第714話 ヴァナディーズの嘘

統一歴九十九年五月九日、午前 ‐ ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



 ナンチンへ渡った『勇者団』ブレーブス一行はその後アルビオンニアへ渡航するわけだが、追手がかかった場合に備えてアルトリウシアへ渡ったように偽装しつつ船でアルビオン海峡を東進し、サウマンディウムの沖合を通過してクプファーハーフェンへ渡航している。サウマンディウス伯爵家が捜査でメルクリウスとおぼしき人物がアルトリウシアへ渡ったらしいとの情報を得たのは、この偽装工作に引っかかっていたのだ。

 クプファーハーフェンへ渡った一行はやはりそこで路銀が尽きてしまう。クプファーハーフェンはフィヨルドの奥地に建設された港町であり、周囲には岩と銅鉱山とわずかばかりの牧草地しかない荒涼とした土地である。狩猟を行えるような山林など全くなく、畑を作れるほど肥沃な土地は皆無であるため、食糧生産手段は漁業と牧羊に限られ、大部分を輸入に頼っている状態だ。『勇者団』が金を稼いだり食料を自力で調達するには、サウマンディウムよりもずっと厳しい土地だった。

 しかしそれでも、エンチャンターであり錬金術師アルケミストでもあるヘンリー・スマッグ・トムボーイがサウマンディウムからナンチンへ渡る際に途中で採取していた薬草と、ナンチンで購入していた素材をもとに少量のポーションを調合し、売ることで多少の金銭を得ることができていた。それで稼げた金は一行の一晩の食費と宿代で消える程度でしかなかったが、そのとき売りさばいたわずかなポーションが土地の商人の目に留まったらしい。

 その商人の名について、アーノルド・ナイス・ジェークは記憶していなかった。その商人との交渉はティフ・ブルーボールやファドが行い、ほかのメンバーたちは交渉に同席しなかったのだ。これは『勇者団』の素性が少しでもバレないようにするためにとられた措置であり、他のメンバーたちも承知したうえでのことで、ほとんどのメンバーはその商人の顔すら見ていない。

 ともかく、商人との交渉はうまくいったらしく、スマッグがある程度のポーションと少量の特注のポーションを調合して手渡す代わりに、『勇者団』はその商人から有形無形の様々な手厚い支援を受けることに成功する。


 それ以降の彼らの旅は一気に楽になった。十分な路銀を手に入れることができたし、全員が馬を手に入れることもできた。クプファーハーフェンやシュバルツゼーブルグ、その他途中訪れた土地で寝泊まりするための宿も手配してもらえた。

 シュバルツゼーブルグから北はさすがにそのような支援を受けるのは無理だったが、それでもシュバルツゼーブルグまではその商人の支援は届いていたし、その後に彼らが使役する盗賊たちの食料さえ、ある程度はその商人から賄うことができていたようだ。おそらく、それがなければ『勇者団』も三百人もの盗賊団をまとめ上げることなどできなかっただろう。

 もっとも、盗賊たちへの食料供給の詳細となるとさすがにナイスは具体的なことは何一つ把握してはいなかった。盗賊たちと接点の無いナイスが知る必要はなかったし、ナイス自身もそんなことに興味がなかったからだ。


 とまれ、地元商人の支援を受ることができるようになった『勇者団』はここへ来て一気に活動の自由度が高くなり、目標に向けて邁進することになる。が、アルビオンニウムに到達した彼らが見たのは、ケレース神殿テンプルム・ケレースを守る二百人規模のサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの部隊だった。

 『勇者団』は数日ほど神殿と神殿を守る部隊の様子を観察し続けたが、動く気配は全くなかった。放置すれば何日でも居座り続けそうな感じだった。例の支援者に問い合わせてもアルビオンニウムにサウマンディア軍団が来ていることなど全く把握していなかったし、調査をさせてもサウマンディア軍団が駐留している理由はさっぱりわからなかった。


 おかしい!!

 無人の廃墟と化したはずのアルビオンニウムに何でレーマ軍が待ち構えているんだ!?

