第1235話 新たな命令
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/
グナエウス街道はレーマ軍の規格に合わせた軍用街道。全線で重装歩兵が八列縦隊で行進できるだけの道幅があり、二頭立ての馬車がすれ違うには十分な余裕がある。路面は石とコンクリートで舗装されているため、夜でも月明かりを受ければ白っぽく浮き上がって見え、他の間道などよりはよほど走りやすい。とは言っても街灯など存在しない夜道が危険であることには変わりない。グナエウス峠も八合目から上は片側が断崖絶壁になっているところもあり、しかも豪雪や
御者のオットーもしっかりと目を見開き、辛うじて見える程度の暗い前方を凝視しながら手綱を握る。彼は牧師のメルキオルとその助手を務める修道女をグナエウス砦へ届けるのを急いではいた。本人たちは明日の早朝でいいと言ってくれたが、それでも無理に護衛と替え馬を探しだしてまでして今夜中に到着しようと急ぐのは、彼が決して自信過剰だったからでも安全を
たしかに早朝に出ても日曜礼拝には間に合うだろう。陽の光が期待できる朝ならば、視界を暗闇に閉ざされる夜間よりはずっと安全に思える。だが今はもう冬なのだ。
見通しが利きにくいが昼間の日射熱がわずかながらも路面に残っていて凍結しにくい夜間に行くか、見通しは利くが確実に路面が凍結する早朝に行くか、その両者を冷静に比べたうえで夜間の方が安全だと御者は判断したのだ。
善良で糞真面目な御者は固く決意し、手綱を握っている。当然、わき見も居眠りもするわけがない。とはいっても所詮は常人、前方を凝視しても前を行っている筈の護衛二人の姿は影しか見えない。先ほど何か言い争っていたようだし、なにかを荷物を受け渡したりしていたようだったが、そのうちの片方が急に脇に避けて停止した。その停まった馬の脇を荷馬車は追い抜いていく。
「あんれ、どうかなすったですかい?」
御者は護衛を引き受けてくれた少年に追い抜きざまに声をかける。
「交代さ!
前衛は気を張って疲れやすいからな」
少年はそう答えた。追い抜きざまだったので言葉を交わせる時間は短い。少年は既に馬車の後ろへ回り込んでしまった。
「はぇ~、まるで本職の騎兵様だ。
若ぇにもかかわらずよく理解してなさる。
よく分からん言葉で話しなさるし、ラテン語も上品だ。
あの人らもしかしたら本物の貴族かもしれねぇ……
ねぇ、
御者はメルキオルに声をかける。その声に
「あ!?
ああ、すみません、何かおっしゃいましたか?」
「いんやぁ、何でもありやせん。
慣れない馬車に揺られながら疲れている上に既に夜中、それなのにいまだに到着することもできず馬車を走らせ続け、挙句に疲れて寝てしまっているところを邪魔してしまったことに気づいた御者は面目なさそうに謝った。
「いえ、どうぞお気になさらず。
私の方こそ寝てしまって申し訳ありません」
善良すぎる者同士にありがちな謝り合いが始まると、その荷馬車の後ろではスワッグがデファーグやソファーキングを見つけたところで、脇で止めていた馬を再び走らせ始めていた。
「どうしたスワッグ、何かあったのか?」
「
私と替わって前へ行ってくださいませんか?」
デファーグの問いにスワッグが答えると、デファーグは「分かった」と短く答えて馬の腹を軽く蹴り、馬車を追い抜いて前へ行った。残されたソファーキングはスワッグに尋ねる。
「何かあったのか?」
ソファーキングの目はスワッグが肩から下げた鞄に向けられていた。彼らは暗視魔法を使っているので夜の暗闇の中でも普通に見ることができたのだ。
「ああ、
驚いたソファーキングは目を見開くが、その表情に不満の色は見えない。
「なんだそりゃ!?
既に絶対に勝てないとわかり切っている《
「ああ、
敵に警戒心を抱かせぬよう、単身か、
「それって、すごく危険じゃないのか?」
スワッグの説明にさすがにソファーキングも表情を険しくする。
《地の精霊》に近づくことなく、砦の前を素通りすると聞いた時はソファーキングも喜びを隠し切れなかったが、ティフが《地の精霊》に捕まったら
「
すべてのリスクを考えたうえで御決断なされたのだ」
「まさか!」
それは自殺行為としか思えず、ソファーキングは息を飲んだ。
「そのまさかさ。
一応、逃げる算段はなさっておられるようだ。
仮に今日は捕まっても、隙を見て逃げ出すおつもりだ」
「待てよ!
一番最初に捕まったメークミーの奴は
きっとナイスも
それは彼ら聖貴族にとって最も卑劣で恐ろしい結末だ。
「もちろん御承知の上さ。
スワッグは肩から下げた鞄……ティフの
「つまり、仮に捕まって装備を全て奪われたとしても、人質に取られて困るような
だから
俺たちの役目は、外からそれをお助けすることだ。」
やっぱり! ……せっかく《地の精霊》と対峙するのを回避できたと思ったらとんだ
「あ、あの《
《
《地の精霊》相手に『勇者団』は三戦し、三回とも敗退している。一回目は相手が強力な《地の精霊》だとは知らなかったとはいえ『勇者団』のほぼ全力だった。二回目は一回目の教訓から協力な
まず勝てない。実力が違いすぎる。その相手に少人数で挑んで人質を救出するなど、無謀以外の何物でもない。少なくともソファーキングには成功をイメージすることができなかった。
だが、スワッグはソファーキングの気持ちなど一顧だにすることなく、決意を固める。そう、彼は信用され、期待されたのだ。魔法格闘術の評価を高めたい彼にとって、その期待に応えることは今や降臨の成否よりも重要なことだった。
「出来るさ。
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