第463話 救出
統一歴九十九年五月五日、午後 -
カールの
「ゲホッ!エ゛ホッ!…た、たすけ…お、お゛お゛お゛お゛う゛ぇ~~~」
最初に飛び出してきたカール付きの侍女クラーラに、リュウイチの奴隷の一人ロムルスが駆け寄る。
「クラーラさん、しっかり!!」
「ううっ、う、ゲホッゲホッ、おお、ロムルス様!?」
「アウィトゥス!ゴルディアヌスを呼んで来い!!
どうしたんですか!?」
「イ、イッサンカタンスです!
カール様が、どうかカール様を、早く!!ゲホッ、ゲホゲホッ」
イッサンカタンス…ロムルスはリュウイチに教えられた一酸化炭素中毒の話を思い出した。
「イッサンカタヌス…また!?
と、ともかくここから離れて!歩けるかい!?」
「は、はい…私より、カール様を!!」
その内、他の使用人たちも集まりはじめる。侯爵家の家族の身の回りの世話を直接する上級使用人たちは侯爵家と一緒に礼拝を受けていたが、間接的に世話をする下級使用人たちは同じキリスト教徒ではあっても午前中に
「クラーラさん!?
ロムルス様、これは一体何事ですか!?」
「人を集めろ!!寝室の中から全員引っ張り出すんだ!!
クラーラさんを頼む!!」
「ロムルス様は!?」
「俺は中から人を引っ張り出す!急げ!!」
「は、はい!!
クラーラさん、こっちへ!!」
クラーラを駆け付けた使用人に預け、寝室に入ろうとしたところでやはりリュウイチの奴隷であるアウィトゥスとゴルディアヌスが駆け付けた。
「ロムルス!どうした何があった!?」
「イッサンカタヌスだ!中から全員引きずり出すぞ、手伝ってくれ!!」
「よし、任せろ!!」
「中では息を止めろよ!?
ロムルス、ゴルディアヌス、アウィトゥスが息を止め、次々と寝室に突入した。途中、外へ出ようとする人とすれ違う時はその胸倉を掴んで投げ飛ばすように外へ放り出していく。
ロムルスは床に倒れているエルネスティーネを見つけると、ゴルディアヌスを振り返り、無言のままハンドサインだけで運び出すように指示を出す。ゴルディアヌスは手で口と鼻を抑えたままコクリと頷くと、ぐったり意識を失っているエルネスティーネを抱えて外へ運び出して行った。アウィトゥスは床にうずくまって苦しそうに身体を震わせているディートリンデとエルゼを抱えあげ、ロムルスはベッドの上のカールを毛布でグルグルに包んで抱え上げ、外に飛び出した。
「「ブファアッ!!、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」」
息を止めていた奴隷たちは寝室から出ると、過呼吸気味に肩で息をし始める。ホブゴブリンはヒトより筋肉量が多く体脂肪率が低い。そのせいで泳ぎが苦手なのだが、長く息を止めて運動するのも苦手だった。
「おお、奥様!?お嬢様がた!!」
「侯爵夫人は御無事だ…お嬢様がたも…カール様もだ…
カール様の御部屋を御用意しろ!急いで!
ゴルディアヌス!侯爵夫人を
「わかった!アウィトゥス行くぞ!」
「カロリーネ様は!?
カロリーネ様も中におられたはずです!」
「マティアス司祭様は!?」
ロムルスたちが連れ出した中に生後一歳の末子カロリーネの姿が見えないことに侍女の一人が気づいた。そして礼拝に来ていたはずの聖職者たちも姿が見えない。
「まだ中だ!」
「何てこと!?」
侍女たちは顔を青くして寝室の方を見た。寝室からは具合が悪そうな使用人たちがヨロヨロと出て来るが、聖職者の姿も無ければ赤ん坊を抱えている者もいない。
「待て!俺たちが行く!!
