第1236話 デファーグの気づき
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/
「ティフ!」
荷馬車を追い抜いて前へ出て来たデファーグはティフに呼びかけて横に並んだ。
「話があるって聞いたぞ?」
「ああ……」
ティフはデファーグを一瞬チラリと見たが、すぐに前へ向き直って答える。
「これからのことだ。
俺は砦に乗り込むつもりだが、お前にどうして貰おうかと思ってな」
「もちろん一緒に行くさ!
それとも他に何かしてほしい事でもあるのか?」
デファーグは元よりそのつもりだった。他に選択肢などありはしない。
「いや、どうしようかと思ってな……」
「遠慮なんかするな!
今はみんなの力を合わせなきゃいけない時だろ?
安心しろ、言ってくれれば何だってやってやるぞ。
俺は他のみんなほど働けてなくて気になってたんだ」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
ティフはどこか歯がゆそうに頭を掻いた。ティフは他のメンバーと同じようにデファーグも《
だがデファーグはティフの予想に反して積極的だ。《地の精霊》のことなどまるで恐れていないかのようである。実力差がありすぎることは既に理解している筈なのだが、最悪の展開など想像すらしていないのだろうか。
デファーグの今後の行動は大きく分けて二つしかない。ティフと同行するか、スワッグやソファーキングと同行するかだ。
前者の場合はティフとソファーキングの二人で砦に乗り込み、ルクレティアとの交渉に挑むことになる。交渉は上手くいかないかもしれないし、上手くいかないどころかレーマ軍に阻まれてルクレティアと会うこと自体ができないかもしれない。そして、どういう展開になろうとも無事に帰してもらえる可能性は低い。
おそらくレーマ軍はティフを逃してくれはしないだろう。ティフはもちろん捕まるつもりはない。『
そんな中へデファーグを同行させればどうなるだろうか? 剣術一辺倒の男が脱出できる可能性が高いとはティフには思えない。もちろん、純粋に実力だけを考えれば十分に脱出できるとは思うが、デファーグにはそれは出来ないように思えるのだ。
おそらく捕まるだろう。ティフでさえ捕まってしまうことを覚悟しなければならないのだ。行けば捕まる……それくらいに考えていた方がいい。そして、捕まってから脱出するのを前提にするべきだろう。そこへデファーグを巻き込めるかというと、ティフとしては首肯しづらかった。むしろ、自分のせいでデファーグが犠牲になったなんて未来は何としても遠慮したいぐらいだ。
かといってスワッグやソファーキングと同行し、砦に入らずに峠を超えてペトミーやファドと合流すればどうなるかというと、デファーグの場合は却ってスワッグやソファーキングの邪魔になりそうな気がしてならない。デファーグはハーフエルフだ。魔力量が高い。そしてレーマ軍には《地の精霊》とその眷属が付いており、魔力量の高いハーフエルフはどうしても見つかりやすいだろう。
その点ではペトミーも同じなのだが、ペトミーはまだテイム・モンスターを使って遠隔で活動することができる。対してデファーグに出来るのは剣を使っての戦闘のみ……近接戦闘しか出来ないのにティフやスワッグのように気配を消して見つからないように行動するスキルを持っているわけではない。それでいて魔力ゆえに遠くからでも居場所を見つけられてしまうとなれば、デファーグはスワッグやソファーキングの今後の活動の邪魔になりそうな気がしてならない。かといって本人にそれを正直に伝えるのもどうかと思う。デファーグはまだ『勇者団』に入って日が浅く、どこか距離を置かざるを得ないような感覚がぬぐい切れていないのだ。
果たしてどうしてもらうのが最善なのか……ティフには答えが出せなかった。だからこそ、本人の意向を尊重するという形でスワッグやソファーキングに同行してもらい、デファーグを
「ティフ、言いたいことがあるなら言ってくれ。
俺は最初から砦に乗りこむつもりでいたし、何も恐れはしない。
当然、アンタを見捨てたりもしない」
ティフは頭を掻いていた手を降ろした。
「気持ちはありがたいが、俺は一人で乗り込むつもりなんだ……」
「ティフ!」
何を言い出すんだ!? ……デファーグはそう言いたそうだったが、ティフは軽く手を挙げてデファーグの訴えを
「前にも言ったように交渉はしなきゃいけない。
でも、レーマ軍は砦に乗り込んできた俺をそのまま返そうとはしないだろう。
向こうは俺たちの目的を既に知っているし、何としても阻みたいはずだ。
それに向こうから見れば俺たちは帝国を荒らした犯罪者だ」
「それは……」
仕方ないじゃないか、自業自得だろ……というような言葉が続くであろうことは目に見えている。ティフはそんな小言を聞く気は無く「まぁ聞いてくれ」と言葉を続けた。
「俺は『
ファドほどじゃないが潜入は得意だ。
大人数に囲まれても脱出するのはわけは無い。
レーマ軍しかいないなら砦から脱出するくらいはできる。
その自信もある」
デファーグは不機嫌そうにわずかに表情を曇らせた。
「ひょっとして……俺が居ると足手まといだって言いたいのか?」
ティフは答えず、わずかに俯いてボリボリと頬を掻いた。デファーグはフーッと大きな溜息をつきながら反対側へ顔を向け、それからすぐにティフの方へ向き直る。
「ティフ、回りくどい言い方で誤魔化そうとするな。
アンタ、レーマ軍に捕まるつもりだな?」
「違うさ!」
デファーグの指摘にティフは驚き、反射的に否定した。だが、デファーグはその反応を言葉とは逆の肯定であると確信する。
「違わないだろ!?
アンタ言ったぞ、『レーマ軍しかいないなら』って!
だがあの砦には《
アンタが散々痛い目にあわされて恐れてしまった
「待て、『恐れてしまった』って何だ!?
俺は恐れてなんか……」
「いいから聞けよ、そんなのはどうでもいいんだ」
「よくないぞ!?」
「いいんだよ!
アンタはレーマ軍だけなら脱出できるだろうさ。
でも《
レーマ軍と《
ティフは口をへの字に結んだ。そして不満そうに小鼻を膨らませてフーと息を吐くとそっぽを向く。デファーグも俯いてハァーッと息を吐いて目の前を白くすると、頭を軽く振って冷静さを取り戻し、続ける。
「アンタは逃げきれない……自分でも分かってるんだ。
だから俺を巻き込まないよう、連れて行きたくないんだ、違うか?」
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