第701話 デファーグ・エッジロードの困惑

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 魔法職を中心に『勇者団ブレーブス』の仲間たちが《森の精霊ドライアド》から貰ったエイー・ルメオのワンドをああでもないこうでもないと騒いでいるのを、デファーグ・エッジロードは少し離れたところから不思議なものでも見ているかのように眺めていた。


 何だ?何でそんな風にはしゃいでいられるんだ?

 ドライアドは敵だろ?

 仲間を、ナイスを捕まえてレーマ軍に引き渡した精霊エレメンタルだぞ?

 そんな敵から魔道具マジック・アイテム貰って、何でそんなに素直に喜べるんだ?

 ナイスのことはどうでもいいのか?

 それとも自分がおかしいのか?


 デファーグは混乱していた。《地の精霊アース・エレメンタル》や《森の精霊ドライアド》と対峙した時のスモル・ソイボーイのように、闘争心や怒りの様な激しい感情が沸き起こっているわけではないが、今目の前の仲間たちはナイスを代償に魔道具マジック・アイテムを手に入れて喜んでいるかのように見えて仕方がない。


「な、なあ、ちょっと待ってくれ。」


 デファーグは混乱する頭を整理しようと声をかける。


「ん、なんだ?」


「その……そのドライアドは“敵”なんだろ?

 それで……そのドライアドはたおさなくていいのか?

 戦わなきゃいけないんだろ?」


 おずおずと尋ねるデファーグに注がれた仲間たちの視線は、デファーグからは想像もしてないものだった。むしろ、みんなの方が不思議がっているような視線であり、また一部は何か可哀そうな者を見るような、どこか憐れみを含んだ表情すらしていたのだ。


「あー……それは、違うんだ。」


 リーダーのティフ・ブルーボールが何か困ったような顔をし、言葉選びに苦心しているかのように答える。


「何が違うんだ?」


「えっと、《森の精霊ドライアド》は“敵”じゃない。

 だから、その……戦わない。」

「勝てる相手じゃないしな」


 ティフが言いにくそうに答えると、すかさずペイトウィン・ホエールキングが当たり前の様にしたり顔で相槌を打つ。それを聞いた瞬間、デファーグは膝の上に置いていた手をギュッと握りしめた。


「なんだそれ、勝てない相手だから“敵”じゃないって言うのか!?」


 たとえどんなに強い相手だろうが諦めない。たとえ何度負けようと決してあきらめない。勝てない相手でも挑み続け、攻略法を編み出し、最後は必ず勝つ……それが、それこそが彼らの父祖であるゲイマーたちの戦い方であり、生き方だ。そして自分たちもそうありたい……そういう想いを共有する者たちが集まって結成されたのが彼ら『勇者団ブレーブス』である。デファーグもまた、その想いに共感して加わった一人だった。

 それなのに、今のペイトウィンの一言は『勇者団ブレーブス』の在り方を真っ向から否定するもののようにしか思えない。


 食って掛かるように少し大きな声を上げるデファーグに対し、ペイトウィンは「ええっ!?」っと、まるで挑発するように笑い、それを見てティフが慌てて仲裁に入る。


「いやっ、違う!そうじゃない!

 そうじゃないよデファーグ!」


「違うって何が違うんだ!?

 今、ペイトウィンは……」


 思わず掴みかかろうかと身を乗り出したデファーグの前に割って入ったティフがなだめると、デファーグはペイトウィンを指差しながら抗議する。だが、ティフはデファーグの言葉を途中で遮って説明を続けた。最後まで言葉を続けさせたら、売り言葉に買い言葉で却って事態の収拾がつかなくなる……そのためには、の言葉を遮るのが良い。


「そうじゃない、強いから“敵”じゃないって言ったんじゃない。

 そもそも最初から“敵”じゃなかったんだ!」


「敵じゃなかった!?

 だってナイスは捕まったんだろ!?」


「そうだけど、ちょっと待て」


「だったらそのドライアドを斃してナイスを取り戻さなきゃ!!」


「《森の精霊ドライアド》を斃してもナイスは取り戻せない!

