第1276話 ニア・フェイタリティ

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「本当だ!

 シュバルツゼーブルグを焼くだなんて、『勇者団』ブレーブスにそんな意図はない!

 信じてくれ!!」


 ティフの訴えはグルグリウスの予想を超えて熱のこもったものだった。これまでレーマ軍相手には散々攻撃を繰り返し、シュバルツゼーブルグより北にあるライムント街道の中継基地スタティオのほとんどを壊滅に追い込み、ブルグトアドルフの住民の半数以上を殺傷し、アルビオンニウムでは真正面から戦いを挑んでおきながら調子のいいものである。

 ただ、ティフの側の感覚からするとそれらは全く別の話だった。ティフ達からすればレーマ軍も盗賊もブルグトアドルフの住民たちも所詮はNPCにすぎない。尊重すべき対等な存在ではないのだ。『勇者団』の活躍する英雄譚に花を添えるだけのモブでしかない。しかし精霊エレメンタルたちは違う。これからティフ達が後の世に遺していく英雄譚に大きく影響する重要な存在なのである。

 シュバルツゼーブルグを攻撃する……間違いなくペイトウィンが暴走して口走っただけの脅し文句だが、それをきっかけに《地の精霊アース・エレメンタル》が『勇者団』の明確な敵に回るなら、それは何としても避けねばならない。何といってもティフは、《地の精霊》他ここ数日急に現れ始めた強大な精霊たちと和解するためにここへ交渉に来ているのだ。それなのに交渉開始する前から敵対的と思われたのではたまったものではない。

 グルグリウスはティフの必死な弁明に最初面食らったものの、言わんとしていることを理解するなりフッと軽く笑って見せた。


「そんな焦らなくていいですよティフブルーボール様?」


 その一言に自分が我を見失って醜態をさらしていることに気づいたティフが続けて口から吐き出そうとしていた言葉をグッと飲み込むと、グルグリウスは続けた。


「そのことは既にペイトウィンホエールキング様から聞いております。

 あんなのはただのハッタリだとか、彼はおっしゃってましたよ」


 ペイトウィンあいつめぇ~……


 ペイトウィンの軽口が災いトラブルをもたらすのは今に始まったことではない。むしろ、だ。そしてそのの中には、自分ティフたちが振り回されるというところまでがセットになっている。


「で、そのペイトウィンは無事なんだろうな。

 今どうしてる?」


 グルグリウスはティフのその問いかけに呆れた様に顔を歪めて見せた。


「おい、どうなんだ!?」


 答えないグルグリウスにティフが声を荒げるとグルグリウスはヤレヤレと首を振った。


「もちろん無事ですとも、今はもう寝室で御休みになられています」


「け、怪我とかはしてないのか?」


「ピンピンしてますよ、ちゃんと治癒しましたからね。

 先ほども羊肉の煮物を美味い美味いと大層喜んでお召し上がりになられておられましたとも、デザートは言葉も発することなく一気に平らげておられました」


 グルグリウスのうんざりしたような物言いにティフは心配した自分の方が恥ずかしくなった。ティフの脳裏にもペイトウィンの無邪気かつ横柄な態度が目に浮かんでくる。きっと貴族らしからぬ態度にグルグリウスも飽きれたのだろう。それでこんなうんざりしたような表情を見せているのだ……ティフはそう思いつつも、ちゃんと即座に答えてくれなかったグルグリウスに恨み言を言った。


「だ、だったらさっさとそう答えればよかっただろ!?」


 グルグリウスが素直に応えてくれなかったせいでティフはペイトウィンの身に何かあったんじゃないかと心配し、恥ずかしいふるまいをしなければならなくなってしまった。ちゃんとすぐに答えてくれてたなら、取り乱したりせずに済んだのだ。


「アナタ様とて訊かなかったじゃありませんか……」


「はっ!?」


 ティフは何を言われたか分からなかった。


「訊いただろ!?

 訊いたのにお前が勿体もったいぶって答えなかったんじゃないか!」


「そうではありません」


 グルグリウスは首を振る。ティフには何が何だか分からない。ただ、よく分からない言いがかりをつけられたようにしか思えなかった。


「何がだよ、俺は今訊いただろ!?」


「それが、遅いと言ってるのですよ」


 そう言いながらグルグリウスがティフへ視線を向けると、ティフは思わず口をつぐんだ。


ペイトウィンホエールキング様はアナタ様の御仲間でしょう?

