第1233話 装備変更

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/西山地ヴェストリヒバーグ



 思わず大きな声を出したスワッグに対し、ティフは静かに人差し指を口に当て、それからその手の親指で後ろを指示さししめした。スワッグが後ろを振り返るのと同時に、荷馬車の御者から声が飛んでくる。


何かありましたかクィドゥ・ファクトゥム・エスト!?」


何でもありませんニール・スゥース!」


 スワッグは苛立いらだちを隠しながら御者に向かって答え、すぐにティフニ向き直る。


「あいつら英語なんか分からないから大丈夫ですよ」


 自身の迂闊うかつさを恥じながらも、ティフに対する不満の方が優るのか気まずさを押し隠すようにスワッグが言うと、ティフは苦笑いを浮かべてスワッグの方へ身を乗り出してきた。


「あの御者はそうだろうが、牧師の方は分からんぞ?

 アイツ、NPCにしちゃラテン語に訛りが少なかったし、育ちがよさそうだ」


 ティフにそう言われると反論できない。キリスト教に限らないが聖職者は知識階層だ。そしてこの世界ヴァーチャリアでは英語は知識階層が修めるべき教養の基本である。特に聖職者は降臨者が現れた場合の応対を求められるため、英語を学んでいる可能性は高かった。

 スワッグは己の軽率さを改めて恥じながら、しかし訴えを取り下げることはしなかった。


「大声を出してしまったことは謝ります。

 私が軽卒でした。

 ですが、このままレーマ軍の砦に行くのはおやめください。

 ティフブルーボール様が捕まれば、『勇者団』ブレーブスは崩壊します!」


 スワッグが改めて訴えるのを聞きながら、ティフは乗り出していた身体を戻して前を向いた。


ティフブルーボール様!

 お願いです!

 どうか考えを改めてください!!

 大切な魔導具マジック・アイテムを奪われてもいいんですか!?」


 ティフは前を向いたまま口をへの字に結んで馬を進めていたが、スワッグが声を潜めながらも身を乗り出して訴えかけると、大きく溜息をついた。そしておもむろにゴソゴソと身に着けていた装備を外しては、肩から下げていた魔法鞄マジック・バッグに入れ、別の装備品と取り出しては身に着ける。


「……ティフブルーボール様?」


 どうやら装備を交換しはじめたティフにスワッグは不安を覚え始めた。


 装備変更? ……ここへ来て?


 戦闘の前に装備を変更するのはあることだ。それ自体は珍しいことではない。だがスワッグの知る限りティフは今朝、シュバルツゼーブルグに入る際に既に装備を整えていたはずだ。《地の精霊アース・エレメンタル》やその眷属がまだ街に残っている可能性を考慮して、突発的な戦闘に備えていたのである。それ以降、ティフが装備を変更しているのをスワッグは見ていない……つまり、現状で既に戦闘準備は整っていたはずなのだ。


ティフブルーボール様……

 ティフブルーボール様、何を……

 何をなさっておられるのですか!?」


「見て分からないか?

 装備を変更してるんだ」


「それは分かります。

 何故です!?

 この後の戦闘に備えて変更するならおっしゃってください。

 装備変更が必要なら我々も装備をそれに合わせないと!」


「お前たちはそのままでいい。

 戦うためじゃないんだ、むしろ戦わないから変更してるんだよ」


「どういうことです?

 これからレーマ軍の、敵の懐に飛び込むんでしょう!?」


「戦うためじゃなく交渉のためだ。

 言っただろ、戦うつもりはないって?

 それなのに臨戦態勢のままで訪れたって、相手は警戒して交渉に応じてくれないかもしれない。

 《地の精霊アース・エレメンタル》は強力だが、レーマ軍は違うからな」


「ですが!」


 言いすがろうとするスワッグを、ティフは「それにっ!」と先ほどまでより強い口調で制する。スワッグが思わずひるむと、ティフは魔法鞄の帯を外し始めた。ティフの魔法鞄は肩下げ鞄だが、上から外套を羽織っていたので外套を脱がないと外せない。そこで、鞄から肩下げ帯の方を外して外套を脱がずに鞄だけを外そうというのだ。


「お前の言う通りだ。

 もしレーマ軍に捕まって魔導具マジック・アイテムを取り上げられたら、脱出も抵抗も出来なくなってしまう。

 だから、もし捕まっても魔導具マジック・アイテムを奪われないよう、今のうちに外しておくんだ。」


 そう言うとティフは先ほど外した装備を入れ、苦労して外した肩下げ魔法鞄をスワッグの方へ突き出した。


「スワッグ、コレを預かれ。

 俺の聖遺物アイテムが詰まってる。

 無くすなよ?」


「本気ですか!?」


「当然だ、さあ早く」


 スワッグはおずおずと手を伸ばし、鞄を受け取るとティフは続けた。


「俺はもちろん諦めてない。

 必ず脱出するつもりだ。

 お前たちは砦に入らず、そのまま峠を越えてペトミーを探せ」


ペトミーフーマン様ですか?」


「そうだ、ペトミーとファドと合流しろ。

 俺も脱出したらそっちへ行く。

 もし捕まって行けなかったら助けに来い。

 ファドとペトミーが居れば、あの《地の精霊アース・エレメンタル》からでも俺を逃がすことも出来るはずだ」


「ほ、本気なんですね?」


 スワッグが神妙に尋ねると、ティフは腰のベルトにくくりつけたままのポーチをポンポンと叩いて見せる。


「当然だ。

 ほら、脱出に必要な最低限の魔導具マジック・アイテムはこっちの魔法鞄マジック・ポーチに入ってる。

 それに今着けてる舶刀カットラスだって、魔導具マジック・アイテムじゃないがスチール製の業物わざものだ。

 レーマ軍を蹴散らすくらいはこれで充分さ」


 しぶしぶながら納得したスワッグが受け取った魔法鞄を外套の上から肩下げ帯に首を通してたすき掛けに下げると、ティフは首のあたりをゴソゴソと動かし、先ほど山荘で見せびらかしていた笛のついたネックレスを外してスワッグに突き出す。


「ほら、コレもだ。

 ペトミーのテイム・モンスターやファドのジェットを呼び出すのに使えるぞ」


「お預かりします」


 スワッグがそれも受け取ると、ティフはどこか安心したように言った。


「もし、俺の救出に成功したら、そいつはお前に褒美にくれてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る