第700話 ワンド・オブ・パナケイア

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 解放してもらった‥‥‥見逃してもらったとか、許してもらったとか、他にも色々と言い様はあるだろう。だが、その言葉の意味するところは、と言うことだ。

 話しているティフ・ブルーボール、そして話を聞いているうちで実際に現場に立ち合っていたスモル・ソイボーイ、ペトミー・フーマン、スタフ・ヌーブ、スワッグ・リー、エイー・ルメオらは程度の差こそあれ自嘲じちょうするような笑みを浮かべている。今回は《森の精霊ドライアド》と接する機会のなかった居残り組の中でも、やはり強力な《水の精霊ウォーター・エレメンタル》であるアルビオーネと接したペイトウィン・ホエールキングやスマッグ・トムボーイも、しょうがないよねとでも言わんばかりにあっけらかんとした様子だ。


 あれ、なんかおかしくないか?


 ただ一人、デファーグ・エッジロードは仲間たちのそんな様子に違和感を覚える。


 負けたんだぞ?

 それもモンスター相手に負けて、悔しくないのか?

 スモルは何だか一人だけ悔しそうにしてるけど、ティフなんかアルビオーネとドライアドの両方に、いや《地の精霊アース・エレメンタル》も含めれば三連続で負けてんだぞ?

 何でそんなにヘラヘラしてられるんだ?


 デファーグは周囲を見回したが、デファーグの見たところみんな様子がおかしい。敵に負けて、何でそんなに平気で笑っていられるのか分からない。


 それだけ敵が強すぎたってことか?

 それにしたって、俺たちは『勇者団ブレーブス』だぞ?

 ゲイマーゲーマーの子だぞ!?

 負けたら頑張ってレベルアップして、攻略法を探して、再戦を挑んで、それで最後は敵をたおすんじゃないのか!?


 デファーグの思うそれは、彼ら『勇者団』が父祖の登場する冒険譚ぼうけんたんを読み漁り、そして学んだ冒険者のあるべき理想像そのものだった。彼らはそうした父祖の生き方に憧れ、そして自分たちもそうありたいと、心を一つにした仲間の筈だった。

 それなのに彼らはまるで脱力しており、何もかも諦めてしまったかのような雰囲気だ。スモルひとりが勝敗にこだわり、自分が負けてしまった事にこだわっているように見える。


「その、ちょっといいか?」


 みんなの表情に戸惑いながら、デファーグは声を上げる。


「なんだデファーグ?」


「その、解放してもらったって……それで、終わったのか?」


 何処かあっけらかんとしたみんなの様子を気にしながら、デファーグは尋ねた。


「ん?‥‥‥ああ、えっと‥‥‥ブルグトアドルフの森やその周辺ではもう“悪さ”はしないって約束はさせられたな。

 あと、《森の精霊ドライアド》の事は内緒にするって約束もだ。

 それで解放さ。」


 何のことは無い……そんな軽い調子でティフは肩をすくめながら言って口角を持ち上げる。そして何か思いついたみたいに目をパッと大きくすると、救出チームだった連中に視線を向けた。


「そうだ、エイーと、あと盗賊の……誰だっけ?」


「?」

「あいつはえっと、クレーエとか言う奴です。」


 ティフは最初エイーに訊くつもりだったが、エイーはティフが何を訊こうとしているのか咄嗟に理解できず、代わりにスワッグが答えた。


「そうだ、クレーエ!

 エイーとクレーエは《森の精霊ドライアド》から気に入られたみたいだったな。」


「ああっ!よしてください!!」


 ティフが揶揄からかうように言うと、エイーは少し恥ずかしそうに慌てて打ち消そうとした。


「何でだよ、ワンドを貰ったろ?」

「ああ、友達の証とかってさ。」


「「「ワンドだって!?」」」


 ブルグトアドルフの森で《森の精霊ドライアド》との別れ際、《森の精霊》は近くにあったかしのきの枝に寄生していたヤドリギを取り、その場で魔法の力で束ねて真直ぐに伸ばしてワンドにすると、それをエイーとクレーエの二人にそれぞれ手渡していた。


『アナタたちが友達だっていうのならコレをあげるわ。

 アナタが魔法を使えるんならきっと役に立つでしょう。

 こっちのアナタは魔法は使えなさそうね……でも、持ってるだけでも御利益ごりやくがあるから大事になさい。

 でも、いいこと?

