第874話 迎え

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク/シュバルツゼーブルグ



「うーーーさみぃ~~~~なぁ……

 すっかり酔いが醒めっちまったぜ。

 せっかくいい気分で酔えてたってぇのによぉ~~」


 月が輝く星空の下、盛大に白い息を吐きながらヨウィアヌスが誰に言うでもなく愚痴をこぼす。風情も減ったくれもあったものではない。


「へっ、よく言うぜ。

 真っ青な顔して半分意識飛んでたくせによ。」


「そ、そりゃ奥方様ドミナが急に呼び出すからよ。

 酒飲んでる時に走りゃぁ誰だってああなっちまうだろ!?」


「言い訳は苦しいぜヨウィアヌス。

 おぇさん、いつ泡吹いてぶっ倒れてもおかしくねぇざまだったこたぁ間違まちげぇねぇんだ。

 わざわざ魔法使って治してくだすった奥方様ドミナにゃ感謝しとくんだな。」


 あれからリウィウスはルクレティアがインプから手紙を受け取りにいくのを諦めさせ、代わりに自分たちが行くことになった。もちろん、インプはルクレティアに直接でなければ手紙は渡さないと《地の精霊アース・エレメンタル》に言ったという話は聞いているので、彼らの役割はインプから手紙を受け取ることではない。手紙を持ったインプを迎えに行くのである。

 《地の精霊》の拘束魔法『荊の桎梏』ソーン・バインドで動けなくなったインプを見つけ、安全な場所に移動させる。そして晩餐会が終わってからルクレティアがカエソーやアロイスなどと共に手紙を受け取りに来るという寸法だ。もし、これがリウィウスの懸念した通り本当に『勇者団』ブレーブスの罠だったら、あのファドがどこかに隠れているかもしれない屋外へ無防備なまま出ていくのは骨頂こっちょうである。しかし、安全が確保されている場所へインプを移動させ、その後十分な護衛をつけたルクレティアが合流するという形を取れば、ルクレティアの安全を確保することが出来るだろう。

 で、リウィウスたち三人がこうしてインプが捕まっているという場所へ赴いているのだ。ただホロ酔い加減のリウィウスはともかく、ヨウィアヌスはあまりにも酒酔いが酷くてまともに歩くのすら難しい状態になっていたため、ルクレティアが気を利かせて解毒魔法をかけた結果、彼らは酒酔い状態から完全に醒めてしまっていた。ヨウィアヌスは要らぬ恥を晒してしまった後ろめたさからそのことに的外れな不平をぶつけていたわけだが、リウィウスからは逆にお説教を食らってしまったというわけである。

 先頭を歩くリウィウスに背中越しに説教されたヨウィアヌスは口を尖らせた。


「チェッ、飲んだ酒全部台無しになっちまった気分だぜ。

 飲み代が無駄になっちまった。」


「へっへっ、モノは考えよぅだぜ?

 酔いが醒めたってこたぁまた一から飲みなおせるってこっちゃねぇか。

 一晩で二倍も飲めるとなりゃあ酒飲みにとっちゃ得ってもんじゃねぇか?」


 最高の冗談でも思いついたかのように可笑おかしそうにリウィウスは言うが、ヨウィアヌスからすれば面白くない。


「冗談じゃねぇや。

 確かに酔いは醒めたが腹ぁもうパンパンだ。

 これ以上飲みたくても飲めねぇし、食いたくても食えねぇよ。」


「ならこの仕事は腹ごなしにちょうどよかったじゃねぇか?

 どのみち不満を奥方様ドミナにぶつけんなぁ筋が通らねえぜ。

 文句があんなら、『勇者団』ブレーブスとかいう奴らに言うんだな。」


「言われるまでもねぇぜリウィウスとっつぁん

 あのファドとか言う野郎、見つけたら今度こそとっちめてやる!」


「その意気だヨウィアヌス。

 そろそろこの辺の筈だぜおぇら、目ぇ皿にして探しな。

 何せ相手は猫くれぇの大きさの真っ黒なコウモリ野郎みてぇだからよ。

 月明かりたぁ言え、夜中に探すのぁ楽じゃねぇぜ?」


 ルクレティアから聞かされた場所は広い庭園のど真ん中、東の倉庫群ホレアと本館の中間地点だ。《地の精霊》が直接案内してくれれば楽なのだが、何せ精霊エレメンタルという連中は魔力を持たない只の人間には全く何の興味も示さなない。いくらリウィウスたちがリュウイチの奴隷だとしても、魔力などとは縁もゆかりもないホブゴブリンとは、この程度のことでわざわざ口を利こうとはしてくれなかったのだから仕方なかった。


 リウィウスにうながされたヨウィアヌスとカルスはそれぞれ目を凝らし、暗い庭園を探し始める。が、相手は一匹のインプだ。聞けば人間の頭ぐらいの大きさの小人で、背中にコウモリのような羽と細長い尻尾が生えていて真っ黒な見た目をしているという。そんなものを月明かりがあるとはいえ夜中に探そうと言うのだから無茶振りも良いところである。しかも彼らは目立たないようにするため、松明たいまつなどのあかりを持ってくることも禁じられていたのだ。


「くそ、ホントに居るのかよ?」


「真っ暗で何も見えねぇよリウィウスとっつぁん。」


「いいから探せ二人とも、《地の精霊アース・エレメンタル》様が言うんだから間違ぇねぇ。」


 五分と経たぬうちに弱音を吐きだしたヨウィアヌスとカルスだったが、リウィウスが叱責するとその声に反応したかのように三人の誰でもない何者かが音を立て始めた。


「キシッ?!……キシシシシシッ!キシッ!キシッ!!」


「んっ!?なんだぁ?」

「そっちだリウィウスとっつぁん

 おいカルス!そっちの茂みから聞こえるぞ!?」

「わかった!」


 ヨウィアヌスとリウィウスが見守る中、カルスが小剣プギオーを抜いて身構えながら近くの枯れた茂みをガサガサと探ると、その茂みの奥から音の主が姿を現した。魔法のいばらに絡めとられた真っ黒な生物が白い牙を剥き出しにし、赤く輝く二つの目でカルスをにらみつけている。その異様な見た目にカルスは思わず飛びのいた。


「うわっ!?」


「どうしたカルス!?」


 腰を抜かさんばかりに驚いたカルスだったが、ヨウィアヌスの声にハッと我に返り、二人を呼んだ。


「い、居たっ!

 居たぞ!?

 コイツだ、インプだ!

 リウィウスとっつぁん!ヨウィアヌス!!来てくれ!!」


 アルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースで突然ファドと遭遇した時でもここまで狼狽うろたえていなかったカルスがわずかに声と手に持った小剣を振るわせているところからすると、相当驚いたようだ。ヨウィアヌスもだがカルスも自分たちが周囲に隠れて行動しなければならないことをすっかり忘れてしまったかのように声が大きい。


「馬っ鹿、二人とも、声がでけぇ!!」


 リウィウスは二人を叱りながら、ヨウィアヌスと共にカルスの方へ走る。


「そ、そこだ。そこに居る!!」


 カルスは怯えた様子で駆け付けたリウィウスたちに報告する。右手は小剣を構えたまま、左手で茂みの奥に潜むインプを指さした。


「うおっ!?」

「こいつかぁ~~~」


 カルスの指さした茂みを覗き込んだ二人は相次いで声を漏らした。

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