第1168話 エイーの覚悟
統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『
さぁ~て、ここからが本番だぞ……
ティフ・ブルーボール、デファーグ・エッジロード、スワッグ・リー、そしてソファーキング・エディブルス……
「実績を積むためです。」
「実績?」
クレーエの答えにティフは怪訝な表情を見せた。
「はい、
ティフは渋面を作ってしばし考えた後、小さく首を振った。
「……話が見えないな。」
「
一昨日の夜、
お二人に助けられながら、御自分は誰も助けられなかったと……」
「それは! エイーは回復役だ。
戦いの中で直接の戦力としては役に立たないのは仕方ないじゃないか!
役割が違うんだから気にすることないだろう!?」
デファーグが信じられないとでも言いたそうな表情でクレーエの言ったことを否定する。治癒魔法に特化して修練を積んできたエイーに戦闘力を期待する者など『勇者団』には居ない。彼に期待するのはあくまでもダメージを負った際に回復してくれることだけだ。あと、旅に出てからは浄化魔法で清潔を保ってくれていることにも感謝している。その彼が戦いで役に立たなかったからといってエイーを責める者など居るわけもないし、もしエイーを責める者があれば『勇者団』のメンバーならば誰もがエイーを擁護するだろう。デファーグは自分こそがその役割を果たして見せると意気込んですらいる。他の三人もデファーグの発言には同意らしく、ウンウンと互いに頷き合っていた。
その様子はクレーエにとってある程度想像できていた事でもある。クレーエは残念そうに首を振った。
「
御自分のせいで、御自分が足手まといになったせいで、御二人を犠牲にしてしまったとひどく気落ちされ、そりゃもう見るも憐れな有様で……」
四人は一斉にうめき声を漏らしながら視線を落とした。エイーはデファーグよりは『勇者団』歴が長いが、それでもメンバーの中では新しい方である。普段の医療活動を通じて聖貴族はもちろん、
が、志を共にする戦友という信頼関係は、もしかしたら幻想だったのかもしれない。ここへ来て彼らはエイーが自分の存在意義に不安を感じさせてしまっていたとは想像すらしていなかったからだ。
信頼は難しい……信頼とは良いことのように思われがちだが、人を信頼するとは裏を返せばその人に対して知的無関心になることを意味することでもあるからだ。人間は全てを理解することはできない。だから、理解しきれない部分は信じることによって補わねばならない。が、信じるということは、それ以上相手を理解しようとする努力を放棄することに繋がってしまう。すなわち、知的無関心になるというだ。信じて疑わず、しかし関心は持ち続ける……それが理想なのだが、そのバランスが難しい。
同じ仲間だと思っていたのに、その苦悩に気づいてやれてなかった……それは彼らに予想以上の衝撃を
「
『このままでは仲間に合わせる顔が無い』と……」
「そんなことは無い!」
デファーグがテーブルに手を突き、勢いよくたちあがる。
「エイーに会わせてくれ!
俺がエイーの不安を払ってやる!!」
拳を握りしめ力強く訴えるデファーグの勢いに圧され、クレーエはやや身を引きながら苦笑いを浮かべつつ首を振る。
「御遠慮くだせぇ
これは
するとデファーグは悔しそうに口を結び、突き付けた拳と視線とを降ろした。代わりにティフが困ったように溢す。
「だがエイーは俺たちの仲間だ。
エイーが困っているのなら、俺たちは助けてやらなきゃいけない。」
「信じて待つのも仲間の在り方の一つではありやしょう。
アタシとしちゃあ、
ハァ~~っとティフが溜息を吐いて目を閉じ眉間を揉みはじめる。
「エイーは俺たちの欠かせない仲間だ。
居なくなるのは困る。
エイーの気持ちは分かるが、北から来たレーマ軍を偵察したからって自信がつくのか?
いったいどうなればエイーは自信を持てるようになる!?
それまでどれだけ時間がかかる?
俺たちはどれだけ待たなきゃいけないんだ!?」
まるで独り言のように苛立ちを滲ませながらティフは溢した。独り言のようだが、しかし文言からすればクレーエに問うているのだろう。
「北のレーマ軍は
これには四人が一斉に目を丸くした。
「馬鹿な!」
「エイーは戦闘は素人だぞ! 一体どうやって!?」
「お忘れですが
クレーエはニッと笑って左手に持った
「
四人はクレーエの突き出した杖を見、息を飲む。四人は先ほど、クレーエの言う《森の精霊》の加護の威力をまざまざと見せつけられたばかりだった。
クレーエのようなNPCですらあれだけの威力を発揮できるのだからエイーなら……そう考えると確かにレーマ軍の
もしもそれが可能で、実際にエイーがレーマ軍の動きを押さえてくれるなら、たしかにティフ達の行動の自由は大きく保証されることになるだろう。もしも新たに北らか来たというレーマ軍が本格的にティフ達を捕まえるために動き出せば、正直言ってかなりつらくなるのは否めない。
アルビオンニウムには一個大隊を超えるレーマ軍が駐屯していた。一昨日は南から別のレーマ軍が……それも大戦中は「地獄の道化師」とか「魔王の宮廷道化師」と呼ばれ恐れられたランツクネヒトの大隊が現れ、それらはおそらく今もシュバルツゼーブルグにいる。
そうした最悪の事態を防ぐためには、誰かにレーマ軍の動きを牽制しもらわねばなるまい。それを誰かが担ってくれるなら、正直言ってありがたくはある……もちろん、エイー以外の誰かがやってくれるのがベストだ。回復役のエイーを充てるのは適材適所とは言いがたいが、エイーが『勇者団』であり続けるために必要な試練だというのなら任せる他ないだろう。
「わかった。
だがエイーは回復役だ。
俺たちにとってエイーは必要な存在なんだ。
エイーがいなくて怪我をしたりしたらどうすればいいっていうんだ?」
ポーションという手もあるが、
「アタシも治癒魔法は使えやすんで、こちらに来ていただければいつでも治療いたしやす。」
ティフはクレーエを睨み上げた。
「お前が?」
クレーエは椅子に座ったままのティフを見下ろしながら眉を持ち上げ、「何か変なことをいいましたか?」と視線だけで問い返す。そのクレーエをしばらくジッと睨んでいたティフは唐突にフッと笑った。
「じゃあいっそお前がエイーの代わりに俺たちと一緒に来るか?」
「御冗談を!」
「いや、冗談じゃないぞ?
あれだけの魔法が使えて治癒魔法も使えるなら戦力になるだろう。
なんなら俺たちのメンバーに正式に迎えてやってもいいぞ?」
これには他の三人も驚いてティフを見る。クレーエは苦笑いを浮かべて首を振った。
「御勘弁くだせぇ。
アタシが魔法を使えるのは《
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます