第1167話 クレーエの話(3)

統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンに何があったかはわかりやせん。ただ、お会いした時にはだいぶ消耗しておられて、エイー様ドミヌス・ルメオが回復魔法をおかけし、肩を支えてやっと歩ける状態でした。それがなけりゃマッド・ゴーレムにも追いつかれてたかもしれやせん。」


 実際はクレーエはペイトウィンが何故ダメージを負っていたか、《森の精霊ドライアド》から聞いて知っていたが面倒くさいので端折はしょった。そもそもこんなに詳しく話す必要は無いのだ。逃げて来たペイトウィンとエイーと合流したが、ペイトウィンがグルグリウスに捕まって連れ去られた……その一文だけで済むはずの説明に、やけに手間暇をかけさせられている。まるで寝物語をせがまれる親にでもなったような気分だ。


 ん、物語?


 クレーエは少年たちが何を期待しているのか分かった様な気がした。が、手早く話を済ませ、本題に入りたいクレーエとしては余計な演出など加えたくはない。


「アタシらぁ鉄砲でマッド・ゴーレムを撃ちながらお二人が逃げるのを助けようとしやした。」


「マッド・ゴーレムに鉄砲が効くのか!?」


 デファーグが再び話に割り込む。彼はアルビオンニウムでのマッド・ゴーレムたちとの戦いで自分の剣技がほとんど役に立たなかった経験から、マッド・ゴーレムの攻略法に興味があったのだろう。他のメンバーたちは「訊くまでも無いだろうに」という顔でデファーグを見るが、デファーグはそんな仲間たちの視線に気づかない。

 クレーエは首を振ってわらった。


「全然!

 暗闇ですからそもそも弾ぁ当たりやせん。

 当たっても泥の身体にめり込むだけでちっとも効果がねぇ。」


 デファーグは失望したように再び腰を落ち着ける。


「でも何もしねぇわけにもいかねぇんでね。

 アタシらぁ他に何かできたわけでもねえんで……」


 話を再開したクレーエだったが、ティフには言い訳をしているだけに聞こえたらしい。「いいから続けろ。」と不満げに話の先を催促する。


「ええ、そん時爆発が起きやして、お二人の悲鳴が聞こえやしてね……」


 いい加減に嫌になり始めたクレーエがわざとぞんざいに話すと、四人の注目は再びクレーエに集中した。デファーグなんかはバンッと手の平でテーブルをバンッと叩きつけたくらいだ。クレーエはその音と四人の向ける剥き出された視線に一瞬ビクッと震えた。


「何があった!?」


「ア、アタシャ見てませんでしたがね?

 どうも、そ、空からグルグリウス様ドミヌス・グルグリウスが急にお二人のすぐ前に居りてきて、驚れぇたペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンが魔法を放って、その爆発が近すぎたもんでお二人とも巻き込まれちまったようで……」


「それでペイトウィンが捕まったのか!?」


「えっ!? いや、あー……まあ、そんなとこですかね……」


 実際はそこから盗賊たちが決死の救出作戦を決行し、いったんはグルグリウスの前からペイトウィンとエイーを助け出すのだが、いい加減に面倒くさくなっていたクレーエはそこら辺の説明を一切はぶいてしまった。


「なんてこった、自滅じゃないか……」

ペイトウィンホエールキング様ほどの方がそんな……」


 ティフが、それに続いてソファーキングが嘆きの言葉を漏らし、頭を抱える。デファーグは茫然としたまま、口をポカーンとあけてクレーエの顔を見ていた。そんな三人の様子を見渡したスワッグはアワアワと何か口籠ったあと、パッとクレーエの方に身を乗り出して問いかける。


