第1234話 潜入と脱出の見積り

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/西山地ヴェストリヒバーグ



 スワッグは笛のネックレスを受け取ると、それを握りしめたままジッとティフの顔を見つめた。


「まさか、形見分けのおつもりではないでしょうね?」


 スワッグを見返したティフは目を見開くと、一拍置いてまるで今にも吹き出しそうになるのを我慢しているかのように顔を歪める。


「まさか!」


 口元を抑えてククッと笑いをかみ殺したティフはすぐに手を降ろし、スワッグに笑顔を見せる。


「そんなわけないだろ。

 お前は俺が死ぬとでも思っているのか?」


 ハーフエルフは貴重な存在だ。ゲーマーの中でも特に魔力に優れたハイエルフの血を引き、ヒトの数倍の魔力と寿命とを誇っている。ヒトのゲーマーの血を引くスワッグも常人を遥かに凌駕する魔力量を誇り、年齢は三十台だというのに見た目は常人の十台半ばくらい……成長速度が常人の半分くらいなので寿命もおそらく二倍以上だろうと思われる。だがハーフエルフであるティフはそのスワッグを遥かに上回る魔力を誇り、年齢ももうすぐ百歳だというのに見た目の年齢はスワッグと同じくらい……すなわちヒトの常人の十台半ば、いや前半ぐらいだ。

 彼らは長生きするだろう。そして多くの子を遺すだろう。彼らが遺すであろう子は彼ら同様に優れた魔力を持っているはずで、それはこの世界ヴァーチャリアの発展に大きく寄与する存在となるはずだ。彼らは存在そのものが世界の宝であり、その魔力を、血を、世界に求められているのである。


 その彼らが殺されるなんてことはあるわけがない。魔力ゆえに病気にもならない彼らは、特にハーフエルフは千年は生きるだろうと誰もが考えている。それはティフも、他のメンバーたちも同じだった。そのことに疑う余地などありはしない。


「安心しろ、さっきも言ったが俺は諦めていない。

 ちゃんと生きて帰るし、交渉だってまとめて見せるさ。

 そのために万全を期して、俺の聖遺物アイテムをお前に預けるんだ」


 スワッグはそれを聞くと外套のフードを脱ぎ、首に受け取ったネックレスをかけて、笛を襟元へ押し込んだ。ティフ達ハーフエルフは耳を隠すために頭巾を被っているが、スワッグはヒトなのでその必要がない。頭を守るためのヘッドギアは被っているが、この夜の闇では後ろの荷馬車からはっきりとは見えないだろう。


「わかりました、信じます。

 では私は砦の前まで来たらソファーキングと一緒にそのまま峠を超えて行けばいいんですね?」


「そうだ、そしてペトミーを見つけろ。

 きっとダイアウルフを使って暴れまわってるはずだ。

 ペトミーとファドなら、俺が捕まったとしても脱出させてくれる。

 もちろん、お前のことも信じてるぞ?」


 ブルグトアドルフでレーマ軍の只中に侵入し、メークミー・サンドウィッチとの接触に成功したのは決して偶然ではない。ティフ達が《地の精霊アース・エレメンタル》を引き付けていたというのはあっただろうが、盗賊たちが引き起こした乱戦の中で誰にも見つからず、負傷によって倒れたレーマ軍の指揮官と捕虜の所まで忍び込むのは常人では決して不可能だ。そのスワッグの実力をティフは正しく評価してくれている……スワッグは胸元に仕舞った笛を服の上からギュッと握りしめた。


「その役目、誓って果たして御覧に入れます!」


「よし」


 ティフはスワッグの答えに満足した。


「では行け!

 後ろへ行ってソファーキングにもこのことを伝えて来い」


「はっ!」


 スワッグは返事こそしたが手綱たづなを一旦持ち上げはしたものの、実際に馬首を巡らすことなく思いとどまった。


「……どうしたスワッグ?」


 尋ねるティフをスワッグは申し訳なさそうに見返す。


「その、デファーグエッジロード様はこの後どうなさるのですか?

 ティフブルーボール様と御一緒に?

 それとも我々と?」


「あー……」


 そういえばデファーグをどうするかは言ってなかった。というか、決めてなかった。

 ティフは自分一人ならレーマ軍の包囲からでも脱出する自信はある。そもそもティフは『暗殺者アサシン』だった父の戦闘スタイルにならっている。敵に気づかれることなく肉薄し、致命の一撃を食らわせ、一瞬で離脱する……もちろんティフの父はティフが生まれる前に世を去っているのでティフ自身は父の戦闘スタイルを直接見たことは無い。本で読み、父を知る人たちから話を聞き、父の遺した聖遺物アイテムを研究し、自分なりに磨き上げてきたものだ。

 だが魔力で強化された肉体と魔法とを組み合わせ、更に魔導具で底上げした実力は決して馬鹿にできない。大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフにとっても、その息子ルード・ミルフ二世にとっても、本気で逃げに徹したティフを捕まえるのは簡単ではない。誰にも気付かれずに潜入するという点ではファドには敵わないが、途中で邪魔な敵を倒しても良いのであればティフはファドにだって負けない自信と実力があるのだ。


 レーマ軍の囲みから脱出するくらい何とでもなる……《地の精霊アース・エレメンタル》さえ邪魔してこなければ……


 《地の精霊》は間違いなく介入してくるだろう。ティフがルクレティア・スパルタカシアに交渉のためとは言え迫ろうという時に、ルクレティアに加護を与えている精霊エレメンタルが介入してこないわけがない。つまり、ティフは交渉に成功しない限り高確率で阻まれる……一度捕まってから隙を見て脱出ということになるのだろうが……


 デファーグは剣術一辺倒の男だ。戦えば強いしレーマ軍の囲いを脱するのも容易だろう。だが、それは戦えばの話だ。ティフやファドのように、気配を消して誰にも気付かれないように潜入するとかいうような真似ができるとは思えない。一度捕まって隙を見て脱走しようにも、武器を取り上げられた状態でどこまでやれるのか?……おそらくデファーグは自力では脱出できまい。

 

「デファーグはお前と入れ替わりでこっちへ来るように言ってくれ」


 しばし考えたティフはスワッグにそう言った。答が出なかったのだ。なら、本人に相談した方がいい。


「それは……デファーグエッジロード様もティフブルーボール様と御一緒するということですか?」


 重ねて尋ねるスワッグにティフは小さく首を振った。


「いや、それをデファーグと相談して決める」

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