第412話 作戦の進捗状況

統一歴九十九年五月五日、晩 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 燃え上がるように赤く染まっていた空もすっかり夜の顔に化粧を直し、全天を瞬く星が覆っている。その中でも圧倒的な存在感を示す白銀に輝く月は、夜のとばりの降りた地表を冷たい光で青白く照らしていた。

 夜襲をかけるには忌々しく感じられるほど明るい月を受けながら、黒く巨大なコウモリが、その図体からは想像できないほど小さな羽音を立てて舞い降りる。


「どんな様子だ?」


 『勇者団ブレーブス』を率いるティフ・ブルーボール二世は舞い降りた巨大コウモリジャイアント・バットの主ペトミー・フーマン二世に焦れたように問うが、ペトミーはまだジャイアント・バットと念話すら始めていない。


「まあ待て、焦るな。」


 ペトミーはティフに笑いながら言った。しかしティフが焦る理由も分からないことは無い。今回は彼ら『勇者団ブレーブス』にとってはかつてないほどの最大の作戦であり、初めて正規軍を相手にした本格的な作戦なのである。しかもそれはしょぱなからつまづいてしまっていた。

 夜十時頃から攻撃開始するつもりだったのに、第一部隊の一部が敵部隊と遭遇し、予定よりも三時間以上も早く戦闘が始まってしまったのである。こっちは攻撃準備も完成していないのに!

 彼らの手駒はただの盗賊だ。力で押さえつけて無理矢理いうことを聞かせてはいるが、統率がとれているとは言い難い。想定外の事態にまともに対応できるとは期待できず、正規軍とまともにぶつかって持ちこたえるとは思えない。第一部隊はそのまま崩壊してしまうことが予想されたし、敵勢力を宮殿跡におびき出して釘付けにするという目的は達成できないかもしれない。

 下手すれば作戦全体が瓦解しかねない状況だった。作戦の責任者として焦らないほうが難しいだろう。


「戦っているのは第一部隊だけだ。

 かなりな数の敵とぶつかったようだな。

 一部がしぶとく抵抗を続けているが第一部隊のほとんどは逃げ散ってしまったようだ。いくらか第三部隊に合流したようだが、他は期待できないな。走り回ってるとさ。」


 彼らは三つに分けた盗賊団の集団を、行動を起こす順番に第一部隊、第二部隊、第三部隊と名付けていた。第一部隊は宮殿跡近くで火災を起こし、消火に出てきた敵を襲撃しながら消火活動を妨害する。第二部隊は神殿の北西で火災を起こし、神殿から消火に出てきた部隊を横から攻撃して消火を妨害しながら釘付けにする。そして第三部隊は第一、第二部隊による陽動で手薄になった神殿を南東から攻撃し、神殿内の敵残存部隊を引きずり出す。

 だがジャイアント・バットが見てきた様子を念話で聞いたペトミーの報告は予想通り思わしいものではない。第一部隊はもはや役に立たないと考えるべきだろう。ティフはイラ立ちを隠せなかった。


「第一部隊はこの際どうでもいい!

 敵とぶつかった以上、崩壊するのは分かっていた。

 敵はどうなってる!?」


「踏みとどまっている第一部隊を掃討しながら東へ進んでる。

 が、大部分は消火活動に専念しているようだ。

 第一部隊の盗賊ども、俺らが言った以上の範囲に火を点けたみたいだな。

 予定より東の範囲だけだが、結構広い範囲で燃えてるみたいだ。」


 ペトミーの慰める様な説明にティフは天を見上げながらフーッと大きく息を吹いて自分を落ち着かせた。ペトミーの報告を信じるならば、敵部隊の誘引拘束ゆういんこうそくという目的は達成できていることになる。第一部隊は当初の予定とは多少異なるが、その役割を果たしたのだ。


「待て、それでどの程度の敵を引き付けることが出来ているか分かるか?」


 サブリーダーのスモル・ソイボーイ二世が落ち着いた様子で問いただす。敵を誘引出来てはいても、その数が少なすぎれば意味が無い。彼はリーダーの足らない部分を補うというサブリーダーの役割を良く果たしていた。

 ペトミーは残念そうに肩をすくめながら笑った。


「スモル、悪いがジャイアント・バットに数を数えることは出来ない。

 低級モンスターは動物と同じで数の概念を理解できないんだ。

 ただ分かっているのは第一部隊とぶつかった敵は、どうやら北から来た連中で第一部隊よりずっと多いらしい。」


 使い魔を偵察に使う際の欠点だった。モンスターや一部の動物をテイムし使役するモンスターテイマーは、モンスターを使い魔として使うことで居ながらにして遠く離れた場所を偵察したり通信したりすることができる。

 だが、高度な知能を持っている強力なモンスターならともかく、動物や低級モンスターは数を数えることが出来ない。多い、少ないといった曖昧なニュアンスでしか敵勢力の大きさを伝えることが出来ないのだ。それをやろうと思えばよほど強力なモンスターをテイムするしかないのだが、ペトミーの使い魔にそのような強力なモンスターなど居なかったし、ペトミー自身もそれだけ強力なモンスターをテイムするだけのスキルが無い。そして、ある程度強力なモンスターは既に歴史上のゲーマーたちによって狩りつくされて絶滅しており、この世界ヴァーチャリアで生き残っているモンスターはゲーマーでも太刀打ちできないほど強力過ぎるモンスターか、狩る価値もない弱小モンスターだけだった。


「待て、今北から来た連中って言ったか!?」


 ペトミーのスモルへの説明を聞いて驚いたティフがペトミーに質問する。


「あ!?…ああ、北からだ。南からじゃない。それがどうかしたのか?」


 それを聞いたティフはゆっくりと目と口を丸く開いていき、驚きの表情を作ると今度はやはりゆっくりとその表情をニンマリとした笑顔に変えていく。周りで見ていた者の目にはそれはひどく間抜けに見えたが、ティフ本人は愉快でたまらないといった様子で肩を震わせて笑いをこらえている。


「何だ、どうかしたのかティフ?」


 スモルがつられて笑いそうになるのを堪えながら訊くと、ティフは今度は本格的に声をあげて笑った。


「アッハッハッハ、ハァ…やった、やったぞ!

