第723話 一つの成功

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



 ブルグトアドルフに住民が残っているとは思ってもみなかった。てっきり、このあたり一帯は完全に無人と化している……サウマンディア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・サウマンディイアッピウス・ウァレリウス・サウマンディウスは軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムマルクス・ウァレリウス・カストゥスの報告からそう思っていた。が、実際は違った。

 アッピウスがアルビオンニアに渡航してきたその日に、アッピウスが上陸したアルビオンニウムから一日の距離にあるブルグトアドルフにおいて、盗賊団はカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子率いるサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアに無謀な襲撃を仕掛け、サウマンディア軍団と救援に駆け付けたアロイス・キュッテル直卒のアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアによって蹴散らされていた。その過程で盗賊団は戦力を大幅に減じており、推定で二十~三十人程度にまで討ち減らされたものと考えられている。それを受け、街に家畜を残して避難していた住民たちから街へ残りたいという要望が高まった結果、家畜たちの世話をするための最低限度の住民と、彼らを保護するための警察消防隊ウィギレスが三十名ほどが第三中継基地スタティオ・テルティアとその向かいの宿駅マンシオーに残ることになってしまっていた。

 で、肝心のカエソーとアロイスは部隊を率いてルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアとブルグトアドルフからの避難民を守りつつ、シュバルツゼーブルグへと出立してしまったようだ。


 アッピウスはそのことを第三中継基地で代理司令官ウィカリウス・プラエフェクトゥスとして警察消防隊の指揮を執っていたフルーギー・ユーニウスからの説明で知ると、予定通り一旦第二中継基地スタティオ・セクンダへの帰途についた。このまま第三中継基地で部隊ごと宿をとることは可能だったが、アッピウスはそれをあえて避けることにしたのだ。


 やはり、住民たちの目に触れるのはあまりよくない。アッピウスの任務は政治的にはかなり難しい性格を持った任務である。

 ムセイオンから脱走してきた聖貴族コンセクラトゥムたちを捕まえる。しかもその聖貴族はアルビオンニアで降臨を起こそうとしており、その目的のためか何か知らないがシュバルツゼーブルグ近郊にいた盗賊どもをまとめ上げ、レーマ軍に弓引き、ブルグトアドルフでは住民たちに対して大規模な略奪と虐殺ハック・アンド・スラッシュ敢行かんこうしているのだ。

 本来ならば彼らは死罪とされても文句は言えない。それだけの重罪を犯していた。しかし、この世界ヴァーチャリアで最も高貴な血筋の彼らを簡単に処刑することなど出来はしない。間違いなく国際的な問題になってしまう。彼らの魔力に、彼らの存在に、彼らの血に、彼らが残す子らに、未来を託している国々が存在しているのだ。そうした国々からすれば、レーマ帝国の辺境でたかが住民数十人が被害にあったからというで貴重なゲイマーガメルの血筋を絶つなど考えられない暴挙としか思えないであろう。所詮は外国人の生命や財産など、自分たちの国益と天秤にかける価値などない……それはほとんどの世界で、国で、時代で、共通した真理なのだ。

 それを考えれば彼らを、『勇者団』ブレーブスを名乗る聖貴族たちを処刑するなど、到底現実的とは言えない。


 だからこそ、プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵は彼らを秘密裏に捕らえることにした。

 『勇者団』を捕まえ、サウマンディウムへ連れ帰る。一連の事件そのものを隠蔽いんぺいするのはもはや不可能だし、ムセイオンから正式に脱走者の捜索手配が出されているという通達がレーマ本国から来ている以上はムセイオンから聖貴族が脱走しているという事実を伏せることも出来なくなってしまっている。だが少なくとも、秘密裏に『勇者団』をサウマンディウムへ連れ去ることで、ブルグトアドルフ周辺で起きた一連の事件から『勇者団』を切り離すことが可能になるだろう。


 ムセイオンから脱走してきた聖貴族は捕まったが、……ということにする。これによって一連の事件が持つ重大性は大きく減じることになるだろう。

 ムセイオンに収容されていた聖貴族が降臨を起こそうとした。しかもそのために虐殺事件まで引き起こしていたなど、大協約体制そのものを揺るがしかねない大スキャンダルである。それを無かったことにできるのだ。


 今、世界ヴァーチャリアに秩序と安定をもたらしている大協約体制を揺るがせることなく存続させ、平和と安定を維持することができる。アルビオンニアとしても、ゲイマーの血を引く聖貴族の処刑という世界でも初めての大事件を引き起こし、そのことで世界中から糾弾されるという面倒ごとから解放される。

 そして、事件を丸く収めてみせたサウマンディアとその属州領主ドミヌス・プロウィンキアエサウマンディウス伯爵家はレーマ本国からもアルビオンニアからもムセイオンからも、そして『勇者団』からも感謝され、一定の影響力を得ることになるだろう。あわよくばその過程で、ゲイマーの血を引く子をサウマンディアにもたらすことも期待できるに違いない。


 しかしそれは伯爵家にとって都合のいい、勝手な話でしかない。

 アルビオンニア属州女領主ドミナ・プロウィンキアエ・アルビオンニイであるエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人はまだ我慢してくれるかもしれない。彼女は侯爵家の家督を、領主貴族パトリキとしての地位を息子のカールに引き継がせることを第一に考えており、聖貴族の処刑などという属州領主ドミヌス・プロウィンキアエとしての地位そのものがどうにかなってしまいかねない問題を回避できるのなら、それを選ぶであろうからだ。

