第413話 第二部隊、行動開始

統一歴九十九年五月五日、夜 - アルビオンニウム市街地/アルビオンニウム



 カッカッカッカッカッ


騎兵だカバラリー隠れろフェシュテク・ディッヒ!!』


 馬の蹄の音に気付いた誰かが押し殺した声で言い、周囲に居た盗賊たちが作業を中断して一斉に物陰に隠れる。

 彼らがいる位置でも銃声は聞こえており、おそらく第一部隊が戦をおっぱじめてしまったであろうことにはみんな気づいていた。作戦開始はもっと暗くなってから…多分、第二夜警時セクンダ・ウィギリアになるだろうと知らされていたにも拘わらず、第一夜警時プリマ・ウィギリアになったかならないかぐらいで戦闘が始まってしまっていることで、盗賊たちはこの作戦が上手く行っていないのだろうと予想を付けていた。そして、それは部分的に正しかった。

 一部の盗賊は作戦失敗を懸念し、すっかり及び腰になってしまっていたたほどで、それでも彼らが逃げ出さずにの用意を続けているのは、第一にどこへ逃げても何故かには見つかってしまうであろうことが分かっていたことと、第二にこのは自分たちが逃げる際の援けとなるに違いないことを承知していたからだった。

 しかし、盗賊たちの士気が極端に低下しているのは間違いない。予想以上に早い段階で戦闘が始まってしまった事、そして戦場から聞こえる銃声や爆発音が徐々に散発的になり、しかも遠く小さくなっていることで、第一部隊の御同輩たちが今現在どういう状況に置かれているか手に取るように想像がついていたからだ。

 そして、ここへ来て騎兵の登場である。いつ、誰が暴発してもおかしくはない。命令に従う事に疑問を感じ、自分の判断を優先するのは士気を阻喪そそうした者がとる行動の最たるものの一つだ。今、この周辺で物陰に隠れた盗賊たちの中には、武器に手をかけて身構える者が数多く存在した。


 盗賊たちが隠れる廃墟の街へ単騎で駆けこんできた騎兵はしかし、通り過ぎることなく彼らの眼前で停止する。ブフフ~ンと馬が荒々しく息を吐き、いらだたし気に足踏みして蹄を鳴らす。

 盗賊たちはその騎兵を襲ってしまおうかと周囲の様子を伺いながら、息を殺して身構える。だが、彼らが実際に行動を起こすことは無かった。


「クレーエ!そこに居るのだろう!?」


 馬上からファドが声をあげ、盗賊たちは一斉にフーッと飲んでいた息を吐き出した。ヤレヤレとばかりにクレーエが物陰から立ち上がり、姿を現した。


「ファドの旦那、脅かさないでくださいよ。」


「俺が伝令に来ると言っておいただろうが?」


 ファドは半分呆れたような口調で言うと馬から降りる。いつの間にか、さっきまでいなかったはずの黒い犬がどこからともなく姿を現し、ファドの足元に歩み寄って身体をこすりつけた。それを見てファドに近づこうとしていたクレーエが思わず立ち止まり、わずかに後ずさる。

 それに気づいているのかいないのか分からないが、ファドは馬の手綱を持ったまま歩いてクレーエに近づいた。


「そ、それでファドの旦那、命令ですかい?

 何か、聞いてたよりドンパチ始まんのが早ぇみたいですが…」


「そうだ、作戦が少し変更になった。」


「へぇ…」


 クレーエの愛想笑いが引きつる。ファドは夜目が効くのか、肌の黒いクレーエの表情の微妙な変化に気付いたようだ。


「安心しろ、悪い状況じゃない。

 確かに第一部隊は予定よりかなり早く敵に見つかって戦闘になってしまったが、予定以上の大兵力を引き付けてくれた。も大層喜んでおられる。」


「へ、へぇ…そうなんですかい?」


 意外な説明にクレーエは戸惑いを隠せない。素直に受け取って良いなら喜ぶべきなのだろうが、第一部隊が敵の大兵力を引き付けたということは、第一部隊は地獄を見ているということでもあるのだ。

 別にクレーエに第一部隊に加わっている盗賊たちへの同情の気持ちがあるわけではない。クレーエは先月までは盗賊を襲って上前をねる盗賊をやっていたのだ。クレーエにとって盗賊は連帯すべき同輩ではなく、狙うべき獲物だったのだから、仲間意識のようなものは無い。

 だが、今はクレーエも他の盗賊たちと同じ立場だ。そしてその盗賊たちが死ぬような危険な目に遭っているというのに、目の前のファドやは喜んでいる…つまり、クレーエがこれからひどい目に遭ったとして、ファドやはそれを喜ぶであろうことが想像できてしまうのだ。そして、彼はこれから本職の軍隊相手にドンパチをやらねばならないことになっていて、おまけに彼らの仕事は完全なる“囮”だ。今の第一部隊と同じく、より多くの敵をより長時間引き付けることが求められているのだ。

