第926話 追いかけっこ

統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



「行かせませんよ!?」


 エイーの行く手に再びグルグリウスが現れる。これまで幾度となくペイトウィンの魔法攻撃を受けている筈なのにその姿には何のダメージも見られないが、グルグリウスの顔には不敵な笑みとは打って変わって不機嫌そうなけわしい表情が浮かんでいた。


「来た!

 ホエールキング様ぁ!!」


「クソッ!

 エイー、右へ避けろ!!」


 これまで二人で曳いていた馬を五頭ともエイー一人に預け、今は戦闘に徹しているペイトウィンが叫びながらエイーの左側に回り込む。エイーは言われた通り五頭の馬の手綱を引きながら間道の右へ避け、ペイトウィンのために場所を開けた。


「喰らえ!!」


 グルグリウスの姿を視認するとペイトウィンは無詠唱で火炎弾ファイア・ボールを生成すると、三発立て続けにグルグリウスに向かって左寄りに投げつける。ペイトウィンが投げつけた火炎弾はグルグリウスが居るあたりの間道と向かって左側のやぶの間に次々と着弾し、藪を燃え上がらせた。

 ただでさえ枯れて乾燥していた藪はペイトウィンの火炎弾にひとたまりもない。眩しいほどの光を発する炎を上げ、辺りをまるで昼間のように照らし出す。


「ぬおっ!?またしても!」


 燃え上がる炎に気を取られ、顔をしかめるグルグリウスにペイトウィンは左手に持っていた『火の神の杖』ヴァルカンズ・スタッフを突き付けた。杖の先の赤い宝珠が光りだし、それが極限に達するのと同時にオレンジ色の光の弾を打ち出す。


「ぬ、おっ!?」


 光の弾丸……『火の神の杖』から打ち出された攻撃魔法爆炎弾エクスプロージョンはグルグリウスに直撃し、ボンッと低い音を立ててぜた。爆発によって生じた火球が消えないうちにペイトウィンは、左手で魔法を撃つ間に右手に取りだしたスクロールを投げつけ、『炎の防壁』ファイア・ウォールを形成する。今回は馬から解放されていた上に、十分に前へ駆け出してからスクロールを投げただけあって、『炎の防壁』はグルグリウスのすぐ近くで炎を上げた。ペイトウィンの勘が正しければ多分、炎の一端はグルグリウスを直撃している筈だった。本来なら防御魔法であるはずの『炎の防壁』を攻撃的に使ったわけだ。


「ヨシッ!

 エイー逃げろ!!」


「ハイッ!!」


 エイーは火に動揺する馬たちを無理やり引っ張ってもと来た道を戻り始めた。エイーが馬たちを引き連れて間道へ戻り、後ろへ去っていく足音を聞きながらペイトウィンはスクロールを使って『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプを二体召喚すると、そのまま回れ右してエイーを追った。


 さっきからこういう戦闘を繰り返している。山荘を目指す彼らの目の前にグルグリウスが姿を現し、ペイトウィンが魔法で攻撃する。もちろん、実力では到底かないそうにないことは気配だけで分かっているので、ペイトウィンもエイーも彼らの魔法攻撃でグルグリウスを倒せるとは思ってはいない。だが、攻撃によって時間を稼ぐくらいはできる。その稼いだ時間を使って山荘目指して逃げるのだ。


 使う魔法は火属性魔法……ペイトウィンは本来なら全ての属性の魔法を使えるのだが、現在強力な《地の精霊アース・エレメンタル》を敵に回してしまった影響からか地属性の魔法が使えなくなっている。

 残るは火属性、水属性、風属性だが、まだ試してはいないが水属性は一昨日アルビオーネを怒らせてしまったばかりなので使用に差支えがあるかもしれず、不用意に使いたくない。かといって風属性魔法は既に何回か試したものの、低位の風属性攻撃魔法は全く効かないか、あるいは簡単に対処されてしまった。落雷サンダー雷撃ライトニングみたいな高威力の風魔法なら効果があるかもしれないが、戦闘の不得意なエイーと二人きりなのにグルグリウス相手に大威力魔法の呪文を詠唱出来るような隙など作れるわけもない。

 結局彼らに残された攻撃魔法は火属性攻撃魔法だけなのだった。まあ、ペイトウィンは全ての属性の魔法を使えはするものの火属性の攻撃魔法を最も好み、得意としていたので都合は良かったのかもしれない。見たところグルグリウスに効いている様子は無かったが、しかし火属性魔法で攻撃した後は他の属性で攻撃した場合に比べグルグリウスが追い付くまでの時間が長いので全く無意味というわけではなさそうだ。


「急げ!

 多分、またすぐに追いかけて来るぞ!?」


 一人で馬を五頭も引っ張るエイーと異なり、身軽なペイトウィンはさして間を置かずにエイーに追いつくとそう叫んだ。


「そうは言っても、この道は一本きりで途中に枝分かれなんて……」


 このまま道をまっすぐ行っても行きつく先はレーマ軍のいる第四中継基地スタティオ・クアルタだけだ。人の手の入っていない森の中に道なんてあるわけがない。彼らが走っている間道にしたところで、第四中継基地から『勇者団』ブレーブスがアジトにしている貴族の山荘とを繋ぐ道であり、途中の分かれ道から行けるのは目的地の山荘から離れる方向にしか伸びていなかった。グルグリウスもペイトウィンたちが北を目指そうとしているのを知っているかのように、ペイトウィンたちを南か東へ行かせるように回り込んでいた。おかげで彼らは北の山荘へ行きたいのに、その手前の間道でずっと行ったり来たりを繰り返している。

 エイーにしたところでどこかで間道を外れて北へ向かうべきだと考えていた。だが、彼らには連れて行かねばならない馬が五頭もおり、それらを連れたままでは道を外れて森へ分け入ることなど出来るはずもない。馬の背には大事な荷物が文字通り山積みになっており、不用意に木々の間に分け入ればそれらが木や木の枝に当たって進めなくなるか、荷崩れをおこしてしまうのが目に見えているからだ。


 そうこうしているうちに背後からバンッバンッと何かが爆ぜる音が連続して響いて来る。


「今の音……」


「ああ、『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプどもが始末されたんだ。

 そろそろまた来るぞ!?」


 『鬼火』は知能を持たない魔法生物だ。魔法生物と言ったが実際は肉体を持たないから精霊に近い。ただ、高いエネルギー体が魔力を放出しながら空中を浮かび、漂う存在であり、何もしなくても手持ちの魔力を放出し尽くして勝手に消滅してしまう。そして『鬼火』は失われ続ける魔力を補充すべく、自分より魔力を持っている存在を感知するとそれに向かて寄っていくのだ。が、それで相手に触れると自らの魔力を一気に発散させてしまい、爆発して消滅してしまう。『鬼火』はそうした性質を利用した自爆型召喚モンスターだった。

 ペイトウィンは少しでもグルグリウスの追撃を遅らせようと、『鬼火』を仕掛けて逃げてきたわけだが、今聞こえた爆発音はその『鬼火』が何かに触れて爆発した音だろう。グルグリウスへの攻撃が成功したのか、あるいはグルグリウスが何らかの方法で『鬼火』を消滅させたかだ。『鬼火』の自爆攻撃がグルグリウスに効くとは……いやそれ以前に成功するとは思えないが、少なくとも確実なのはグルグリウスをはば『鬼火』しんがりは消滅してしまったということだ。そしてそれは同時にグルグリウスの追撃が再会されることを意味する。

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