第1165話 クレーエの話(1)

統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



 結局、少年たちはクレーエら盗賊たちが自分たちのために用意していた食事をすべて平らげた。今、この山荘にいる盗賊十五人全員分である。それのみならず盗賊たちがこの山荘に滞在している間に毎日少しずつ食べるつもりだったドライフルーツバターもすべて平らげてしまった。

 ドライフルーツバターはドライフルーツを蒸留酒と砂糖で煮詰め、バターと混ぜて外の寒気で冷やして固めたものだ。要はラムレーズンバターなのだが、干しブドウのみならずクランベリーやリンゴなど種々雑多なドライフルーツをサイコロ状に刻んだものを使い、ラム酒ではなく樽に入れたばかりの熟成前のウイスキーで砂糖と一緒に煮て作っている。菓子職人でも料理人でもない盗賊の一人がテキトーに作ったもので、本職の菓子職人が見たら呆れるか顔をしかめるであろう代物だ。素人作としてはまぁまぁかもしれないが、褒められた出来ではない。

 しかし一昨年の火山災害で全財産を失い、貧困に陥ったあげく堅気かたぎの道を踏み外してしまった者がほとんどの盗賊たちにとっては貴重な甘味であり、一匙ひとさじでエネルギーがみなぎって来る糖質と脂質の塊だ。食うや食わずの盗賊たちにとってはエリクサーにも等しい存在と言える。それを食べ物の有難みも分かってなさそうな『勇者団』ブレーブスに食べさせるとクレーエが決めた時の盗賊たちの落胆といったら如何程いかほどのものだったか……。


 それでも盗賊たちはクレーエに従った。『勇者団』は生まれも人種も棲む世界も違う別世界の存在だが、その圧倒的暴力ゆえに逆らうことも出来ずただ従うことしかできなかった。だがクレーエはその『勇者団』と渡り合い、上手に生き延びてきた。昨日は悪魔と戦って生き延びたし、対等に交渉さえして見せた。おまけに先ほどはあれほどみんなが恐れた『勇者団』に対して一方的に勝利を収めている。それも自分たちと同じランツクネヒト族の盗賊がだ。


 この人について行けば生き延びられる……


 クレーエはそうなることを望んでいなかったが、今や盗賊たちの唯一の希望となっていたのだ。そのクレーエが生き延びるために必要だと言った……盗賊たちが涙を呑んで貴重なドライフルーツバターを差し出したのは、少なくとも彼らにとっては命の選択だったのだった。

 しかし、その甲斐はあったと言って良いだろう。少なくとも胃袋を満足させた彼らは、ここにたどり着いたばかりの時に比べればだいぶ落ち着いた様子を見せていたからである。クレーエが食事をちらつかせて話をする機会を求めたのも、難しい話を聞いてもらうには相手に落ち着いてもらう必要があるからに他ならない。もっとも、そのために失った食料は彼らにとって馬鹿にならない損失ではあったが……


「御満足いただけましたか?」


 盗賊たちがあれほど楽しみに大事にとっていたデザートをがっつくように一気に平らげおえた少年たちにクレーエが尋ねる。


「うむ、悪くなかったぞクレーエ。」

「粗末な材料でよくぞこれだけ楽しませてくれたな。」

「食器も盛り付けも酷いもんだったが、意外とうまかった。

 調理した者を褒めてやってくれ。」

「いや~、腹が減っていたからな。

 空腹は最高の調味料って本当だな。」


 少年たちは上機嫌で褒めてるつもりだが、聞いてる側の神経を逆撫でするには十分すぎるほど無神経で無礼ではあった。が、ここまで続けた我慢を台無しにするほど愚かなクレーエではない。片側の口角だけを大きく吊り上げ、精一杯の笑顔を作る。


「それはようございやした。

 では落ち着いたところでお話をさせていただきたいのですが?」


 クレーエがそう申し出ると、『勇者団』のメンバーたちは一斉にティフに注目する。ティフはどこからともなく金の爪楊枝を取り出すと、自分の歯の掃除をはじめながら答えた。


「うん、いいぞ。

 俺も訊きたいことがある。

 さっきは三つと答えろと言ったが、まだ一つしか答えてもらえてないしな。」


 貴族育ちゆえか平民NPC相手の時の太々ふてぶてしさは超一流ではある。もっとも、これはティフがクレーエと自分の身分の違いを明らかにするためにわざと見せつけているポーズでもあった。クレーエは冷たい視線でその様子を一瞥いちべつする。


「おそらくアタシがこれから話したいことに含まれていると思いやすが、念のため予めお聞きしておきやしょう。」


 ティフは歯の掃除を止め、クレーエをにらんだ。


「はぐらかすつもりか?」


「まさか!

 御答えしやすとも。

 ただ、アタシも学は無ぇし頭もよろしく無ぇんでね。

 下手に御下問にお答えする形にすると、先ほどのように誤解を招きかねねぇ。

 できればアタシの話しやすい順番で話しやすいように話させていただきてぇんでさ。」


 しばらく無言でクレーエを睨み続けたティフはフンッと鼻を鳴らすとクレーエから視線を外し、歯の掃除を再開する。


「いいだろう。

 お前に訊きたかったのはペイトウィンの事、エイーの事、そして昨日何があったかの三つだった。

 だがもう一つ、さっき話に合ったグル……何とかって奴のことも話せ。」


グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスのことでござんすね?

 ようございやすとも!

 どれもアタシが御報告しようと思ってたことに含まれてまさ。」


 ティフは相変わらず楊枝で歯の掃除を続け、他の三人はそれまでティフとクレーエの双方を交互に見比べるように様子をうかがっていたが、しかしクレーエの説明を聞く時間だと判断したのか一斉に視線をクレーエに集めた。


ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンエイー様ドミヌス・ルメオは昨夜、シュバルツゼーブルグから逃げて来られました。シュバルツゼーブルグで何があったかまでは存知やせんが、グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスに追われてたんです。」


「そのグルグリウス様ドミヌス・グルグリウスってのは誰だ?」

「“喉男グルグリウス”って変な名だな。」

「レーマ軍の将軍か?」

「それだ!

 ペイトウィンほどの男が追われて逃げるってのがそもそも信じられん。」


 少年たちの食い付きにクレーエは頭が少し重くなるのを感じた。『勇者団』に落ち着いて話を聞かせるために食事を提供し、なけなしのスイーツまで使い切ったのだ。その目論見は上手くいっていたように思えたが、もしかしたら無駄だったのかもしれない。

 彼らはこれまで話を大人しく聞いてくれていたが、それは既に山荘の前で対峙していた時に話したことをなぞっただけだったからだ。これから先は少年たちには初めて話す内容になる。ここから先を大人しく聞いてもらうための食事とデザート提供だったのに、今からこれでは先が思いやられる。が、だからといって話さないわけにはいかない。クレーエは慎重に言葉を探した。


グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスは、妖精ニュムペーです。」


妖精ニュムペー!?」

「グルグリウスなんて妖精ニュムペーの種族なんて聞いたことないぞ!?」


「グルグリウスというのは種族名ではなくグルグリウス様ドミヌス・グルグリウス固有のお名前です。

 御自分の種族のことはグレーター・ガーゴイルだとおっしゃっておられました。」


名前持ちネームドか!?」

「グレーター・ガーゴイル!?」

「ガーゴイルの上位種か!」

「強いのか!?」

「わからない。

 でも確かガーゴイルは悪魔デーモンと同じくらい強いって」

悪魔デーモンって強いのか!?」

 

 コイツラ、大人しく人の話を聞けねぇのか!?

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