第1232話 スワッグの不安

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/西山地ヴェストリヒバーグ



 結局のところ、『勇者団』ブレーブスで活動しているヒトの聖貴族たちのハーフエルフに対する忠節とはその程度のものだった。リスクを冒してまで箴言しんげんするほど、スワッグたちの忠誠心は高くない。ヒエラルキーが違いすぎて付き合い難いハーフエルフにあえて近づき、御追従おついしょうし、下働きをするのはハーフエルフという存在に利用価値があるからに他ならなかった。


 もちろん、スワッグが父祖から受け継いだ才能を最大限に活かすために格闘技に特化し、そうであるがゆえに聖貴族たちの中でイロモノ扱いされ孤立感・疎外感にさいなまれるようになったという背景もある。一般NPCの兵士が鉄砲を撃つ現在の戦場で、いくら魔力で強化されているとはいえ、いくら父祖が格闘士モンクだったとはいえ、近接戦闘でしか活躍の場のない格闘技に全てを振り切るなど、もう単なるロマンチシズムを超えた愚策でしかないのだ。

 しかし『勇者団』のハーフエルフはそれを受け入れてくれる。ハーフエルフたちは基本的に排他的で、ゲーマーの血を引く聖貴族であってもヒトの聖貴族とは距離を置きたがる。ゲーマーとは何のつながりもない一般人に対してはNPCとさげすみ、嫌悪感を隠そうともしない。だが、彼らは彼らのゲーマー崇拝嗜好しこうゆえに、同じようにゲーマーの英雄譚を好み研究する聖貴族のことは受け入れてくれる。特に父祖であるゲーマーのスタイルを大事に守り受け継ごうとするヒトの聖貴族には心を開いてくれることもある。実際、スワッグも祖父のスタイルを愚直なまでに継承しているがゆえに、『勇者団』のハーフエルフたちに高く評価され、そして受け入れて貰えたのだ。それまでただの変人扱いだったスワッグも、『勇者団』に受け入れられたことで一目置かれるようになっている。


 格闘技にのめり込んだのはハーフエルフに取り入るためだったんだな……周囲はそのようにスワッグを見るようになったのだ。スワッグは変人扱いはされなくなったが、小狡こずるい奴であるかのように言われるようになったのはそれはそれで心外ではあった。

 魔法と格闘技を組み合わせた戦法は近接戦闘に限って言えば最強だ。スワッグは心から惚れ込んでいるし、ゲーマーの祖父のことも純粋に尊敬している。格闘戦にかける情熱は嘘ではない。好きなことへのめり込み、嫌なことから逃げ続けた結果、『勇者団』に居場所を求めざるを得なくなったという点ではスワッグは他のメンバーと違いは無かった。


 でも、『勇者団』ブレーブスのおかげで魔法格闘に集中できるようになった……


 それはスワッグの嘘偽りない気持ちである。ハーフエルフは付き合うと厄介だし色々面倒くさいが、ハーフエルフと親交を保つためという名目が彼に魔法格闘を続けることを周囲に認めさせている。

 もし、これがなければスワッグは魔法格闘以外の勉強や修行を今以上に強要されていただろうし、近い将来ムセイオンから出されてしまうことにもなるだろう。


 この世界ヴァーチャリアの聖貴族の役割は世界の発展に寄与すること……ムセイオンに集められた聖貴族は成人したら、ムセイオンで身に着けた「《レアル》の恩寵おんちょう」をもたらすため出身国へ帰らねばならないのだ。だが聖貴族の多くはムセイオンで生まれたか赤ん坊の頃にムセイオンに集められているので出身国での思い出のようなものは一つも無い。行ったことも無い未発達なド田舎に「帰れ」などと言われても困る、「帰り」たくない! というのはムセイオンで育った多くの聖貴族が共有する想いだ。しかし、彼らの生活資金は出身国によって負担されている物であり、いわば借金を背負わされている状態に近いので無視することはできない。出身国へ「帰る」のは逃れようのない既定路線なのだ。

 例外はムセイオンに居続けた方が世界(あるいは出身国)の発展に寄与できると判断された場合のみ……すなわち、世界最高学府ムセイオンで学術研究の最先端を歩むか、あるいはハーフエルフなどより優れた聖貴族と親しくなった場合だ。ヒトと距離を置きたがるハーフエルフと仲良くなれば、その力を借りることもできるだろうし、何よりもハーフエルフとの婚姻関係を結べる可能性を得られる。ムセイオンに残ることを認めることでハイエルフの高貴な血筋を自国に齎してくれるならば、今無理に呼び戻すよりも……という判断が下されるのは珍しいことではなかったからだ。


