第1275話 想像を超える立場の悪さ
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
ティフが激昂して見せるのは半ば演技であった。本気で腹を立てているというよりも、そう振る舞うように習慣づけられたものが反射的に出てしまったものだ。それは幼いティフに
残念ながら小暴君というキャラづくりはティフの立場を微妙なものとし、孤立を深める結果ともなってしまったのだが、それでもティフからすれば信用の置けないクズども、特に彼の母親を養父となった男に売り払った親戚どもと付き合い続けなければならないくらいなら、ティフにとっては孤独こそがむしろ安らぎを与えてくれる環境たりえた。結果的に
ティフ本人は自身のキャラづくりが周囲の人を遠ざけてしまっていることは理解していた。真に信頼できる友を得たなら、その前では小暴君という演技を止めねばならないことも理解していた。『勇者団』では小暴君の仮面を決して被らないようには気を付けているが、それでも『勇者団』以外の者たちの前では無意識に小暴君の仮面を被ってしまう。
が、今のティフはその仮面とは関係なしに
ひょっとしてワザと煽っているのか?
交渉を前に激昂させてしまえば、力づくで抑え込む口実ができる……そう考えているのか?
《
グルグリウスに挑発させて、俺が暴発したところを魔法で捕まえる気か……
ティフは邪悪な親戚たちに囲まれていたこともあって、他人の悪意というものに敏感だ。安っぽい企みは容易に見破るだけの賢さは持っている。だが同時に、そうした警戒を常に強いられた弊害からか、相手の嫌味に対しては過度に警戒する癖がついてしまっていた。貴族が嫌味を言う時、それは何かの悪意ある企みのヒントである場合が多かったからだ。
ふーーーーーーーっ
グルグリウスを睨み上げたまま深呼吸するとティフは目を伏せ、身構えていた上体を起こした。
おや? ……ティフがそのまま激昂すると思っていたグルグリウスは予想に反して冷静を取り戻そうとしているティフに驚き、片眉を吊り上げる。
「それならば俺はお前に訊いておかなきゃいけないことがある」
まだ声色には険が残っていたがそれまでにくらべればずっと低く穏やかな声でティフは尋ねた。
「何でしょう、
「お前はグレーター・ガーゴイルという種族だそうだな?
地属性の
何を訊かれるかと身構えていたグルグリウスは、何だそんなことかと拍子抜けしたように一瞬首をひねり、そして答えた。
「
「お前も地属性の妖精なら、《
その……俺たちとレーマ軍の間に立ちはだかってくれる
ティフは《地の精霊》との敵対を避けるため、《地の精霊》を敵視しているととられかねない言葉を避けようとして一瞬言い淀んだ。グルグリウスはその一瞬言葉を詰まらせたティフに何か含むところがあるのかと疑い、わずかに眉を
「……ええ、存じておりますとも……」
その答はもちろんティフも想定していた。むしろ、グルグリウスがそう答えてくれなければ次の質問に困るところだった。ティフは睨むでもなくグルグリウスに注意深い視線を向けて続ける。
「……お前と《
「……いいえ、違います」
やはりな……それもティフが想定していた通りの答だ。ルクレティアが噂に聞く通りの古すぎる血統の魔力を失った聖貴族ならば、あれほど強力な
「……お前の、主人は何者だ?
お前は誰に仕えている?」
「……
グルグリウスは話の流れから警戒したまま答えたが、グルグリウスからすればそれは隠すようなことではない。むしろ自慢したいくらいのことだったが、ティフは一瞬眉を寄せた。グルグリウスについての話はブルクトアドルフでクレーエから聞いてはいた。だがグルグリウスが《地の精霊》の眷属だという話は聞いていない。クレーエ自身はそのことをもちろん知っていたし、当初はティフに説明するつもりでいたのだが、ティフ達のクレーエの話の聞く態度があまりにも悪かったのでクレーエはその辺をバッサリと省略してしまっていたのだった。
同じ地属性だし何らかの繋がりはあるだろうとは想像していたが、眷属とは想像していなかった。
……ア、《
今更ながら心配になったティフは表情を固めたままゴクリと唾を飲む。
「じゃ、じゃあペイトウィンを捕まえたのは、《
お前に捕まったって聞いたぞ!」
グルグリウスはとぼけるように視線を天井の隅に向けた。
「ん~~、まぁそうですね」
不味いぞ……今まで『勇者団』からメークミー・サンドウィッチとナイス・ジェークの二人が捕虜になってしまっているが、どちらも自身の落ち度によって行動不能になったせいで捕虜になっただけだった。しかし話が本当ならペイトウィンは《地の精霊》が能動的に動いた結果として捕虜になっている。つまり、《地の精霊》が本格的に『勇者団』を敵視し始めていることを示唆していた。
「な、何故だ!?
今まで《
俺も一度だけ直接話したことはあるが、
何で《
焦るティフにグルグリウスは目を丸め、両眉を持ち上げ、口を低い位置で真一文字に結ぶ。グルグリウスにとってその質問はむしろ意外だったからだ。
「何故って……脅迫なんかするからですよ」
「脅迫!?」
ヤレヤレ……グルグリウスは首をほぐすようにグリンと一周まわし、改めてティフを見下ろした。その目はティフを憐れんでいるかのようだった。
「
そしてその中で、要求に応じなければシュバルツゼーブルグを火の海にするとかなんとか……」
ティフは目を剥き顔色を失くし叫んだ。
「待て、そんなの俺は知らないぞ!?」
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