第620話 焦るイェルナク
統一歴九十九年五月七日、午前 - サウマンディウム市街地/サウマンディウム
「何だこれは!?
おい、どうなってる!?」
ゴブリン兵が担ぐ
レーマ帝国の街中の道路事情は実はあまりよくない。軍が移動するために計画された
かといってある程度身分のある者や商人ならば乗り物に乗らないわけにはいかない。自らの権勢を示すのは
ゆえに、
イェルナクももちろんこのレーマの
「ほ、報告します!」
名乗り人としてイェルナクたちの前を進んでいた筈のゴブリン兵が帰って来て、息を切らせ半ばヘトヘトといった様子で
「何だ、何がどうしたというのだ!?」
「ハッ、イェルナク様!
街の住民どもに聞きましたところ、
座與の上から苛立ちをぶつけて来るイェルナクに対しゴブリン兵は頭も上げず、跪き拱手したまま報告した。
「サウマンディア軍団だと!?」
「ハッ、アルトリウシアの復興支援へ向かう
これを見送るための見物人と
「何!?」
しまった!今日だったか!?
イェルナクは思わず
イェルナクがアルトリウシアからサウマンディウムへ来る際の船に便乗させてくれたのは
サウマンディア伯爵がアルトリウシア復興のために更に一個
イェルナクが知る限り既にアルトリウシアにはサウマンディア軍団が一個
アルトリウシアの兵力は九~十個大隊……もはや完全充足状態の一個
一般に野戦において、敵に確実に勝利するためには敵の三倍の兵力を用意する必要があるとされる。そして、城塞などを攻める場合は十倍の兵力が必要とされる。いくらエッケ島の要塞化が完成していたとしても守兵はゴブリンだ。ホブゴブリンやヒトの軍に十倍もの兵力で攻め寄せられてはひとたまりもない。だいたい要塞化工事だって完成どころか目途すら立っていないのだ。
なのにハン支援軍の十倍以上の兵力がアルトリウシアに集結する……それはいよいよレーマ軍がエッケ島のハン支援軍を討伐する準備を整えたことを意味していた。
「いかん、急がねば!!」
顔を青くして呻いたイェルナクにゴブリン兵が尋ねる。
「ハッ……その、銃で追い散らしますか?」
「バカ者!!」
イェルナクは
「ここで問題を起こしたらどうなるかわからんのか!!
伯爵の機嫌を損ねるようなことは絶対に避けねばならぬ。
ええい、探せ!他の道を探して進め!
とにかく、
「はひっ!!」
イェルナクの命を受けたゴブリン兵は弾かれたように飛び上がると、慌てふためいて街路へ消えて行った。しかし、サウマンディア軍団は
しかし、せっかくたどり着いた『青山邸』でイェルナクは門前払いを受けてしまう。
「何故です!!
私は
伯爵に御取次ください!!」
閉ざされた
「そうは申されまして、主はイェルナク様とはお会いになれませんし、ここをお通しすることはできません。」
「そんな!明日改めて参るよう言ったのはアナタの方ではありませんか!?」
あまりにも理不尽な扱いにイェルナクは今にも地団駄を踏まんばかりに憤慨し、門扉の向こうにいる家令に詰問する。しかし家令は相変わらず訳が分からぬといったふうに首を傾げた。
「はい、確かに申しましたが?」
「だから、私は来たのです!
伯爵にお会いするために!!
なのに、何故取り次いで下さらないのです!?」
「ええ、ですから、明日改めてお越しください。
前回、私がそう申し上げた時、既に日は暮れていたではありませんか?」
「ぐっ?!」
家令が失笑を
レーマでは一般に日没で日付が変わる。たしかに昨日、イェルナクが『青山邸』の門前で「明日」と言われた時、既に日は没していた。つまり、まだあの時の「明日」にはなっていなかったのだ。昨日、「本日は伯爵はイェルナク様とはお会いになりません。」と言った時の「本日」は、まだ続いていたのである。
なんという不誠実な応対!!夜が明けたなら「明日」ではないか?!
イェルナクは完全にコケにされていることに気付いた。これが他のハン族ならば間違いなく剣を抜いていたことだろう。が、ここで激昂しては元も子もなくなってしまう。イェルナクは目を閉じ歯を食いしばって怒りに煮えくり返る
「ぐはぁぁ~~~~~っ」
イェルナクは叫びとも溜息ともつかぬ低い声を地面に向かって吐きながらゆっくりと身体を起こし、門扉の向こうに
「これは失礼いたしました。私の
では、本日は大人しく引き下がり、明日出直してくることといたします。その時は是非、確かに伯爵閣下に御目通り叶いますよう、御取り計らいをお願い申し上げます。」
イェルナクはそう言うと「これは
「わ、わかりました。必ずや、その通りに……」
「頼みましたよ?」
イェルナクは地獄の底から聞こえてくるような低い声でそう言い残すと、ゴブリン兵たちを叱咤しながら再び
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