 つまり、これから彼らが酷い目に遭えば遭うほど、は喜ぶことになる。逆にそれを避ければ避けるほど、今度はの不況を買うことになるのだ。


「安心しろ、お前たちにとって悪い話じゃない。

 火をつける位置を今すぐ南へ広げるんだ。」


「今すぐ!?南へ!?」


 彼らは目の前を通り過ぎる大部隊の目を逃れながら、二時間以上かけて“焚きつけ”を用意してきたのである。せっかくここまで用意したのに今更南へずらせ…しかも今すぐ…彼らからすれば理不尽な要求であった。


「これは作戦を成功させるために必要な措置だ。

 同時にお前たちが生き残るための変更でもある。

 敵が予想以上の大兵力を南へ繰り出し、第一部隊がそれを引き付けている。

 ここより南の…ここと第一部隊が戦っている敵部隊との間を火の海にするんだ。

 そうすればあの大部隊がこっちに戻ってこれなくなり、お前たちも逃げやすくなる…そういう寸法だ。」


「な、なるほど…確かに悪くねぇ話だ。

 だけど旦那…俺らぁ…」


 今までの苦労、そして士気の下がっている他の盗賊たちの様子を知っているクレーエからすれば少しばかり要求が厳しいように思えた。クレーエは今のこの第二部隊の代表の様に扱われているが、別に彼ら盗賊たちはそう言う風に組織されたわけではない。第二部隊の中には複数の盗賊団が存在し、それぞれにボスがいる。そのボスたちはクレーエとは同格なのだ。少なくとも彼らの中では…ファドたちがクレーエを特別扱いして第二部隊の指揮を任せたからと言って、すべての盗賊たちが無条件にクレーエの言うことに従うわけではない。

 ましてこれから正規軍とドンパチしなきゃならないという希望を見出しにくい予定を聞かされ、一個大隊コホルスもの軍団兵レギオナリウスが目の前を通り過ぎるのを息を殺して見送りながら放火の準備を続けてきた彼らである。今までやってきたことを否定されるような命令を大人しく聞くとは思えない。


「別に今までの用意を移動しろとは言っていない。

 まだ使っていない油や薪があるだろう?

 それを全部南へ集めて、なるべく広い範囲で火を点けりゃいいんだ。

 今まで用意した分はそのまま火を点けろ。

 ああ!…ただし、火を点けるときは南側から火を点けるんだ。

 北から火を点けると南側に火を点ける前に気付かれてしまうからな。」


「ああ、はい…分かりました…それで、旦那は?」


 無駄だとは思っていたが、ひょっとして他の盗賊団のボスたちにクレーエが直接命令を伝えてくれるんじゃないかと期待し、クレーエは問いかけた。士気の下がってる連中に何かをさせるのは難しいのである。ましてクレーエは彼らのボスじゃない。盗賊団のボスは他人の言う事…特に自分と同格の者の言うことに従うことを嫌がる傾向にある。「の命令だ」の一言で従ってくれるほど単純な連中じゃない。


「俺は別の仕事がある。

 これから後は、第二部隊はお前に任せる。」


「へっ…そりゃ、ありがてぇこって…」


 クレーエは内心では舌打ちしていたが、それを表に出すほど愚かではない。精いっぱいの愛想笑いを浮かべ、馬に乗ろうとするファドを手伝うため手綱をとって馬を抑える。


は今回敵の大兵力を引き付けてくれた第一部隊の生き残りには褒美を用意すると言っておられた。

 お前たちも励むと良い。」


 馬に乗ったファドはクレーエから手綱を受け取りながら、周囲で見ている盗賊たちに向かって大きな声で言った。盗賊たちのほとんどは反応せず、ファドの様子をジッと見ている。ファドに媚びを売っておいた方が良い…そう思っている数人だけが「おおーーっ」と歓声を上げた。


「ならクレーエ、お互い生きていたらまた会おう。」


「へ、是非そうしたいもんで…」


 ファドは手綱を引くと馬を走らせ、いずこへともなく姿を消す。さっきまでファドと一緒にいたはずの黒い大きな犬も、いつの間にか消えて居なくなっていた。


「できるもんなら、もう会いたかねぇけどな…」


 ファドを見送ってクレーエが溜息をつくと、周囲の盗賊たちが寄って来る。クレーエの手下もいれば、そうでは無い盗賊もいた。


「ク、クレーエ…何がどうしたって?」

「これから酷くなるのか?」


 周囲に集まってきた男たちの、不安を隠し切れない情けない姿を見回し、クレーエは深呼吸するとわざと明るく声を張った。


「安心しろ!思ったより状況は良いらしい!

 だが、俺たちが生き残るためにはチィとばっか作戦変更しなきゃならねえらしいぜ」

 

 こいつら小悪党どもを生かしてやらにゃならん義理は無いが、自分自身が生き残るためにはこいつらに生きる希望ってのを与えてやんなきゃいけなねぇ…クレーエはしたくもないリーダーを演じることにした。

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