第1215話 逃亡の必要

統一歴九十九年五月十一日、午前 ‐ ヘーレン商会の倉庫前/シュバルツゼーブルグ



 何が可笑おかしいかって? そりゃお前さん笑っちまうのも無理はないさ。ドイツ語でベトリューガー【Betrüger】ってのはラテン語の詐欺師フラウダトール【FRAUDATOR】って意味だからさ、ハッハッハ。こりゃもうお前さんたちが騙されたってのは間違いねぇなぁ。相手は最初はなっから詐欺師と名乗ってたんだ。ある意味正直者かもしれねぇ。御気の毒様、アルビオンニア属州に来たんなら少しくらいドイツ語を覚えた方が良かったかもな。おっと笑ってばかりいちゃいけねぇ、お前さんたち、ここだけじゃなく他の建物とか馬を都合つけてもらったって言ってたな? ああっ! 心配するな。お前さんたちをとっ捕まえようってんじゃない。お前さんたちは騙されたんだ。そして利用された。いわば被害者だ。ワシらも被害者だがな。だが、お前さんたちが都合つけてもらったって言う建物や馬は、さっきも言ったが嘘の契約で貸し出されたモンだ。本当の持ち主からすりゃ盗まれたも同然だろうよ。だから物事をちょっと整理しなきゃいけねぇ。盗まれたモンは持ち主に返す……当然だろう? おい、何か書くもの持って来てくれ……よし、いいぞ。大丈夫だ、お前さんたちを役人に突き出そうとまでは思わんよ。だが被害は被害だからな。ああ、届け出にゃならん。お前さんたちだって騙した奴を捕まえたいだろう? なら協力してくれ。ああ、お前さんたちが借りたってぇのはここの他、どこだ? ……ふんふん、なるほどなあぁ……あぁ、あそこか。何か今朝早くから盗賊がアジトに使ってたって兵隊さんたちが踏み込んでったぜ? お前さんたち盗賊の片棒担いでんのか? いや、冗談だ気にすんな。 で、それで全部か? ……何、ブルグトアドルフの山荘!? 東の森の中の? おいおい、そこは男爵様の別荘だぞ! なんて恐れ多い……お前たち荒らしちゃいねぇだろうな? 他は? アルビオンニウムの東の木こり小屋? いや、さすがにアルビオンニウムのことまではワシも知らんよ。 ふんふん、そうかそうか、で、建物はそれだけか? 他は? そうか、じゃあ次は馬だな。 ちょうどをまとまめて借りてった奴が返さねぇってクプファーハーフェンで騒ぎになってたんだ。時期的に一致するんだが、ひょっとしてお前さんたちか? 大丈夫だ、お前さんたちは騙されたって分かってる。 そうだ、だから安心しろ。どこで借りた? 何頭? ああ、やっぱりそうだ。馬泥棒は重罪だぞ?……いやいや、お前さんたちを突き出しゃしないよ。分かってる分かってる。だが、ワシらがお前さんたちは騙されて持って行っただけだって証言しなきゃ、お前さんたちは馬泥棒として属州中に手配されることになっちまうんだぞ? そうだ、そんなの困るだろう? じゃあ協力してくれ。 で、他には?


  結局ティフ達はそのまま二時間ちかく“取り調べ”を受けることになってしまった。ティフ達がアジトに残していた荷物はティフ達の物で盗まれたものではないと認めてもらえたが、クプファーハーフェンの支援者……実際は詐欺師だったわけだが……から借りたアジトは呆気なくすべて取り上げられることになってしまった。馬も返さざるを得ない。幸い、レーマ軍の中継基地スタティオから奪った馬があるから返したところで困りはしないが、馬には泥棒対策として一頭一頭に焼きごてで持ち主の印がつけられている。ティフ達が借りた馬もそうだ。だから返す馬はどれでもいいというわけではなく、返さねばならない馬はブルグトアドルフに置いてあるから取りに行かねばならないのだ。


 ひとまずティフ達は金を払うことでその場で開放してもらった。それがなければ役人の所へ連れていかれていただろう。いくら詐欺師に騙された被害者だからと言っても、馬を盗んだという事実自体は無くならない。それがなくとも犯罪に関係したことは間違いないのだ。

 にもかかわらず解放してもらえたのは建物と馬の賃料を支払うことで、自分たちは結果的に盗みを働いてしまったかもしれないが騙されただけであって盗んだつもりは無かった。法に則った正しい取引をするつもりだということを態度で示したからだった。いくら騙されたといっても、金を払わなかったら被害者側からすれば騙されたかどうかは関係なくなる。そもそも、ティフ達が騙されたという話自体が嘘かもしれないではないか……。


 とまれ、結果的に『勇者団』ブレーブスは一挙に資金と拠点とを失った。建物と馬十三頭の約一か月分の賃料は決して安くはない。レーマ軍の中継基地を襲って得たデナリウス銀貨があったから辛うじて払えはしたものの、これからのことを考えると頭が痛くなってくる。何せ資金の大半をペイトウィンが預かったままレーマ軍に捕まってしまったし、馬と建物の賃料を支払ったらティフ達の手元には一握り程のセステルティウス黄銅貨しか残らなかったのだ。これではメンバーの食費で十日分にも満たないだろう。


