第1218話 誰が誰を騙したのか?

統一歴九十九年五月十一日、午前 ‐ 『黒湖』シュバルツゼー湖畔/シュバルツゼーブルグ



「……なんてことだ……」


 話を聞いたデファーグは沈痛な面持ちで額に手を当てた。

 アジトにしていた倉庫でヘーレン商会の商人を名乗るNPCに見つかったこと。クプファーハーフェンで見つけた支持者は実は詐欺師で『勇者団』ブレーブスは騙されていたらしいこと。『勇者団』が馬泥棒の疑いをかけられていること、その誤解を解くために馬の借り賃を払ったこと。クプファーハーフェンの支援者から受けていた支援について洗いざらいしゃべってしまったこと。そして解放してもらったが、スワッグが聞いた話では実はそのNPCはヘーレン商会の商人ではなく、ティフから馬の貸し賃として金を騙し取り、ティフ達のことを馬泥棒として通報したらしいこと。そして時を同じくしてデファーグを見た街道の通行人たちが、馬泥棒の一味がいると通報しており、どうやらレーマ軍が捜索隊を出そうとしているらしいこと……ティフが語った全てはデファーグに空腹感を忘れさせるには十分すぎるほどの衝撃をもたらした。


「どういうことなんだ、俺たちが受けた支援は全部嘘だったっていうのか?

 何百人分もの食料だって受け取っていたじゃないか?!」


 その疑問ももっともである。『勇者団』はシュバルツゼーブルグ周辺の盗賊たちを傘下に収めるにあたり、彼らを食わせるために支援者から必要十分な食料の補給を受けていた。三百人を超える大人たちを半月に渡って食わせる続けることができるほどの量である。一日あたり六百~八百キロにはなるであろう食料が半月分だから、受け取った食料は合計で十トンを超えるはずだ。アルトリウシアでハン支援軍アウクシリア・ハンが叛乱したせいで食料の流通に制限がかかり始めていた時期にそれだけの食料を融通することが、ただの詐欺師ごときにできたとは考え難い。ティフ自身も、それがあったからこそ支援者が詐欺師だったという話を受け止めきれないでいた。


「分からない。

 だが、食料の供給が突然止まってしまったのも、支援者と連絡が取れなくなったのも事実だ。

 アジトの倉庫だってたまたま使われて無かっただけで、借りれてたわけじゃなかった。

 ましてや、アイツが名乗っていた名前が“詐欺師”って意味だったなんて……」


 クプファーハーフェンで出会い、『勇者団』への支援を約束してくれた男が名乗ったていた名前“ベトリューガー”はドイツ語で“詐欺師”を意味する言葉だった。仮に偽名だったとしても、マトモな神経と常識を持ち合わせた者ならこれから真面目に契約を交わす相手にそのような名前は名乗らないだろう。


 ファドが……あの時、ファドが一緒だったら騙されなかっただろうか?


 ムセイオンを脱走して以来、『勇者団』を支えていたのはファドだった。世間知らずな『勇者団』の中で唯一の常識人であり、世間慣れしてい彼がいなかったら、『勇者団』の旅はとっくに崩壊していただろう。

 貧民街に生まれた聖貴族の落としだね……生まれ育ちとか血統とか、そういう貴族たちのヒエラルキーを決める要素だけを見れば『勇者団』の中で最も卑しい存在である彼が一人で『勇者団』を支えているという状況は、ティフにとってあまり面白いものではなかった。もちろんファドの実力は認めている。ファドが実はペトミー・フーマンと血が繋がっているということも知っている。それでも、ティフの半分にも満たない年齢のヒトの子を中心に『勇者団』が回り始めているという事実は、自分は指導者の器ではないという自覚を持ちながらも『勇者団』のリーダーを務めていたティフのアイデンティティを日々、削り続けていたのだ。そしてファドがみんなを、『勇者団』を援けるたびに、理由の分からない焦燥感が内から沸き起こってくるのを感じ、戸惑い続けていた。

