第723話 一つの成功
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ ブルグトアドルフ/アルビオンニウム
ブルグトアドルフに住民が残っているとは思ってもみなかった。てっきり、このあたり一帯は完全に無人と化している……
アッピウスがアルビオンニアに渡航してきたその日に、アッピウスが上陸したアルビオンニウムから一日の距離にあるブルグトアドルフにおいて、盗賊団はカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子率いる
で、肝心のカエソーとアロイスは部隊を率いてルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアとブルグトアドルフからの避難民を守りつつ、シュバルツゼーブルグへと出立してしまったようだ。
アッピウスはそのことを第三中継基地で
やはり、住民たちの目に触れるのはあまりよくない。アッピウスの任務は政治的にはかなり難しい性格を持った任務である。
ムセイオンから脱走してきた
本来ならば彼らは死罪とされても文句は言えない。それだけの重罪を犯していた。しかし、
それを考えれば彼らを、
だからこそ、プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵は彼らを秘密裏に捕らえることにした。
『勇者団』を捕まえ、サウマンディウムへ連れ帰る。一連の事件そのものを
ムセイオンから脱走してきた聖貴族は捕まったが、たまたまアルビオンニアで起きていた大規模な盗賊団による事件とは関係がなかった……ということにする。これによって一連の事件が持つ重大性は大きく減じることになるだろう。
ムセイオンに収容されていた聖貴族が降臨を起こそうとした。しかもそのために虐殺事件まで引き起こしていたなど、大協約体制そのものを揺るがしかねない大スキャンダルである。それを無かったことにできるのだ。
今、
そして、事件を丸く収めてみせたサウマンディアとその
しかしそれは伯爵家にとって都合のいい、勝手な話でしかない。
だが実際に被害にあったブルグトアドルフの住民たちからすれば、そのような話を聞かされたところで納得などしようもない。真犯人である『勇者団』がどうなったところで、彼らは家族を失い、家を失い、財産を失ったのだ。突如失われたかけがえのないモノに見合う補償など、彼らが得られるはずもなかった。彼らの頂く領主であるアルビオンニア侯爵家にはそのような余裕など無いはずだし、かといってサウマンディア伯爵家がそれを行うのは筋違いというものだ。
そもそも、法を犯した者が
だからアッピウスの行動は、
ならば、アッピウスはもちろん、その部下たちも無関係な一般人の目にはなるべく触れない方がよい。接触も避けられるだけ避けねばならない。それもあってアッピウスは自身が率いる
しかし、我ながらうまく行ったものだな‥‥‥
ブルグトアドルフから帰る途中、アッピウスは
住民どもを見つけた時はどうなるかと思ったが‥‥‥
最悪、始末することも脳裏に浮かんだ。だが、住民たちから話を聞いているうちに騎乗した
警察消防隊に案内されて訪れた第三中継基地でフルーギーから状況説明を受け、メルクリウスと盗賊団の関係を問われた際はしまったと思ったし、おのれの不用心を内心で
が、してやった!
ムセイオンから脱走してきた聖貴族‥‥‥特別な力を持つ彼らの存在は既に捕虜となった盗賊たちの口から既に知られつつある。さすがにその正体がムセイオンの聖貴族だとまでは気づいていないが、何か特別な力を持った人物が盗賊団の背後にいるらしいことはフルーギーも知っていた。
だがそれをあえて『メルクリウス団の陰謀論』と結びつけてみせることで、その正体を知られることなく隠蔽する必要性をフルーギーに認めさせることに成功したのだ。
アルトリウシアで
叛乱を起こしたハン支援軍は討伐されねばならない。彼らに言い逃れの余地など与えてはならない。そのためには、ハン支援軍に利用されようとしてる盗賊団の首領は只の人だったということにし、ハン支援軍のぶち上げた愚にもつかない陰謀論から根拠を奪ってしまわねばならない。
アッピウスのその論法はアルビオンニア属州領民であり、長年アルビオンニア侯爵家に仕え続けてきたフルーギーのような人物には意外なほどすんなりと受け入れられた。侯爵家に忠誠を誓う武人たる彼らにとって、同じレーマ帝国の軍人でありながら叛乱を起こしたハン支援軍は盗賊団以上に憎むべき敵だったのだ。
ふふっ、我ながらうまいこと頭が回ったものよ‥‥‥
盗賊団の事件と『メルクリウス団の陰謀論』を結びつけるアイディアは以前から持っていたものではなかった。フルーギーから質問され、答に
これによってアッピウスは、メルクリウス捜索を名目に盗賊団を追うという矛盾を解消できた。『勇者団』の正体を知らせることなく、彼らを秘匿したまま捕まえ、サウマンディアへ連れ帰ることへの理解を得ることができた。フルーギーを始めアルビオンニアの官吏たちは、アッピウスの秘密捜査活動に積極的に協力してくれるようになるだろう。実際、フルーギーはそのように約束してくれた。
イェルナクよ、悪く思うな。
お前がぶち上げた陰謀論、こちらが利用させてもらうぞ。
悪いアイディアではなかったかもしれんが、真実も知らぬままに言ったのは失敗だったな。お前が利用するには相手が悪すぎたのだ。
さすがに高貴な
お前の陰謀論は役に立ったが、やはりお前らは助けてはやれん。
せめてお前らには、我らの役に立つようにしてやろう。
あの卑しい笑顔を張り付けた蛮族のホブゴブリンの顔を思い浮かべながら、座輿を担ぐ兵士らにも聞こえぬほど小さくアッピウスは笑った。これから彼は、ブルグトアドルフ周辺での『勇者団』捜索活動を本格化させることになる。
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