第1216話 また騙された!?
統一歴九十九年五月十一日、午前 ‐ 市街地/シュバルツゼーブルグ
ヘーレン商会の太った商人はティフ達を倉庫から追い出し、人足たちにあらかた作業の指示を出すと商館へと戻っていった。別の倉庫の影からそれを見送ったティフ達はそそくさとその場を後にする。途中で見つけた屋台や店舗で適当に食べ物を買って街の外を目指したのだが、なるべく早く街を出るという決断はどうやら適切だったようである。ティフ達がやけに応対の遅い店主にイライラしながら焼きあがるのを待たされたポテトパンケーキを受け取った直後、倉庫の方へレーマ軍の兵士たちが駆けて行くのが見えたからだ。
「
別の屋台で買い物をしていたソファーキングが息を弾ませながら駆け戻って来る。
「不味いですよ。
奴ら、もう嗅ぎつけやがった。」
英語の会話はレーマの
「ああ、今レーマ軍が倉庫へ走っていくのが見えたぞ。
スワッグは?」
「別の店に行ってます。
まともな食い物は全部配給になってるらしくて、屋台じゃこんな物しか……」
ソファーキングが見せたのはティフが今包んでもらっているポテトパンケーキと同じ物だった。
シュバルツゼーブルグでは先月から主要な食料品は配給制になっていて金を出しても売ってくれない。売っているのは配給の対象外となった食品……個人が自宅の庭で育てた野菜やイモ類、そしてそれらの加工品ばかりだ。そしてオヤツに軽食にと持ってこいなのが摩り下ろしたジャガイモを揚げ焼きにする
「クソッ、やっぱり肉は無いのか?
これじゃデファーグの奴に文句言われても仕方ないぞ。」
「ええ、それでスワッグも肉を探してます。」
「急がなきゃいけないんだ。
レーマ軍が本格的に捜索を始める前に、街を出なきゃいけないんだぞ!?」
ティフがこうも焦るのは屋台で
そのうち彼らの耳に住民たちの会話が飛び込んでくる。その多くはドイツ語で意味が分からなかったが、中には彼らにも理解できるラテン語の会話もあった。
「おい、なんだか騒がしいじゃないか。
何かあったのか?」
「ほら、キュッテル閣下が盗賊団を討伐しただろ?
取り逃がしたあの盗賊団の首領が街中に隠れていたらしいぞ。」
「こんなところにか!?」
「図々しい野郎だ。
捕まったのか!?」
「逃げたらしい。
ヘーレン商会の奴らが怪しい奴を見つけたんだが、とても盗賊なんかとは思えなくて逃がしたんだそうだ。
だがその盗賊の首領から聞いた話を役人に話したら、そいつは盗賊団だって気づいたらしい。」
「へぇーっ……どんな奴だったんだ?」
「何でも子供らしいぞ。」
「子供!?」
「ああ、背は高くて、やたらいい服も来てるから一見すると大人だが、顔は十代前半の子供なんだそうだ。まるで
まずい……予想以上に噂の広がるのが早い。
気づけば道行く人々の視線が自分たちに集まっているような気がしてくる。
「ぶっ……
ティフ同様、周囲の視線に気づいたソファーキングが情けない声を漏らした。実際のところ、シュバルツゼーブルグの住民たちは珍しい恰好をしている少年たちに注目しているだけで、ティフ達のことを盗賊団の首領たちではないかと疑っているわけではなかったが、後ろめたいところのある者はそうした視線に過敏に反応してしまう。
「ま、待て……スワッグが戻ってこないのに俺たちだけで……」
ただでさえ『勇者団』のメンバーが散り散りになりつつある今、スワッグとまで
まだ大丈夫だ。レーマ軍が来ても俺たちの脚なら十分逃げられる。
……クソッ、スワッグの奴、どこまで行ったんだ!?