 ヒトの聖貴族が、特にムセイオンから出されたくない聖貴族がハーフエルフとの親交を求めるのはそうした理由があるからである。スワッグを始めヒトのメンバーは大なり小なり、そうした理由で『勇者団』で活動していた。

 もちろん、実際に『勇者団』のハーフエルフたちに縁談を持ちかけるつもりは彼らには無い。ハーフエルフたちがそういうのを嫌っているのは良く知っていたし、彼ら自身もハーフエルフの親戚になろうとまでは思っていないからだ。彼らは『勇者団』で活動しているうちに、ハーフエルフという存在の実態についてそれなりに知ってしまっていたからである。

 ティフ・ブルーボール、スモル・ソイボーイ、ペトミー・フーマン、ペイトウィン・ホエールキング……彼らはいずれも尊敬するに足るだけの人格を有しているわけではなかった。歳は父と同じくらいにもかかわらず、その精神年齢はスワッグ達ゲーマー三世と同程度以下だった。むしろ、距離を置く方が賢明なくらいだろう。

 ではなぜ『勇者団』で活動し続けるかと言えば、スワッグに関して言えば魔法格闘を続けるためだ。魔法格闘に打ち込み、魔法格闘の有効性を世に示すには『勇者団』での活動を続けるしかない。スワッグは魔法格闘のためなら他の全てを犠牲にできる人間だった。時折、ハーフエルフが露わにしてしまう愚かさ幼さ未熟さなど、魔法格闘のためならなんということはない。


「でも、本当にどうされるのです?

 このままNPCの護衛をしながらレーマ軍の砦に入るのですか?」


 さすがに今の四人だけで砦の中に入って無事に帰れそうな気はしない。ティフはルクレティア・スパルタカシアと交渉して現状を打開するつもりでいるし、それ以外に有効な方法がない事も理解できるがリスクが高すぎるのは問題だ。


「そのつもりだ」


ティフブルーボール様!」


 思わず語気を強める。


「これから行くところはレーマ軍の砦です!

 その中に飛び込んで捕まらないわけがありません!!」


「わかってるさ。

 でも行かなきゃ交渉できないだろ?」


「それはそうですが、行ったところでレーマ軍が交渉に応じるはずないではありませんか!?」


 『勇者団』は今や犯罪集団だ。盗賊を率いて大暴れし、レーマ軍の司令官の前で名乗ってしまったしレーマ軍と直接戦闘もしてしまった。そのレーマ軍がノコノコと現れた『勇者団』のリーダーを見逃すはずがない。


「それは交渉次第だ」


「無理です!

 捕まりますって!!

 あっちには《地の精霊アース・エレメンタル》だって居るんですよ!?

 それに、あの盗賊が行ってたグルなんとかとかいう、ペイトウィンホエールキング様を捕まえた化け物だって……」


 そう、相手は強力すぎる敵だ。『勇者団』が束になっても敵わない……シュバルツゼーブルグでのミーティングでティフ自身がそう言っていた。力の差がありすぎて交渉の余地があるとは思えない。


「戦いに行くわけじゃないんだ。

 相手が強いかどうかは関係ない」


「相手が一方的に強いのにこっちを対等に扱うわけないじゃないですか!」


「話してみるまでは分からないさ」


ティフブルーボール様!」


 さすがにこれは納得できない。レーマ軍に捕まれば一巻の終わりだ。『勇者団』はムセイオンへ強制送還され、その後は処刑まではされないだろうが、どこかに幽閉されて一生外へ出ることはなくなるだろう。幽閉先はムセイオンの中か、あるいはフローリアのダンジョンの奥か、もしかしたら国元へ返されるかもしれない。いずれにせよ魔法格闘に打ち込むことはできなくなるだろう。

 降臨を再現し、ゲーマーを再臨させる……それだけでも明確な大協約違反なのだからただでは済まないが、それでも父祖を再臨させれば全てをくつがえすことが出来る可能性はあった。しかし、ペイトウィンまで捕まってしまった現状ではそれも難しくなっており、その上ティフはレーマ軍に捕まるリスクを冒そうとしている。まるで全てを諦めてしまったかのようだ。


「レーマ軍に捕まればおしまいですよ!

 メークミーが魔導具マジック・アイテム全て没収されたのは御存知でしょう!?

 ナイスだって多分没収されたでしょう。

 ペイトウィンホエールキング様だって、魔導具マジック・アイテムを取り上げられてしまったかもしれないんですよ!?」

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