 北から来たってことは神殿にいた部隊だ!

 しかも第一部隊よりずっと多いだって!?

 第一部隊は何人いた!?」


「え…たしか五十か六十ってとこだ…六十だったか?」


「そうだ、それより多いんだろ!?

 レーマ軍はケントゥリアっていう単位で行動するぞ!

 ケントゥリアは六十人から八十人くらい…つまり第一部隊と同じくらいだ。

 それなのにってことは二個ケントゥリア以上の部隊を神殿から繰り出していたってことさ!」


 ティフの説明を聞くうちに『勇者団ブレーブス』の他のメンバーにも笑顔が徐々に感染しはじめる。


「敵はサウマンディア軍団レギオンの二百とアルトリウシア軍団レギオンの三百、そのうち宮殿跡に百人ぐらい居たから神殿の兵力は四百ってところだ。

 多分、その三分の一か半分か…ともかく、それくらいの兵力を引きずり出すことに成功したって事さ!

 いいぞ、第一部隊は予想以上の働きをしてくれた!

 生き残った連中には何か褒美をやらなきゃいけないかもな。」


 ほくそ笑みながら顎をさすり、ティフがそう言うと『勇者団ブレーブス』の面々は一斉に表情を明るくした。


「おお!ってことは上手くいってるのか!?」


「もちろんさ!

 いきなり戦闘が始まったと知った時は先行きが不安だったが、むしろ上手くいってる。上手く行き過ぎて怖いくらいだ!」


「「「「「おおお~~~っ」」」」」


 一行は馬に跨ったまま互いに顔を見合い、歓声をあげた。


「ブルーボール様!

 では、第二部隊は!?」


 一人冷静を保っていたファドが用心深く尋ねた。もっとも、流石のファドも空気に飲まれて顔が少しにやけていたが、自分の役割を忘れてはいない。


「もちろん動かすぞ!すぐにだ!!

 このまま手をこまねいていたら勝機を逃してしまうからな。

 伝令は頼めるな?」


「もちろんです、ブルーボール様。」


「よし!そうだな…第二部隊には南から火を点けるように指示しよう。

 今第一部隊とぶつかってる部隊が神殿へ戻らないよう退路を断つんだ。

 第二部隊は南側から火を点けて神殿と宮殿跡の間に炎の壁を作れ!

 そして火の手の北側から回り込んで、神殿から新たに出て来る敵を待って攻撃するんだ。

 その後は予定通り、敵を廃墟の中へ誘い込んで引きずり回せ!」


「承知しました!」


 喜色ばんだ声でティフが命じるとファドは馬に乗ったまま御辞儀をする。


「その後は分かっているな!?

 第二部隊が行動を開始したのが分かり次第、第三部隊が攻撃を開始する。

 俺たちの行動開始は第三部隊の攻撃開始と同時だ。奴らはどうせ長くはもたないからな。

 ファド、お前は第二部隊に攻撃命令を伝えた後は、だ!」


「お任せを!

 では失礼します!!」


 第一、第三部隊への命令伝達はペトミーが使い魔を使ってやっていたが、第二部隊への伝令はファドが自ら務めることになっていた。これは第一、第三部隊は与えられた命令が割と単純だったことと、状況が変化したとしても基本的な作戦行動に変更が生じない予定だったからだ。

 だが第二部隊だけは第一部隊の行動に対して敵がどう対応したかによって作戦行動に変更を生じる可能性があった。そして、盗賊たちにそれを判断する能力があるとはティフたちは期待してなかった。

 実際、昨夜のブルグトアドルフ襲撃の際、攻撃や撤退の判断を盗賊に任せた結果は『勇者団ブレーブス』たちの満足のいくものではなかった。もっとも、それは攻撃や撤退の判断を下した盗賊本人の能力に問題があったからではなく、彼らが置かれた状況からすれば仕方のないものだったのだが、そこまで当時の状況を詳細に調査していなかった『勇者団ブレーブス』が「盗賊に重要な判断は任せられない」という結論を導き出してしまったとしても仕方のないことだったのかもしれない。


 いずれにせよ、作戦遂行上重要となりうる第二部隊の動向は『勇者団ブレーブス』のメンバーが直接指揮を執った方が良いという事となり、そのための伝令役にファドが選ばれていた。ファドならば誰にも気づかれないで神殿の近くを素通りし、第二部隊まで行くくらい問題なくできるはずだったし、盗賊たちともペトミー以上に上手に意思疎通をとることができる。


 とまれ、『勇者団ブレーブス』のメンバーは全員が作戦の推移を楽観視し、成功を疑っていなかった。

 彼らは知らなかったのだから仕方がない。

 彼らが敵情を偵察した時、既に上陸していた第八大隊コホルス・オクタヴァは彼らの偵察範囲外の船着き場にいたから、彼らは一個歩兵大隊コホルスもの大兵力が別に存在していることに全く気付いていなかった。だから第一部隊とぶつかったのは神殿から派遣された部隊だと誤解してしまっていた。しかし実際には、神殿にはこの時まだ四個百人隊ケントゥリアもの戦力が丸々温存されていたのである。

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