このままじゃ、レーマ軍に見つかってしまうぞ。
ひとまず物陰へとも思ったが、コソコソすれば却って怪しまれそうな気もしてくる。そのうち、通りの向こうから見慣れた人影が飛び出してくると、ものすごい勢いで駆けてきた。その正体に気づいた二人は思わず頬を
「「スワッグ!!」」
スワッグは魚の
「た、大変です
俺たち、馬泥棒にされちまってます!!」
完全に停まる前から報告を始めたスワッグは思わずぶつかるんじゃないかというくらいの勢いで辛うじて停止した。ティフ達はその足音のせいで聞き間違えたかと思わず耳を疑う。
「何だと?!」
「さっき聞きました。
あのNPCの商人、どうやら俺たちのこと馬泥棒だって訴えたらしいです。」
「待て、馬は貸し馬で、俺たちは十日分の追加料金を含めて金を払ったんだぞ!?
十日以内に馬を返すって話じゃなかったのか?」
スワッグの顔を覗き込むように問いただすティフに、スワッグは首を振った。
「あのNPC、ヘーレン商会の商人じゃないそうですよ!
この辺りの
アイツ、そのままあの金を
「クソッ!!」
ティフはスワッグの話を聞くと右膝を大きく上げて、ダンッと勢いよく地面を蹴った。
商人はティフ達を見つけた当初、役人に突き出すつもりでいた。ヘーレン商会の倉庫に不法侵入していた不審者を役人に突き出すことで、ヘーレン商会から謝礼でも受け取るつもりでいたのだ。しかし、ティフ達の
商人の勘は確かだった。実際はヘーレン商会とは無関係であるにもかかわらず、ティフは商人を信用して馬の貸し賃を纏めて支払った。十三頭の四十日分だからかなりな金額である。そのうえで倉庫に不法侵入していた馬泥棒として通報したのである。
馬泥棒は重罪だ。それを通報しただけでも謝礼やら賞金やらが手に入る。その上馬の貸し賃まで手に入った。ティフ達は追われれば逃げざるを得ないだろうから取り返しには来ないだろうし、仮に捕まったとしても「馬は盗んだ者じゃなくて借りたもの、借り賃はちゃんと払った」なんていう馬泥棒の訴えなんか信じてもらえるはずもない。つまり取り返される心配もない。
「許さないぞ、あのNPC!
金は取り戻すし、それ以上に懲らしめて思い知らせてやる!!」
「ダメです、
「すぐに戻らないとレーマ軍が!!」
「うるさい!
今ならレーマ軍だって俺たちの居場所を知らないんだ!
あのNPCを探し出して痛い目に会わせるなら、今の内しかないんだぞ!?」
いつものスワッグならティフの言うことをそのまま聞き入れただろう。だがスワッグは
「
ちょうど郊外で馬四頭を連れた馬泥棒らしい男の姿を見たって通報があって、レーマ軍が向かおうとしてます。
場所からして多分、
ティフは目を見開き、口をへの字に結んでスワッグを見下ろした。そのティフにスワッグは続ける。
「俺たちが今NPCを探しに行ったら、その隙にレーマ軍が
今は御自重ください!!」
スワッグとティフの顔を交互に見比べ、事態をようやく把握したソファーキングはスワッグの側に立って参戦してきた。
「
あんなNPCなんかいつでもヤれます!
今は一刻も早く、
二人の訴えは合理的だった。間違っていることは一つもない。
ティフは自分を騙した生意気なNPCに一打ち食らわせてやらねば気が済まないと頭に血を昇らせていたが、いかなハーフエルフと言えども、ヒトとはいえ聖貴族二人から懇願されれば無下にできない。第一、同じハーフエルフのデファーグの身に危機が及ぼうとしているとあれば、見捨てることなど出来るはずも無かった。
「わ、わかった」
ギリッと歯ぎしりして一言いうと、ティフは目を閉じてフーっと苛立ちを滲ませながら深呼吸して気持ちを無理やり落ち着ける。
「デファーグのところへ急いで帰るぞ!」
ティフは踵を返し、スワッグとソファーキングはその後を追った。
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