第377話 増援部隊

統一歴九十九年五月五日、未明 - ライムント街道第三中継基地/アルビオンニウム



「出撃するぞ、重装歩兵ホプロマクスで救援に向かう準備をしろ!

 アヴァロニウス・ガルバ!!」


 セプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスは椅子を蹴るように立ち上がって吠えた。ルクレティアから聞いた《地の精霊アース・エレメンタル》のから、ブルグトアドルフへ向かった救援部隊がそれなりの規模の敵勢力とぶつかる可能性については知っていた。だが、敵の正確な数値は分からないし、ブルグトアドルフを襲っている賊の側背そくはいを突けるのであれば、奇襲効果により多少の数的劣勢はくつがえせる。いや、むしろ優位なくらいだろう。略奪を働いている真っ最中の軍隊というのは極端に弱い。略奪中のところを攻撃すれば寡兵かへいで倍以上の敵に勝つことだってできるのだ。

 しかし、ブルグトアドルフから逃げてきたカサンドラの報告により、ブルグトアドルフの危機を報せ救援を請いに来た男が住民に成りすました敵であったことが明らかになった今、救援部隊が罠にハメられたことは確実となった。

 わざわざ住民を偽装して救援を要請してきたということは、救援部隊を誘い出すことが目的なのは疑いようがない。そして、《地の精霊アース・エレメンタル》のによれば、今この第三中継基地スタティオ・テルティアの周囲に潜んでいる敵の数より、ブルグトアドルフにいるであろう敵の方が数が多いという。であれば、賊の狙いは救援部隊そのものの撃滅だ。

 敵は最初から救援部隊を襲うつもりで待ち構えている…ならば、町を襲っている賊を側背から奇襲するなど出来るわけがない。すぐにでも救援に向かうべきであった。


「ハッ!」


 セプティミウスに名前を呼ばれた十人隊長デクリオマールクス・アヴァロニウス・ガルバが前に出て直立不動の姿勢を取った。十人隊長デクリオではあるが、歩兵隊コホルスではなく騎兵エクィテス十人隊長デクリオであるため、百人隊長ケントゥリオと同格の二倍給兵ドゥプリカーリウスである。鉄砲が当たり前になったこの世界ヴァーチャリアではそうでもないが、かつて騎兵は一騎で歩兵十人に匹敵すると考えられていた頃の名残で、今でも騎兵エクィテス小隊デクリオンは八騎しかいないにもかかわらず、歩兵八十人からなる百人隊ケントゥリアと同格で扱われている。


「貴様は全騎兵を率いてブルグトアドルフへ急行し、ツヴァイクシュテファン殿とカウデクスセルウィウスにこのことを報せろ!

 間に合わんだろうが、報せんわけにもいかん。」


「ハッ!」


「間に合わなかった場合は支援にあたれ!

 危機に陥っているようであれば救出を試みよ!

 追って、重装歩兵ホプロマクス一個百人隊ケントゥリアを急行させる。」


「ハッ!」


 マールクスは《レアル》古代ローマから受け継がれてた見事なレーマ式敬礼を見せると、小脇に抱えたガレアを被りきびすを返した。


「待ってください!!」


 マールクスが部下たちの下へ今にも駆けだそうとする瞬間、ルクレティアが引き留める。


「どうされましたかな、スパルタカシアルクレティア様?」


「お、御忘れですか?

 その…」


 何か重要なことを言おうとしているのは確かだが、何故かルクレティアは口ごもってしまう。気づけばルクレティアはブルグトアドルフから逃げてきたカサンドラの方を気まずげに横目で見ながら、セプティミウスに必死で何かを言おうとしている。

 だが、何も言わず自分の右手の薬指にハメた指輪をそれとなく示して無言で訴えた。


「ああっ!…」


 セプティミウスはようやくルクレティアが《地の精霊アース・エレメンタル》に関係することを言おうとしているが、カサンドラが居るので喋れないことに気付いた。


「あ~、カサンドラと言ったな?」


はいヤー?」


 急に話を振られてオドオドと戸惑いながらカサンドラはセプティミウスを不安げに見上げた。


「見たところ随分と汚れているようだし怪我もしているようだ。

 部屋とお湯を用意してあげるから身体を洗って、怪我の手当てを受けると良い。

 誰か、彼女を奥へ…」


「あ、ありがとうございます…???」


「どうぞ、こちらへ…」


 ルクレティアの侍女たちがイマイチ状況を理解できずに困惑しているカサンドラを連れて建物の奥へ消えていった。


「さあ、何ですかな様?」


 もう貴女が聖女サクルムであることを知らぬ者はいませんよという意味を込めて、セプティミウスはあえて「スパルタカシア様」ではなく「ルクレティア様」と名前を呼んだ。


「ご配慮感謝しますアヴァロニウス・レピドゥスセプティミウス様。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様のお告げをお忘れですか?