 だが実際に被害にあったブルグトアドルフの住民たちからすれば、そのような話を聞かされたところで納得などしようもない。真犯人である『勇者団』がどうなったところで、彼らは家族を失い、家を失い、財産を失ったのだ。突如失われたかけがえのないモノに見合う補償など、彼らが得られるはずもなかった。彼らの頂く領主であるアルビオンニア侯爵家にはそのような余裕など無いはずだし、かといってサウマンディア伯爵家がそれを行うのは筋違いというものだ。

 そもそも、法を犯した者が聖貴族特別な存在だからという理由で罪を免れるなど、いくら貴族社会であっても許されることではない。


 だからアッピウスの行動は、『勇者団』ムセイオンの聖貴族が盗賊団を率いているという事実は、徹底的に秘匿されねばならなかった。

 ならば、アッピウスはもちろん、その部下たちも無関係な一般人の目にはなるべく触れない方がよい。接触も避けられるだけ避けねばならない。それもあってアッピウスは自身が率いる軍団兵レギオナリウスにも、すべてを知らせてはいないくらいだったのだ。


 しかし、我ながらうまく行ったものだな‥‥‥


 ブルグトアドルフから帰る途中、アッピウスは座輿セッラに揺られながらほくそ笑んだ。


 住民どもを見つけた時はどうなるかと思ったが‥‥‥


 最悪、することも脳裏に浮かんだ。だが、住民たちから話を聞いているうちに騎乗した警察消防隊ウィギレスが現れ、それも出来なくなった。

 警察消防隊に案内されて訪れた第三中継基地でフルーギーから状況説明を受け、メルクリウスと盗賊団の関係を問われた際はしまったと思ったし、おのれの不用心を内心でののしりもした。まさか本当のことを話すわけにはいかない。しかし、説明し納得させなければ、却って問題をややこしくしてしまう。ここアルビオンニアはアッピウスにとって異国なのだ。同じレーマ帝国ではあるが、隣の属州であり他人の領土だった。外国で軍隊がコソコソと動き回り、正当性を説明できなければ色々とあらぬ疑いを持たれるだろうし、『勇者団』の隠蔽どころの話ではなくなってしまう。


 が、してやった!

 『勇者団』ハーフエルフどもをメルクリウス団と結びつけることで、逆にその存在を秘匿する正当性を得た!


 ムセイオンから脱走してきた聖貴族‥‥‥特別な力を持つ彼らの存在は既に捕虜となった盗賊たちの口から既に知られつつある。さすがにその正体がムセイオンの聖貴族だとまでは気づいていないが、何か特別な力を持った人物が盗賊団の背後にいるらしいことはフルーギーも知っていた。

 だがそれをあえて『メルクリウス団の陰謀論』と結びつけてみせることで、その正体を知られることなく隠蔽する必要性をフルーギーに認めさせることに成功したのだ。


 アルトリウシアでハン支援軍アウクシリア・ハンが叛乱を起こした。そして、数千人の死者を含む数万人の犠牲者を出したその事件の責任を逃れるために、ハン支援軍が『メルクリウス団の陰謀』を主張し、アルビオンニウムで起きた盗賊団の事件をその根拠として利用しようとしている。

 叛乱を起こしたハン支援軍は討伐されねばならない。彼らに言い逃れの余地など与えてはならない。そのためには、ハン支援軍に利用されようとしてる盗賊団の首領はだったということにし、ハン支援軍のぶち上げた愚にもつかない陰謀論から根拠を奪ってしまわねばならない。


 アッピウスのその論法はアルビオンニア属州領民であり、長年アルビオンニア侯爵家に仕え続けてきたフルーギーのような人物には意外なほどすんなりと受け入れられた。侯爵家に忠誠を誓う武人たる彼らにとって、同じレーマ帝国の軍人でありながら叛乱を起こしたハン支援軍は盗賊団以上に憎むべき敵だったのだ。


 ふふっ、我ながらうまいこと頭が回ったものよ‥‥‥


 盗賊団の事件と『メルクリウス団の陰謀論』を結びつけるアイディアは以前から持っていたものではなかった。フルーギーから質問され、答にきゅうしている時に突然思いついたものだったのだ。

 これによってアッピウスは、メルクリウス捜索を名目に盗賊団を追うという矛盾を解消できた。『勇者団』の正体を知らせることなく、彼らを秘匿したまま捕まえ、サウマンディアへ連れ帰ることへの理解を得ることができた。フルーギーを始めアルビオンニアの官吏たちは、アッピウスの秘密捜査活動に積極的に協力してくれるようになるだろう。実際、フルーギーはそのように約束してくれた。


 イェルナクよ、悪く思うな。

 お前がぶち上げた陰謀論、こちらが利用させてもらうぞ。

 悪いアイディアではなかったかもしれんが、真実も知らぬままに言ったのは失敗だったな。お前が利用するには相手が悪すぎたのだ。

 さすがに高貴なゲイマーガメルの血統と、お前ら蛮族では比べるべくもないわ。

 お前の陰謀論は役に立ったが、やはりお前らは助けてはやれん。

 せめてお前らには、我らの役に立つようにしてやろう。


 あの卑しい笑顔を張り付けた蛮族のホブゴブリンの顔を思い浮かべながら、座輿を担ぐ兵士らにも聞こえぬほど小さくアッピウスは笑った。これから彼は、ブルグトアドルフ周辺での『勇者団』捜索活動を本格化させることになる。

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