「その、グルグリウスには、ダメージは与えてたのか?」


「いえ、まったく。」


「まったく!?」


 スワッグが耳を疑うように問い返すのと、ティフとソファーキングが再び視線をクレーエに戻すのは同時だった。


「ええ、かすり傷一つ負ってない感じでした。」


「馬鹿な、ちょっとくらいダメージを与えただろ!?」


 今度はソファーキングがテーブルに両手を突き、腰を浮かせてクレーエに詰め寄らんばかりに訊いてきた。彼としては自分より強力な魔法を放てるはずのペイトウィンの攻撃が全く効かなかったという事実は信じがたいらしい。もしもそれが本当なら、ソファーキングも全く太刀打ちが出来ないということになってしまう。

 だがクレーエは無情にも首を振った。


「いえ、ホントに全くダメージは追ってない感じでした。

 グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスいわく、岩の身体を持つ自分に火属性の攻撃は通じないって……」


 ソファーキングはゆっくりと腰を下ろした。そしてテーブルに両肘を突き、握り合わせた両手に額を乗せて考え始める。ソファーキングもペイトウィンほどではないが、一応全属性の魔法を使うことができる。火属性以外の魔法が通用するかどうか考えているのだろう。

 他の三人はソファーキングの様子を見ていたが、そのうちティフはすぐにクレーエに意識を戻した。


「それで、ペイトウィンとエイーはどうなった?」


ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキングルグリウス様ドミヌス・グルグリウスが連れ去りやした。

 エイー様ドミヌス・ルメオはアタシらがこの山荘へお連れしてやす。」


「無事なのか!?」

「何で早く言わない!?」

「エイーに会わせろ!」


「ま、ま、待ってくだせぇ!!」


 再び血相変えて詰め寄らんばかりに腰を浮かす四人をクレーエは両手をかざして制止した。


「どうした、ここに居るんだろ?」


「いえ、今は居られやせん。」


 ティフの質問にクレーエが答えると、四人の目の表情が一斉に変わった。せっかく食事で腹を満たして穏やかになった目つきが、再び険しいものになっている。


「どういうことだ?

 生きてるんだろうな!?」


「もちろん生きておいでです!

 《森の精霊ドライアド》様がちゃんと治癒なさいやしたから。」


 ナイス・ジェークを捕え、スモル・ソイボーイとスワッグを軽々と退けた精霊エレメンタルの名にティフたちの心はざわめいた。


「《森の精霊ドライアド》……」

「じゃあ何処にいる!?

 まさか《森の精霊ドライアド》様が連れ去られたのか!?」


 ティフが立ち上がるとクレーエは流石におののいた。《木の小人バウムツヴェルク》が付いているからとはいっても、昨日までは一方的に盗賊団を支配していた実力者をあなどることはできない。


「違います違います!

 エイー様ドミヌス・ルメオは《森の精霊ドライアド》様に治癒していただいた後で、ここにお連れしたんです。

 昨夜はここで過ごされ、朝食もここでられました。」


「じゃあ何処に行った!?」


「て、偵察に出られました。手下を数人連れてね。」


「「「偵察ぅ~?」」」


 ティフ以外の三人が声をそろえていぶかしむと、クレーエは慌てて言い繕うように補足する。


「サ、サウマンディアからレーマ軍の増援が来たってみてぇだって、手下の一人が言ってたんでさ!」


「レーマ軍の増援!?」


「へい……その、多分大隊コホルスだって、見た奴が言ってやした。

 それで、エイー様ドミヌス・ルメオがその様子を確認すると……」


 ティフは二歩、クレーエの方に詰め寄りながら尋ねた。


「なんでエイーがそんなことを!?」


 エイーは回復職である。回復魔法に特化して修行をし、医療の分野での研究成果も活動実績も目を見張るものがあるが、それ以外に関しては全くの素人だ。いわゆる専門馬鹿という奴である。『勇者団』に加わって冒険譚を愛好するようになってからもそれは同じで、軍事はもちろん戦闘についてもほとんど知見らしい知見は持っていないというのがティフ達の認識である。そのエイーが偵察に出たところで敵情分析など出来るはずもない。それなのにエイーが偵察に出たとは……ティフじゃなくてもにわかには納得しかねた。

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