第1217話 帰ってきたティフたち
統一歴九十九年五月十一日、午前 ‐
スワッグとの合流を果たしたティフ達はそのままシュバルツゼーブルグの街を出ると、ライムント街道沿いで待っている筈のデファーグを探して走った。とはいっても街道上には荷馬車が行きかっており、御者たちの視線が途切れる様子は無かったので、あまりにも速く走って人目を引いてしまわぬよう速度は抑えたために、街を出てからデファーグを見つけるまで数分程度の時間を要した。
「居た!!」
デファーグを見つけて脚を早めるティフだったが、その後をついてきていた二人は木の枝にぶら下がっている男の姿に一瞬驚いた。
「え、あれが!?」
そのシルエットは彼らが知るデファーグとはかなり違っていた。身長は変わらないが身幅がやけに狭い。恐ろしく痩せて見える。だが着ている服は確かにデファーグのそれだったし、近くには見慣れた馬たちが四頭、のんびりと草を食んでいたからデファーグには違いないだろう。
「デファーグ!!」
「ティフ!?
おお、みんな遅かったじゃないか!」
ティフの呼び声に気づいて答える男の顔は確かにデファーグだった。デファーグは「待ちくたびれたぞ」と嬉しそうに文句を言いながら木の枝から手を放して地面に降り立つ。
デファーグと再会は果たしたティフはデファーグの手前で走るのを止め、呼吸を整えながら歩み寄った。
「すまん、ちょっと色々あったんだ。
ところで俺たちが戻って来る前にレーマ軍は来なかったか?」
「?……いや、来なかったぞ。
それよりも何か食べ物を買ってきてくれたんだろ?
食わせてくれ、もう腹ペコなんだ。」
額の汗をぬぐいながらデファーグは帰ってきた三人を見渡した。ティフとソファーキングは藁を編んだだけの簡素な、籠とも袋ともつかぬ入れ物を持ってるだけだったが、デファーグの視線は左右の肩から魚の燻製らしきものをぶら下げたスワッグに釘付けになる。
「ああ、それなん「さっきから気になってんだがスワッグのそれ何だ!?」……」
事情を説明しようとしたティフの言葉はデファーグの喜色に染まった声に阻まれた。スワッグは両手にやはり藁を編んで作った籠とも袋ともつかぬ粗末な入れ物を抱えていたが、デファーグの視線はあきらかにそれらには向いていない。
スワッグはデファーグの視線が肩から下げた魚に向けられていることに気づくと、やや戸惑いながら答えた。
「えっ!?あ、ああ、これは鯉の燻製です。
なんでも、ここらでたくさん作られてるそうで……」
ドイツ料理と聞いた時に魚料理をイメージする日本人は少ないと思われる。実際、ドイツ料理の中に占める魚料理の比重は小さい。が、文化的に見てドイツ料理における魚料理の存在は決して小さいものではない。
たとえばクリスマスと言えば七面鳥……日本ではチキンがもてはやされるが、ドイツではクリスマス料理に魚は欠かせない。もちろんそれはキリスト教の教えによるものだ。
イスラム教に
四旬節の四十六日間(「四旬」は四十日間という意味だが、その間の日曜日はそこ含めないので、日曜日を含めた通算だと四十六日になる)にわたって肉食を絶たねばならない。が、その間動物性たんぱく質を全く摂らないというのも中々難しく、《レアル》でも断食期間中に人目を盗んで肉を食べるためにマウルタッシェなどという料理が発明されてもいる。挽肉と野菜を混ぜたものをパスタ生地に包んだもので、乱暴な言い方をするならドイツ版のワンタンみたいな料理だ。
マウルタッシェも
ではマウルタッシェがダメならどうやってアルビオンニアのキリスト教徒らは断食期間を乗り越えるのか? ……マウルタッシェが生まれたシュヴァーベン地方以外の《レアル》ドイツ各地と同じように、肉の代わりに魚を食べるのである。
かくして魚料理はドイツ料理の中で、ニッチではあるが確たる存在感を確立している。クリスマスに出される
アルビオンニアでもそれは同じであり、各地で鯉の養殖は盛んだ。シュバルツゼーブルグの場合は、その地名の由来となった
スワッグが手に持っていた藁袋を地面に置き、首に巻いた紐を外して見せると、一本の紐に連なってぶら下がった鯉の燻製のカーテンができる。
「おお、何か凄そうだな。
早速食べてみよう、どうやって食べるんだ!?」
「デファーグ、済まないんだが……」
目を輝かせて食いつくデファーグをティフは申し訳なさそうに遮った。
「なんだ、何かあったのか?」
よほど腹が減っていたのか、それとも長く待たせ過ぎたのが悪いのか、デファーグの声にはいつもの彼らしからぬ苛立ちが
「ああ、悪いがすぐに移動しなきゃいけない。
レーマ軍が俺たちを探しに来そうなんだ。」
それはデファーグにとって残酷な通告であった。これがペイトウィンあたりなら間違いなく反発しただろうが、ティフの声と態度に
「何かあったのか?」
その声は何かを諦めるかのような調子だった。実際、何か文句を言いたかったのを諦めた……そんなところだろう。
「実は……」
ティフはシュバルツゼーブルグの街であったことを話した。
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