アンタらはお嬢様方を食堂へ、アウィトゥス!」
無謀にも寝室へ入って行こうとする侍女たちをロムルスは呼び止め、侯爵家令嬢を抱えたアウィトゥスに声をかける。
「分かった任せろ!」
「いや、待て!」
侍女にディートリンデとエルゼを託して寝室へ戻ろうとしたアウィトゥスをロムルスは引き留めた。
「何だよ、カロリーネ様を探して連れ出せばいいんだろう!?」
「カール様はもう連れだした!
もう窓や戸を開け放っても大丈夫だ!
灯りを消して窓を開け放て!イッサンカタヌスを追い出すんだ!」
イッサンカタヌスが発生した部屋で息をしてはならない。イッサンカタヌスは目に見えない毒煙で、それを吸い込むと頭が痛くなり、吐き気がして息が出来なくなって死に至る…彼らはリュウイチから聞いた話をそう言う風に憶えていた。そして、それを排除するためには戸や窓を開け放って風を通せばよいと。
しかし、部屋にはアルビノのカールがおり、窓を開け放って外光を採り入れるようなことができない。だからロムルスたちは先に人を運び出すことを最優先にした。だが、カールを毛布に包んで連れ出してしまった今、窓を開け放って外光を入れてしまっても大丈夫だ。このまま寝室を締め切ったまま、自分たちもイッサンカタヌスを吸ってしまう危険にさらされながら中から人を運び出すよりも、先に窓を開け放ってイッサンカタヌスを追い散らしてしまった方が良い。
「お、おう!?」
アウィトゥスはロムルスに言われ、なるほどと感心しながら寝室へ向かった。その背中にロムルスは重ねて注意する。
「いいか、先に火を消すんだぞ!?」
「任せろ!!」
ある程度濃くなったイッサンカタヌスは風と一緒に火に触れることで爆炎を生じる。だからイッサンカタヌスが発生した部屋を換気する前に、その部屋の中の火を全部消さねばならない…奴隷たちはリュウイチの教えを思い出し、忠実に実行していく。
やがてアウィトゥスが戸や窓を開け放つと、集まってきた使用人らが総出で寝室から礼拝に参加していた者たちを引きずり出しはじめた。
異様といってよい状況だった。
救出された者たちは全員が全員、血の気の引いたような顔色をしており、冷たい汗をかいている。大半は苦悶の表情を浮かべ頭痛を訴えていたが、全体の三割ほどは狂ったように笑っていた。エルネスティーネを始め何人かは意識を失っており、嘔吐する者もいた。
外に運び出された途端に彼らの症状は改善へと向かい始めたが、症状が解消され落ち着きを取り戻すまでに、大半の者が一時間ほども要した。
「あ、悪魔よ…悪魔だわ…
イーサンカタンスン…そう聞いた…」
救出された修道女ザスキアは混濁した意識でうわごとを繰り返していた。聖職者たち以外の使用人たちは、リュウイチの存在を知っていたし一酸化炭素中毒の話を聞いていたので聞き流していたが、ザスキアのうわごとを耳にしたマティアス司祭と助祭は顔を
使用人たちは予想外の事態であるにも拘らずテキパキと効率よく動き、不調を訴える者たちの手当てを行っていく。毛布が配られ、それで身体をくるむのと同時に
カールの寝室は使用人たちの手によって、普段締め切りにさえている戸や窓が開け放たれ、ロウソクやランプの火が消されたが、それ以上は何も必要ないと言うように放置された。
マティアスたちは手当てを受けながら、その様子をただ眺めていた。
何故、彼らはこんなに落ち着いていられるのだろう?
装飾の無いシンプルなデザインだがやけに上等な服を着たホブゴブリンが中心になって動いているようだが、マティアスには彼らの顔に見覚えが無かった。いや、マニウス要塞で礼拝を行うようになって以来この陣営本部で時折見かけはするのだが、彼らが何者なのかは知らされていない。子爵家の家来だろうとは思うが、他の家来よりも随分良い服を着ているのが気になる。
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