 彼が捕まったというのに、何故門前で吾輩わがはいにすぐに訊かなかったのですか?」


「そ、それは……」


 砦の手前でグルグリウスの姿を見た時、ティフはすぐにペイトウィンを捕まえたのはコイツだと気づいていた。いや、そうじゃなかったとしてもペイトウィンがグナエウス砦に連れ去られたと昨日の時点で教えられていたのだ。この砦にペイトウィンが囚われていること自体は知っていた。なのにティフはペイトウィンの無事を今の今まで尋ねなかった。それは何故か……ティフにはその答が咄嗟に出てこなかった。

 答にきゅうし、目を泳がせ始めるティフにグルグリウスは続けた。


「門からここまで来る間にも尋ねるタイミングはあったでしょう。

 なのにアナタ様はペイトウィンホエールキング様のことをお訪ねにならない」


「それは!

 お前が俺に何か魔法をかけて眠らせたからだろ!?」


 ティフは反駁するがグルグリウスはものともしない。口調は穏やかさこそそのままではあったがそれまでより少し力を強めてティフに言い聞かせるように続ける。


「それがあったとしてもです。

 この前で目を醒まされてからもアナタ様はお尋ねにならなかった。

 ペイトウィンホエールキング様のことはまだそれでもお尋ねになられたからいいでしょう。

 他の御二人のことはどうしたのですか?

 メークミー・サンドウィッチ殿とナイス・ジェーク殿……この御二人もお仲間でしょう?

 いまだにお尋ねになられませんが気にもしておられないのですか?」


 「……そ、そんなの、お、お、お、お前に、関係ないだろ!」


 やっとティフの口から絞り出された声は震えていた。それが何故かはティフ自身には分からない。が、何か自分の至らない部分をいきなりえぐられたような、あるいは最も恥ずべき部分を突き付けられたような、そんな何とも言えない不愉快な気分だ。

 グルグリウスは表情を消してティフを見下ろしている。その視線に何か見透かされたような気がしたティフはグルグリウスの視線を振り払うようにまくし立てた。


ペイトウィンあいつとは付き合いが長いんだ!

 実力だってどの程度かぐらい知ってるさ!

 ペイトウィン・ホエールキングは簡単にはやられない!

 だから、わざわざ訊く必要も無かったんだ!」


「ほう、大したものですね」


 表情も変えずに答えるグルグリウスのそれは明らか嫌味だったが、ティフは素直に感心してもらえたものと受け取ったらしい、わずかに余裕を取り戻したかのように上体を反らせ、誇りでもするかのように言葉を重ねる。


「当然さ!

 『勇者団』おれたちは固い信頼関係で結ばれてるんだ!」


「ふぅ~ん」


 グルグリウスの顔は相変わらず無表情のままだ。ただ、赤く光る眼でジッとティフを見下ろしている。その「ふぅ~ん」という声にも何の感情もこもっていない。ティフはそこにグルグリウスが何かを隠しているような不安を覚えた。


「……まだ何かあるのか!?」


 フンッと鼻を鳴らしたグルグリウスはようやくティフから視線を逸らし、明後日の方へ向けながら嘆息するように教える。


「いえ、あの時吾輩わがはいが手加減を間違えていたら……

 あるいは治癒魔法を施さなければ、ペイトウィンホエールキング様は今頃亡くなられていましたよ」


「何だと!?」


 それはクレーエが教えてくれなかった情報だった。クレーエの話では、突如眼前に現れたグルグリウスにペイトウィンが魔法を放ち、その爆発に巻き込まれて倒れたはずだったのだ。

 攻撃魔法の訓練で自分の魔法に巻き込まれる事故は珍しくない。ペイトウィンはそのダメージが原因で捕まってしまったわけだが、それでも自分自身の魔法が原因ならダメージは大したことないと思っていた。ペイトウィンは魔法攻撃のダメージを軽減する類の魔導具マジック・アイテムはいくらでも持っていたし、常に身に着けていたからだ。


 ペイトウィンあいつが死ぬかもしれないダメージを負っていた!?


 それはティフには想像の追いつかない事態だった。理解が追い付かず、混乱しているティフにグルグリウスは冷酷に現実を突きつける。


「あまり過信はなされぬことです。

 吾輩わがはいから見てもそうですが、アナタ様方は御自分が思っておられるほど強くはありません。

 まして《地の精霊アース・エレメンタル》様たちから見れば、アナタ方など取るに足らない存在なのですから」

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