 アナタたちが友達だっていうのが嘘で、私をだましたんだったら許さないんだからね?』


 巨大な《木の精霊トレント》の群れに囲まれ、スモルやスワッグを容易たやすく無力化して取り押さえてしまった《森の精霊ドライアド》にそう言われた二人は、一も二もなくコクコクと頷き、それが何かも知ろうとしないままありがたく受け取ったのだった。その即席のワンドをエイーとクレーエは大事に持っている。下手に捨てたりしたら祟りがありそうで恐ろしかったからだ。


 エイーが強力な精霊エレメンタルからいわくありげな物を貰ったことをティフとスタフが示唆しさすると、ペイトウィンを始め魔法職の何人かが一斉にエイーの方に向き直る。


「見せてみろよ!」


 さっそくペイトウィンが興味を示す。

 ペイトウィンの父は数多いゲイマーの中でも、最も多くの聖遺物アイテムを遺したことで知られている。「勝つために課金しろペイ・トゥ・ウィン【Pay to Win】」と「廃課金者の王ホエール・キング【Whale King】」(英語の「ホエール【Whale】」は本来「クジラ」を意味するが、「廃課金者」「高額課金者」を指すスラングでもある)をそのまま自分の名前にし、膨大な課金アイテムによって地力を底上げするプレイスタイルを恥ずかしげもなくやっていたのだ。そしてペイトウィンはそんな父の一人っ子だったので、その膨大な遺品をすべて相続している。つまり、この世界ヴァーチャリアで最も多くの聖遺物を所有している世界一の大富豪だった。そして、そういう背景があるためかペイトウィン本人もアイテムに関しては人一倍執着心が強い。


「え?…いやぁ……はい‥‥‥」


 エイーは見せたくなかったが、ハーフエルフのペイトウィンに迫られるとさすがに断り切れない。アッチはゲイマーの子であり、自分は孫で世代的に向こうが上だ。おまけにこっちはヒトであっちはハーフエルフとなると、ヒエラルキーの差はくつがえしようがない。


「えっと‥‥‥コレ、です‥‥‥」


 エイーがおずおずと取り出したのは、何ともみすぼらしい外見をした長さ三十センチほどの木の枝だった。遠目には一本の木の枝だが、近寄ってよく見ると細いヤドリギの枝が三本、細く、固く、複雑に絡み合って一本の棒状にまとまって出来ており、全体にゴツゴツして見栄えは決して良くない。だが、そこからは強い魔力の気配が感じられる。


「お……コレ、凄いな!

 見た目はアレだけど、すごい力を感じるぞ!?」


「「「「おおお!?」」」」


 エイーの差し出したワンドを手に取って見るなり、ペイトウィンが驚いたような顔をして声を上げた。それに釣られるように魔法職の仲間たちが一斉にたかり始めた。


「ホントだ、すごい魔力を感じる。」

「結構、高性能!?」

「お前のスタッフより凄いんじゃないか!?」


「いやあ、確かに凄そうなのは分かるんですけど……どうなんですかね?」


 みんなが寄って集って杖をいじくり回され、エイーはどうしていいか分からない。確かに物凄い代物を貰ったようだということはわかる。誰かが言ったように、エイーが祖父から引き継いだスタッフより性能は高そうだ。だがエイーにはこれを鑑定する能力なんて無かったし、そもそもエイーの認識から言うと“敵”から貰ったものだ。それをいい気になって自慢げに使用するなんて、ひょっとして裏切りとしてとがめられるんじゃないかと心配していたのだ。

 ペイトウィンはひとしきり眺めまわしてから、エイーに返しながら答えた。


「どうですかって……俺も鑑定とかできないから何とも言えないけど、地属性の魔力が強いから、地属性の魔法ならブーストされるんじゃないか?

 他にももしかしたら色々特殊効果とかあるかも……」


「特殊効果!?」


「持ってるだけで回復するとか、地属性のダメージ軽減とか?

 わかんねぇけど」


 ペイトウィンから返してもらったワンドを、エイーは「へぇ~」と感心するような声を上げながら改めて眺めまわす。本人は自覚してないが、その頬は独りでにほころび、目はキラキラと輝いている。


「まあ、使ってみればいいんじゃないの?

 どんなアイテムでも使って見なきゃ真価はわかんないからな。」


 実際、エイーが受け取った杖は見た目こそ貧相ではあったが、性能は生半なまなかなものではなかった。もし、誰かが杖の真価を見抜く鑑定眼を持っていたら、この場はもっと凄い騒ぎになっていただろう。

 『癒しの女神の杖ワンド・オブ・パナケイア』……装備しているだけであらゆる毒や状態異常、そして即死魔法を無効化し、幸運をさずけ、体力を自動的に回復させる効果があった。そして蘇生魔法を含む治癒魔法を使用可能とし、地属性のなかでも植物系の攻撃魔法や支援魔法が使用できるようになる。またどういう関連があるか分からないが解錠魔法も使用可能だった。

 彼らがその効果や性能を知り、驚嘆するのはもっと後のことである。

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