第715話 ルクレティアへの興味

統一歴九十九年五月九日、午前 ‐ ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



 アーノルド・ナイス・ジェークの態度は協力的そのものであり、その後の尋問は滞りなく進んだ。シュバルツゼーブルグでファドがヴァナディーズ暗殺を試みた事件から、一昨夜のブルグトアドルフでの伏撃まで、『勇者団』ブレーブス側の内情は大まかには把握できたといえる。ただ、事前に各員の特性等に触れるようなことは話せないと宣言し、カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子もそれを承認してしまっていたこともあって、誰が何をしたかといった具体的な点についてはあやふやなままとなっている。せいぜい、ペトミー・フーマンがテイム・モンスターを使役して偵察や連絡を行っていたことが知れたぐらいである。これはヴァナディーズとの関係について説明した際に、ナイスがうっかり口を滑らせてしまったためだった。

 一応、彼らは歴史に名を遺す降臨者の子弟だけあって、リーダーのティフ・ブルーボールがアサシン、サブリーダーのスモル・ソイボーイが聖騎士でペイトウィン・ホエールキングがマジックキャスターであるということぐらいは、世間にすでに知られてはいた。が、具体的にどんな装備を身に着けて何がどれくらいできて、何が不得手でできないかなどの情報となるとぼかされたままとなっている。彼らが所有している装備品も全く知られていないわけではないが、今回何を持ってきているかはナイスの口から語られることはなかった。


「‥‥‥では、エイー・ルメオ殿を守るために自ら囮になって《樹の精霊トレント》を引き付けられたのですね?」


 話はついにブルグトアドルフの森で《森の精霊ドライアド》の結界に入ってしまった件にまで及んだ。それはナイスが憶えている、捕虜になる前の最後の記憶だった。ナイスにとってそれはかなり不本意な話であるはずだが、特にそれを打ち明けることに何か抵抗を覚えている様子もなく、ナイスはまるですでに歴史となった遠い昔の出来事について話すかのように、表情も変えずに淡々と語った。


「その通り‥‥‥その後のことはよく憶えていません。

 無我夢中だったのものでね。

 あとは、貴公らの方が詳しいのではありませんかな?」


 ナイスとしてはむしろ、自分のその後のことが知りたいくらいだった。

 《樹の精霊》を引き付け、追い掛け回され、出口のない真っ暗な森を夢中で駆けずり回っているうちに魔力欠乏に陥って気を失った‥‥‥そして目覚めたらブルグトアドルフの礼拝堂で寝かせられていたのである。自分が気を失ってから目覚めるまでの経緯について興味はあった。もちろん、エイーを始め、『勇者団』の他のメンバーがその後どうなったか、今何をしているのか、もしかしたらカエソーの口から語られることもあるかもしれない……そういう期待もあった。


「報告は受けております。

 なんでも、《森の精霊ドライアド》様が気を失われたジェーク殿に治癒を施したうえ、街まで運んできたとか‥‥‥」


 ナイスはヒョイと両眉を持ち上げ、どこか気の抜けた苦笑いを浮かべる。


「ただ、あいにくと私もその時は負傷して意識を失っておりましてね。」


「ほう?」


 驚いたナイスはわずかに上体を前へ乗り出した。


「生死の境を彷徨さまよっておるところを、サンドウィッチ殿の治癒魔法により命を長らえさせていただいたようです。」


 カエソーがナイスと同じような苦笑いを浮かべて答えると、ナイスはいぶかしみ眉をひそめた。


「……彼の治癒魔法はそこまで強力ではなかったハズですが?」


「ああ……いや、確かに実際にこの身体を回復させてくださいましたのはスパルタカシア様です。サンドウィッチ殿はスパルタカシア様が来るまでの間、私が死んでしまわないように治癒魔法をかけ続けてくださいました。」


 言ってしまっていいかどうか判断に迷いながらも、カエソーは説明しなおした。ナイスが『勇者団』のメンバーの能力について秘したように、自分もルクレティアや《地の精霊アース・エレメンタル》については触れない方がいいのではないかと迷ったのだが、ナイスとの今後の信頼関係を深めておくことを優先し、話してしまうことにした。どのみち、先に捕虜になったジョージ・メークミー・サンドウィッチとナイスが話をする機会はあるのだろうし、メークミーはそのことを知っているのだからカエソーが隠したところでメークミーが話してしまうだろう。だからここでカエソーがルクレティアの治癒魔法について隠すのは意味がないと最終的に判断したのだ。