「参ったな……朝飯どころじゃなくなっちまったぞ……」


 アジトだった倉庫を出たティフは溜息をついた。


「どうしますか、多分デファーグエッジロード様が待ちくたびれていますよ?」


 そう、街の南外れの街道ちかくでデファーグが馬四頭の番をしながら、ティフ達が朝食を買って戻って来るのを待っている。デファーグと別れてから既に二時間半は経っただろう。いくら何でも待たせ過ぎだ。


「そうだな、急いで戻らなきゃ。」


 スワッグの指摘にティフが答えるとソファーキングが抗議する。


「えーっ、食事は!? 食べ物はどうするんですか?」


 頓狂とんきょうな声にティフとスワッグが思わず振り返ると、ソファーキングはしまった!という顔をした。


 『そんなのどうでもいいだろ!?』とスワッグは声に出さずに口パクだけで説教するが、スワッグのそれに気づかなかったティフはティフでフッと呆れたように笑った。


「お前、捕まりたいのか?」


 ソファーキングは眉を寄せ眉間にシワを作り、困惑を露わにする。


「え!?

 だってひとまず我々は解放されたじゃないですか?!

 さっきのNPC商人だって我々を役人に突き出さないって……」


  ティフはあからさまにがっかりしたように溜息をつくとソファーキングは思わず途中で口をつぐんだ。そしてティフとスワッグを交互に見るが、スワッグはスワッグで現状認識はソファーキングと大差ないのでティフが何故そこまで失望しているのか分からない。スワッグから求めたフォローを得られないソファーキングにティフは腹立ちまぎれに説明を始める。


「お前は郊外のアジトのことを忘れたのか?」


「えっ、いや……そこはもうレーマ軍が……」


「そうだ、あそこはもうレーマ軍が抑えている!「ティフブルーボール様!!」」


 ティフが感情的になって少し大きな声を出したためスワッグが慌てて制止し、周囲を見るように目配せした。周りを見ると、行きかう人足にんそくたちがこちらをチラチラ見ている。ティフは忘れていたが、ここは倉庫街であり荷物を運ぶ荷役人足にえきにんそくたちがいくらでもいるのだ。こんなところで場違いな格好をした彼らは嫌でも目立つし、そんな彼らがレーマ軍がどうのこうのと大声で話をしていれば間違いなく聞かれてしまうだろう。

 ティフは苛立ちと気恥しさとが綯交ないまぜになったような顰めっ面で咳払いをし、「こっちへ来い」と二人を連れて物陰へ駆け込んだ。


「続けるぞ。」


 誰にも聞かれなさそうなことを確認するとティフは二人を前に話の続きを始める。


「あそこはもうレーマ軍が抑えた。

 レーマ軍はあそこが『勇者団』ブレーブスのアジトだと知っている。

 それは分かるな?」


 二人は声を低く抑えながら話すティフに調子を合わせ、小さく「はい」と答えながら頷いた。


「俺たちは借りた建物をあの商人NPCに話してしまった。

 これは俺も悪いが、あのアジトのことも借りたって言ってしまった。」


 ティフはそこで一旦言葉を切り、今にも舌打ちしそうなほど忌々し気に顔を顰めてから、何かを思い直したように続けた。


「あの商人は詐欺師のことを役人に通報するだろう。

 その報告はレーマ軍にも行くはずだ。

 するとどうなる?」


「!! あの商人NPCが俺たちのことに気づくってことですか!?」


 ハッと何かを思いついたように答えるソファーキングにティフは失望を露わにする。


「そうじゃない!」


 ソファーキングの指摘は思いっきり的外れだった。ティフが呆れるのも無理はないだろう。

 レーマ軍は『勇者団』の存在を、ムセイオンから脱走した聖貴族が盗賊団を率いて暴れまわったことを知っている。その上、メンバーを三人も捕まえてしまった。なのにシュバルツゼーブルグの街の住民たちは『勇者団』のことなんか誰も話していなかった。つまり、レーマ軍は『勇者団』のことを公表してない……それどころか隠しているということになる。であれば、商人がティフたちのことを報告したところで、その商人にティフの正体について教えることは無いと考えて間違いない。


「レーマ軍はあのアジトが『勇者団』おれたちのアジトだと知っている。

 そこへあの商人が俺たちのことを報告してみろ。

 あのアジトを借りたのは俺たちだって知るだろ?」


「……それは、レーマ軍は既に知ってるんじゃ……」


 スワッグはティフの言わんとしていることに気づいたようだがソファーキングはまだ気づいていないようだ。ティフは「そうじゃない」と残念そうに首をふる。そしてソファーキングをまっすぐ見つめて言い直した。


「レーマ軍は、あのアジトの借主である『勇者団』俺たちがまだこの街に居るってことに気づいちゃうんだよ!」

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