第1166話 クレーエの話(2)

統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



 『勇者団』ブレーブスのメンバーたちがグルグリウスに関する情報の一つ一つに反応するのは、これから対峙する“敵”になるかもしれないからだ。彼らは基本“冒険者”であり、今回の冒険旅行の障害となる存在についての関心は高い。ここアルビオンニアに来て負けはじめたのはいずれも情報収集を怠り、未知の敵と不用意にぶつかってしまったからだ……という認識が、『勇者団』の中では共有されるようになっていたため猶更であった。彼らの目的はあくまでも降臨を成就させて父や父祖であるゲーマーを復活させることである。クレーエや盗賊たちのように自身の生き残りについて切実な危機感を抱いているわけではなかったのだった。

 だがクレーエには『勇者団』の事情など分からない。多少は聞いているがファドによってあえてぼかされた話しか聞かされてなかったし、現に少年たちが繰り広げている会話は英語で行われていたのでクレーエには内容を理解できていなかったのだ。


「強さはそれほど問題じゃない。

 属性の相性さ。」

悪魔デーモンは闇属性だ。

 闇属性のモンスターには全部の属性魔法が効くけど、光属性が特効だ。」

「ガーゴイルって悪魔デーモンだろ!?」

「違うぞ。見た目は似てるけどクレーエこいつが言ってたように妖精の一種だ。」

悪魔デーモンも妖精の一種じゃないんですか!?」 

「ガーゴイルは闇属性じゃない。たしか地属性だ。」

「なるほど、属性が違うなら別のモンスターだな。」


「えー、オホン」


 クレーエを置いてけぼりにして盛り上がる少年たちにクレーエは苛立ちを隠しながら咳ばらいをして割り込んだ。


「アタシの話を続けたいんですが、よろしいですかね?」


 四人は一斉にクレーエの顔を見上げる。中には不快そうな表情を見せる者もいたが、ティフは仲間たちとの談話で盛り上がってる最中に一度はテーブルに置いた金の爪楊枝つまようじを再び取り上げる。


「いいぞ、邪魔して悪かったな。

 お前の話を理解するためにもここである程度情報を共有しておきたかったんだ。」


 そう言うと再び歯の掃除を再開する。クレーエは「左様さいで」と小さく頷くと話を再開する。


「アタシらはこの山荘に居たんですが、《森の精霊ドライアド》様がエイー様ドミヌス・ルメオの危機を御察しになられ、アタシに念話で助けに行くようお命じになられました。」


 クレーエが楊枝を動かすのを止め、目だけをクレーエに向ける。他の三人も声には出さないが「へー」と感心する風に目を大きくしたり背筋を伸びあがらせる。


「アタシは盗賊どもを率いて《森の精霊ドライアド》様の御導きに従い、山ン中を助けに向かいやした。

 アタシらがたどり着いた時にはもうお二人はだいぶ追い詰められたような状態でして、森ン中から現れたアタシらに気づいて間道から外れてアタシらのいる方へ逃げて来なすったんです。」


「待て」


 デファーグが片手の手の平をテーブルに置き、椅子に座ったままだが半身をクレーエの方へ向けて話に割り込んできた。


「ペイトウィンは手練れだ。

 魔法の名手だぞ。

 そのペイトウィンがかなわなかったというのか!?

 それとも戦いを避けて逃げて来ていたのか?」


デファーグエッジロード様!!」


 ペイトウィンを臆病者呼ばわりしているようにも聞こえるデファーグの質問を不味いと思ったのかスワッグが制止する。が、デファーグが一瞥いちべつすると差し出口だったと気づいたのか一瞬、怯えたような顔をしてスワッグは引っ込んでしまった。ヒトとハーフエルフではヒエラルキーが違うのだ。代わりにデファーグをたしなめたのはデファーグと同じハーフエルフのティフだった。


「デファーグ、ペイトウィンはああいう性格だが、戦わずに逃げる様な奴じゃない。」


「それは普通の状況ならだろ?

 今回はエイーを連れていた。

 何かを守りながら逃げなければならないとなると全力を発揮できなくなることはよくあることだ。

 それでエイーの安全を優先して戦いを避けたのかもしれない。

 俺が言ってるのはそう言うことだ。」


 デファーグがそう言うと四人は一斉にクレーエを見た。その視線が「どうなんだ?」と問いかけている。クレーエは口元を少しゆがめ、首を左右に小さく振ってから答えた。


ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンは戦いながら逃げておいででしたよ。

 エイー様ドミヌス・ルメオ行李こうりを乗せた馬たちを先に行かせながら、御自身は魔法でグルグリウス様ドミヌス・グルグリウスを攻撃しつつ時間を稼いでおられました。

 この山荘からもその炎が見えていたくらいですとも。

 旦那様方ドミナエも、ここに来られる途中でその焼け跡をご覧になられたのでは?」


 四人は一斉にうめき声を漏らしながら肩を落とした。スワッグはそれから責めるようにデファーグに視線を向ける。

 たしかに彼らはここに来る前に魔法戦が行われた痕跡を見つけていた。それを発見したのはスワッグだった。スワッグはすぐにそれを魔法戦の痕だと断定し報告したが、その時もスワッグの分析に最後まで疑問を抱いていたのがデファーグだった。そしてここへ来てペイトウィンを疑う言説……スワッグにペイトウィンに対する特別な感情があったわけではなかったが、それでもスワッグとしては面白くなかったのだろう。そんなスワッグのデファーグに対する視線に気づいたティフはクレーエに話の先を促した。


「それで、その後はどうなったんだ?」


「え!? ええ、グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスぁマッド・ゴーレムなんてものを六体も召喚なさいましてね。

 ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンエイー様ドミヌス・ルメオを囲むように追わせ、御自分は空へと舞い上がってアタシらからぁ見えなくなっちまったんでさ。」


「待て、お前はそのグルグリウスって奴の姿を見たんだな?」


 デファーグが再び話を中断させる。


「え!? ええ、そりゃ見ましたとも。

 お話だってしましたよ。」


「「「話した!?」」」


 再び四人全員が食いついた。話を続けたいクレーエとしては困るが、かといって見た目通りの少年ではない彼らを𠮟りつけるわけにもいかず狼狽えてしまう。


「あ、はい、ですがそれはもっと後のことで……

 その、順を追って話しやすんで……」


 両手を広げて諫めようとするクレーエに四人が四人とも喉で何か呻くように唸り、残念そうに銘々の席に腰を落ち着けなおした。四人が落ち着きを取り戻すのを見てクレーエは自分の喉元をボリボリ掻くと、話しにくそうに続ける。


「アタシらぁ先に逃げて来たエイー様ドミヌス・ルメオから馬を預かりやして、手下の半分が先に馬だけ連れて逃げやした。

 アタシぁエイー様ドミヌス・ルメオも連れてそのまま逃げるつもりでしたが、エイー様ドミヌス・ルメオペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンをお助けするために戻られまして。そんでエイー様ドミヌス・ルメオぁ大怪我を負ってしまわれやしてね。」


「大怪我だと!?」

「何でだ!?

 グルグリウスって奴にやられたのか?」

「それよりもエイーが助けに戻ったってことはペイトウィンホエールキング様はダメージを負われていたのか?!」


 再び食いつく少年たちにクレーエはだんだん疲れて来た。


 話が……進まねぇ……

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