「ほう……ルクレティア・スパルタカシア……」


 ナイスはその名にあからさまに興味を示す。その様子を見てアロイスは警戒し、ナイスの顔と、ルクレティアの名を出してしまったカエソーの顔を見比べた。


「興味が、おありですか?」


 まずかったかな?……カエソーは内心に小さな後悔を抱きつつナイスに問いかける。


「無論です。

 『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプを連続して召喚したとファドから聞いています。

 仲間のマジックキャスターが驚いていましたよ、血相を変えてね。」


 その時の様子を思い出したのか、視線はまっすぐカエソーに向けたままナイスはニヤニヤと笑みを浮かべた。


『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプは低位の召喚モンスターですが、連続して何体も召喚できる魔法使いなどムセイオンにもほとんどいません。

 つまり、我らゲイマーゲーマーの血を引く聖貴族に劣らぬ実力を持っているということです。

 それが、降臨者スパルタカスの末裔という点以外では全くの無名の存在だった……なんでそんなことになっているのか、興味を抱かぬ者などいないでしょう。」


 ルクレティアについて話すナイスの目が爛々と輝いている。それが純粋な好奇心からなのか、それとも漬け込むべきこちら側の弱味を見つけた確信によるものかはカエソーにもアロイスにも、そしてナイス自身にも分からなかった。


「無理もありませんな。

 ですが、それに関しては我々も話をすることはできないのです。

 貴殿がお仲間の秘密を語れないようにね。」


 カエソーがそう答えると、ナイスは面白い冗談でも聞いたかのように笑みを浮かべ、上体を後ろへ反らせた。

 ナイスはムセイオンでの慣例を理由に黙秘権を確保し、仲間の秘密を守った。カエソーは今度はそれを逆手に取ってルクレティアの秘密を守った形になる。


「ムセイオンへは報告されていると聞きました。」


 ナイスは背もたれに上体を預けたまま顔をうつ向かせ、上目遣いでカエソーを伺う。

 ムセイオンへ報告しているのなら、それはいずれ明らかになる。なら今自分に話してもよいのではないか?という牽制であろう。だがそれはあまり効果的とは言えなかった。


「そうでしょう。

 我々としてはムセイオンからどう対処すべきかの指示を待っているような状態なのです。それまではお話しできません。」


 苦笑いを浮かべるカエソーの答えに、ナイスはそれ以上の追及を諦めるほかなかった。しかし、すべての希望が立たれたわけではない。


「それでは、その時を待つとしましょう。

 ですが、できればスパルタカシア殿にはお会いしてみたいものですな。」


「面会をご所望と伺っております。それはスパルタカシア様の方でもお望みのようですので、いずれ叶いましょう。」


 ナイスは意外そうに眉を持ち上げた。

 ムセイオンに報告され、収容されるべき実力者が野放しになっていた。それは大協約に反する罪であり、ましてそれが名だたる大貴族となれば一大スキャンダルになるはずである。神官たちから聞いた話では、ルクレティアがその強大な魔力を得たのは最近のことだそうだが、ナイスの知る限りでは信じがたいことだ。スパルタカシウス家か、あるいはレーマ帝国に何かやましい隠し事があり、それがバレそうになったから最近魔力を得たと嘘をでっち上げようとしている……ナイスはそのように勘ぐっていた。だとすればルクレティアはナイスの面会など望むどころか避けようとするはずである。


 やましいことなどないということか?

 あるいは、俺を懐柔しようとしているのか……

 いずれにせよ面会が叶うのであれば都合がよい。


「今から楽しみです。

 ですが、『いずれ』ということは、今すぐというのは無理なのですか?」


 会いたいと言いながら「いずれ」と言って実際に会う時期をボヤかしている。会いたいというのは嘘か、あるいは社交辞令であって、実際には会いたくなんかないのかもしれない。貴族間の会話ではよくあることだ。

 しかし、それは勘ぐりが過ぎたようだ。


「そうしたいのは山々ですが、我々はもうすぐここを出立せねばなりませんので、落ち着ける機会ができ次第ということになります。」

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