鼻で笑って天井を見上げるように頭を後ろへ仰け反らせ、前へ投げ出した両脚を捻って内側へ向けたり外側へ向けたりを繰り返した。その態度にティフは参ったと言うように苦笑いしながら首を振る。


「まったくその通り。

 俺たち全員、また魔法の荊で捕まっちまった。おまけに《藤人形ウィッカーマン》とか、《木の精霊トレント》の群れとか召喚してみせてさ。

 あやうく全滅するところだった。」


 そのティフの一言に居残り組が色めき立った。


「ウィッカーマンとトレントだって!?」

「トレントって樹のオバケだろ?

 ウィッカーマンって何だ!?」


「えっと、つたのゴーレムみたいな奴です。

 蔦が絡まって出来た、高さ五メートルくらいの人形で、中が空洞で、そいつが動くんです。」


 ペイトウィンとデファーグ・エッジロードが未だ見ぬモンスターの名前に目を輝かせて騒ぎ出すと、《藤人形》に捕らえられた張本人であるスワッグが身振り手振りを交えて答えた。


「五メートル!?

 一昨日のロック・ゴーレムよりデカいじゃないか!!」

「戦ったのか!?」

「強かったのか!?」


「いえ、自分はウィッカーマンが召喚された時に捕まって、中に閉じ込められてしまって……」


 居残り組の食いつきに思わず気圧されたスマッグが恥ずかしそうに自分の失態を告白すると、ティフが即座に後をとって補足する。


「先に俺とスモルとスタフが荊で捕まってたんだ。

 それで離れたところに居たせいで荊に捕まってなかったスワッグが俺たちを助けようとしたんだけど、地面から急に生えて来た蔦に捕まって、気が付いたら人形の中だったってわけさ。

 で、その後で今度は《木の精霊トレント》の群れが現れて囲まれちまってさ。」


「「トレント!?」」

「そうだトレント!樹のオバケなんだろ!?」


「ああ、本当に樹だった。動く大木。」

「スッゲーデカかったです。」

「ウィッカーマンの何倍も大きかったっす。」

「十匹はいたよな?もっとか?」

「見えただけで十二匹はいました。」


 ティフが答えると、それに次いでスタフやエイーもそれに乗っかるように両手を広げて説明する。少なくとも、到底勝てるような状態ではない。絶望的状況なのは明白だった。

 そのことを理解したデファーグがゴクリと唾を飲むと、話のその先を促す。


「そ、それで、どうしたんだ?」


 もちろん、彼らがここに居ると言う事は助かったと言う事だ。どうやって助かったのか?その絶望的状況からどうやって生還したのか?デファーグのみならず居残り組の全員が身を乗り出してティフの次の言葉を待つ。

 ティフはそれを見て肩をすくめ、自嘲しながら答えた。


「アルビオーネの時と一緒さ。

 アッチはちっとも本気じゃなかった。

 それで、小言を言われてから解放してもらったんだ。」

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