 『勇者団』がアルビオンニウムに来ることは誰も知らないはず。レーマ軍に先回りできるはずがない……どこかで情報が漏れたとでもいうのか?

 ……さてはヴァナディーズが裏切ったか!?


 このままでは次の満月まであの守備部隊は居座り続けるだろう。そうしたら降臨どころではなくなってしまう。それで『勇者団』は盗賊たちを集めて力づくで神殿を守るレーマ軍を追い払おうとしたわけだ。


「ちょっと待ってください。」


 ナイスの説明をカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子はさえぎった。


「何ですかな?」


「その、ヴァナディーズ女史です。

 彼女は貴殿ら『勇者団』に、どの程度の情報を提供していたのですか?

 彼女は貴殿らの行動をどの程度把握していたのですか?」 


 カエソーの問いにナイスは小首を傾げた。


「さあね…」


「さあねって……」


 ナイスのとぼけたような答えにカエソーは思わず呆れを返す。それを見てナイスは言い訳でもするように釈明を始めた。


「私は彼女についてはほとんど知らないのです。。

 彼女は貴族でも何でもない平民でしたからね。

 私たちのような聖貴族が下手に平民の異性に声をかけると面倒なことになるから、ムセイオンじゃ聖貴族は平民とは直接口を利かないのが通例なのです。

 だから彼女と連絡を取っていたのはファドだけでした。

 ムセイオンにいた時はファドが仲介していましたし、ムセイオンを脱走してからはフーマン様がテイム・モンスターを使って手紙をやり取りしていたはずです。」


「ムセイオンを出てからも手紙をやり取りしていたのですか!?」


 カエソーは驚いて聞き返す。ヴァナディーズから聞いた話では、彼女は彼女がムセイオンを出てルクレティア・スパルタカシアの家庭教師になるためにアルトリウシアへ来てから『勇者団』との交流は途絶えていたはずだった。

 ナイスは何をそんなに驚いているのだろうと不思議に思いながら説明を続ける。


「そのハズです。

 そもそも、アルビオンニウムが降臨に適した土地であることを教えてくれたのも、ナンチンからアルトリウシアへ渡ったように偽装してクプファーハーフェンへ渡るアイディアをもたらしたのもヴァナディーズです。

 ムセイオンを脱走してからの我々の動静を知っていたのは、私が知る限りヴァナディーズを置いてほかに居りません。」


「じゃ、じゃあ彼女は貴殿らがアルビオンニアへ渡ったことは……」


「それはもちろん知っていたはずです。

 手紙の内容までは知りませんが、クプファーハーフェンへ渡ってからも、フーマン様がモンスターに手紙を授けて送り出したり、受け取ったりするのを私は何度も見ていました。

 我々がフーマン様のモンスターを使って手紙で連絡をとる相手はヴァナディーズだけです。」


 その話にカエソーは唖然とした様子でナイスの目を見つめ返した。が、ナイスの目にウソや偽りの気配は見いだせない。


 ヴァナディーズ女史が嘘をついていた!?


 ただの参考人でしかなかったはずのヴァナディーズに対する評価はカエソーの中で急激に変わり始めた。


 何故そんなウソを?

 自分が実際には『勇者団』に関わっていることがバレれて重罪人にされてしまうのを恐れたのか?

 だが、その時だけ誤魔化したところで後でバレるのは避けようがないじゃないか……なんでそんな直ぐバレるようなウソを!?


「閣下?」


 考え込み始めたカエソーにナイスが声をかけると、カエソーはハッと我に返った。


「あ!?……ああっ!これは失礼。」


「いえ、いいのです。

 大丈夫ですか?」


 尋問すべき相手から心配される自分を恥じつつ、カエソーは話の続きを促した。


「はい、大丈夫です。

 ちょっと、ヴァナディーズ女史から聞いていた話とすこし食い違った点があったものですから……どうぞ、続きをお話しください。」


 そうだ、ひとまずヴァナディーズのことは置いておいていい。どうせ彼女はサウマンディウムで重要参考人として伯爵家の監視下に置かれるのだ。帰ってから問いただせばいい。

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