 ここの周りにも敵が潜んでいます。」


「ルクレティア様、ここには重装歩兵ホプロマクス百人隊ケントゥリアを一個まるまる残します。

 ここの防備については御心配には及びません。」


 てっきりルクレティアが自分の身を守る護衛部隊が居なくなって、そこを敵に襲われることを不安に感じているのだろうと予想したセプティミウスは、やや呆れをかみ殺しながら愛想笑いを浮かべて言った。だが、ルクレティアは怒ったように語気を強めて否定する。


「そうではありません!」


 セプティミウスもセプティミウスと同様に軍事に素人な貴族ノビリタスのお嬢さんが不安になっているのだろうと思っていた軍人たちは予想外の反応に思わず目を丸くした。


「私には今、《地の精霊アース・エレメンタル》様の加護があります。

 強力なゴーレムだって、ウィル・オ・ザ・ウィスプだって召喚できます!魔法だって使えるんです!歩兵大隊コホルスに囲まれたって恐れはしません!」


 ルクレティアを戦力として評価したことの無かった軍人たちは虚を突かれ、そのまま口ごもってしまった。


「あ~、オホンッ…そ、それではルクレティア様、いったい何を?」


「はい…その…私は戦事いくさごとには素人ですから、わからないのですが…

 ここを敵が囲んでいるはずなのに、敵はまだ手を出してきていません。

 ならば、ひょっとして敵は我々が出てくるのを待ち構えているのではありませんか?」


「待ち構えている?」


「はい…その…わかりませんけど…敵は町を襲ったと見せかけ、百人隊ケントゥリアを町へ誘い出しました。これは百人隊ケントゥリアを攻撃するために誘い出したのではないのですか?」


「恐らくそうでしょう。

 彼らをハメる罠です。だから彼らを…」


 セプティミウスの説明をルクレティアはさえぎった。


「でも敵の部隊はこっちにもいて、隠れています。まだ攻撃してきてません。」


「それは…

 おそらくこちらが予想以上の戦力なので攻めあぐねておるのでしょう。」


 たしかに敵がここの近くに潜んでいながら攻撃を仕掛けてきていないことに、セプティミウスも疑問に思ってはいた。おそらく、攻撃の準備はしたが攻撃開始の条件が整っていないのだろう。ではその条件とは何か?時間かもしれないし、更なる増援を待っているのかもしれない。ただ、敵が何をしようとしているのか目的がまだ分からない以上、賊の出方を予想することは出来なかった。

 現状でそれ以上の事を考えるのはあまり意味が無い。時間を無駄にするだけだ。もし、戦力にも時間にも余裕があるなら、潜んでいる敵を炙り出して攻撃してやってもいいだろう。だが、今はそれどころではないのだ。最寄りの集落が襲われて、それを救援に向かった部隊が罠に落ちようとしている。敵が攻撃をしかけてこないというのなら、まずは目の前の危機に集中しなければならない。

 ルクレティアはすがるような表情でセプティミウスに問いかける。


「もしも、敵がツヴァイクシュテファン様たちを襲うつもりでいるのなら、ツヴァイクシュテファン様たちを助けるためにこれから出て行く部隊は邪魔になるのではありませんか?」


「つまり、我々が増援を送り出すのを阻止するのが、ここらに潜んでいる敵の役目だというのですか?」


 セプティミウスがルクレティアの慧眼に感心しつつ問いかけると、ルクレティアは急に自信を無くしたように俯き、かぶりを振った。


「わかりません。

 もしかしたら、増援が出て行ってここが手薄になってからここを襲うつもりなのかも…ああ、でもっ!でも、少人数で出て行けば攻撃されるのではありませんか?」


「ルクレティア様はどうせよとおっしゃりたいのですかな?

 救援部隊を出すなとでも?」


 セプティミウスはわざと意地悪な質問をし、ルクレティアはパッと目を丸くして必死に言いつのった。


「違います!そうでは…」


「分かっています。大丈夫ですよルクレティア様。」


 さすがに一回り以上年下の小娘相手に大人げなかったと自省しながら、セプティミウスは笑みを浮かべてルクレティアを宥める。


「御忠告はありがたくお受けします。

 ですが、これ以上は実際に動いてみなければ敵の出方も探れません。

 敵が潜んでいるというのなら、むしろつついてやりましょう。頭だけ隠して尻を丸出しにして、まだ見つかってないと思い込んでるアヒルどもを揶揄からかってやりますとも…聞いていたな!?」


 セプティミウスが控えていた百人隊長ケントゥリオ達に問いかけると、弾けるような勢いで返事が返ってくる。


「ハッ!」

「もちろんであります!」


「よし、座ってるアヒルどものケツを蹴り上げてやれ!」


 彼らはニヤッと笑うと見事な敬礼を返した。

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