 落ち着けって!!」


 ティフは抗議しながら立ち上がろうとするデファーグの両肩を抑えて無理矢理座らせた。


「どういうことだよ?」


 無理矢理座らされたデファーグは何か憤懣ふんまんやるかたないといった様子で、鼻息も荒くティフを見上げる。その様子をハーフエルフのペイトウィンとペトミー・フーマンは「あらあら」と呆れるように、そしてヒト種の仲間たちは怒れるデファーグが爆発するのではないかとハラハラしながら見ていた。この時、デファーグにとって意外だったのは、《森の精霊》と積極的に戦おうとしていた筈のスモル・ソイボーイが、何かデファーグを憐れむような目で見ていた事だった。


「《森の精霊ドライアド》は俺たちの敵だったからナイスを捕まえたわけじゃない。

 俺たちが《森の精霊ドライアド》の領域テリトリーで騒ぎを起こすから、領域の外へ追い出そうとしたんだ。殺さないように、傷つけないように……

 なのに俺たちが勝手に“敵”だと勘違いして攻撃しちゃったってだけなんだ。

 それでナイスは勝手に暴れて勝手に力尽きて勝手に捕まっちまった。

 それだけだ。」


「そんな……」


 ナイス・ジェークは仲間のエイーを護ろうとして戦い、そして捕まった。それなのにティフのその言い方……いくらなんでもその言い様は酷いだろう……デファーグは《森の精霊》が敵かどうかよりも、ナイスの行動をティフが全否定したことに唖然とした。

 しかし、ティフはそのことに気付かない。《森の精霊》が敵ではなかった……そのことに驚いたのだろうと勘違いし、そのまま話を続ける。


「実際そうなんだ。

 《森の精霊ドライアド》はこっちを“敵”だなんて思ってすらいなかったんだよ。」


「そ、それじゃ、何でナイスをレーマ軍に渡しちゃうんだよ!?」


「そりゃ……《森の精霊ドライアド》は俺たちのことを知らなかった。

 だから連絡の取りようがなかったが、レーマ側の例の《地の精霊アース・エレメンタル》とは知り合いだったんだ。

 だから知り合いに預けた……そんなところだろ。」


 ティフが説明した内容はティフの想像である。《森の精霊》から聞いた話から、おおよそそんなところだろうと適当に当たりを付けた話だったが、それは大筋では間違ってはいなかった。《森の精霊》はナイスとエイーがこれ以上をしないよう抑えてくれと《地の精霊》から頼まれただけであり、捕まえて引き渡してくれなどと頼まれたわけではなかった。だが、ナイスが勝手に敵認定して攻撃を始めたあげく、勝手に力尽きて倒れてしまったのである。もっとも、ナイスに敵認定されてもおかしくないような下手な真似をしてしまったのは《森の精霊》の落ち度ではあったのだが、せっかく《地の精霊》から貰った力を使って見たかったという誰にも言えない事情がその背景にはあった。

 一度浮かせた腰をその場にストンと力なく落とすデファーグにティフは続ける。


「あと聞いた話だけど、ナイスは捕まった時に怪我してたんだそうだ。

 だけど、レーマ軍に……というか、《地の精霊アース・エレメンタル》に?……引き渡す前にちゃんと治癒してやったんだってさ。

 向こうは本当に、俺たちのことを“敵”だなんて思っちゃいなかったんだ。」


「じゃ、じゃあ……そのドライアドとは戦わないのか?」


「戦わない。戦う必要もない。そもそも“敵”じゃないんだからな。」


 それに戦っても勝てない……その一言をティフはあえて言わなかった。デファーグが先ほど反応したのは、ペイトウィンがうっかり口を滑らせて言ったその一言だと気づいていたからだ。


「じゃあ!……じゃあ、ナイスはどうすんだよ?

 助けないのか!?」


「助ける……だけど、方法はちょっと考えないといけない。

 その前に、アルビオーネの話をしたいんだが、いいか?」


 ティフはそう言ってデファーグに一旦大人しくするよう、促した。

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