 そんなティフが『勇者団』のリーダーとしての自信を取り戻すためには何よりも実績が必要だった。クプファーハーフェンで出会った支援者との契約……それは『勇者団』のアルビオンニウムでの活動の基盤となり、同時にティフにとっての大きな実績になるはずのものだった。

 実際、その契約によって『勇者団』の今後の活動に不安が無くなってからというもの、ティフは何とも言えない充足感に満たされていた。自信を取り戻せたのだ。が、今思えば、自信を取り戻したいがために焦り、早まったかもしれない。あのティルとか名乗る怪しい男に引き合わせて貰ったベトリューガーとの話を、ティフは持ち帰って他のメンバーと話し合うことなく、その場にいたメンバーだけで受け入れることを決めてしまった。早まったのだ。


「待てよティフ!」


 仲間たちに囲まれながらも一人苦悩し始めるティフの肩をデファーグが掴む。


「アンタ、それこそ騙されてるんじゃないのか?」


 ティフの顔を覗き込むようにして問いかけるデファーグを、ティフは何か不思議なものでも見る様な表情で見返した。


「?……ああ、だから騙されたって……」


「そうじゃない!」


 デファーグはティフの両肩を掴み、正面から向かい合わせた。


「アンタが騙されたって話の方こそ嘘なんじゃないのか?」


 スワッグとソファーキングは唖然とした様子で互いを見合った。ティフはデファーグが何を言っているのか分からず、キョトンとした表情で言葉も無く見つめ返している。


「そのシュバルツゼーブルグで見たって言う商人……そっちの言ってることの方が嘘なんじゃないのか?

 実際、アンタから金をだまし取って『勇者団』俺たちのことを馬泥棒って通報するような奴だぞ!?

 ソイツは間違いなく嘘つきだ!

 アンタ、そんな奴のいうことが信用できるのか?」


「「「あ……」」」


 目からウロコが落ちる……まさにそんな感じだった。


 支援者ベトリューガーとの契約は正当なもので、あの商人NPCの言っていることのほうが嘘かもしれない。何でそのことに気づかなかったんだ……


「しっかりしてくれ。」


 デファーグが溜息をつくようにそう言いながらティフの両肩から手を離すと、ティフは力なくよろめきながら「すまん……」と言った。


「で、でも、あのNPCが嘘をついたんなら、支援者は何で“詐欺師ベトリューガー”なんて……」


 スワッグが狼狽うろたえながら疑問を口にすると、デファーグは悩まし気に首を振った。


「それ自体も嘘かもしれんだろ?

 それともスワッグ、お前はドイツ語を知ってるのか!?」


「んぐっ……」


 デファーグの冷静なツッコミにスワッグは思わず息を飲む。確かにスワッグはドイツ語は分からない。「ベトリューガー」が「詐欺師」を意味する言葉だというのは、あの商人NPCとその配下の人足にんそくたちだけが言っていたことなのだ。それが本当かどうか、彼らには確かめる術がない。


 そこから騙されてたってのか!?


 最早、何を信じていいのか分からない状態だった。だが、これから起こりそうな事については疑いようがない。ソファーキングはそのことを指摘する。


「し、しかし、これからレーマ軍がここに来るってのは間違いありません!

 あの商人NPCが嘘つきだったとしても、アイツは我々のことを馬泥棒だって役人に通報したんです。

 アジトの倉庫も、あの後すぐに踏み込まれました。

 ここだってきっと、すぐにレーマ軍が駆け付けます!!」


 ソファーキングの切実な訴えに、茫然となっていたティフとスワッグも我に返った。たしかに街道を行きかう馬車の御者たちはこちらの方を怪訝そうに見ている。どうやら人目を惹きすぎてしまっていたのは否定できないらしい。仮に嘘つき商人の通報が無かったとしても、レーマ軍が駆けつけてくるのは時間の問題だ。


「そうだ、どのみちここからは離れないと!」


 スワッグのその一言にティフは頷いた。


「そうだ、ここには長居は無用だ!

 すぐに移動しよう!

 すべてはそれからだ。」


 シュバルツゼーブルグの街からレーマ軍の部隊が駆け付けたのは、ティフ達がその場を去ってから間もなくのことだった。

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