第619話 マルクスの発破
統一歴九十九年五月七日、午前 -
家臣もまた広義では被保護民に含まれることもあるのだが、現在のレーマ帝国の一般的な認識では被保護民と
とまれ、彼らがプブリウスの下へ参集しているのはアルビオンニアで起こっている事態への対応について検討するためであった。
ハン族のイェルナクに降臨を知られてしまった……
それが一昨日、サウマンディウムからアルトリウシアへ送られた伝文の要旨である。伝書鳩は短文しか送れないため、簡潔に状況をまとめた内容ではあったが、イェルナクにリュウイチの降臨と、ルクレティアが
それに対してアルビオンニアがどう反応するのか?
イェルナクに降臨の秘密を漏らしてしまった事はプブリウスにとっては一世一代のと言って良いレベルの大失態であり、できることなら揉み消してしまいたいくらいのスキャンダルである。もちろん、そんなこと出来るわけも無く、プブリウスは昨日からずっとエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人やルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵らアルビオンニア貴族らの反応を、どこか
早ければ昨日中には返事が返って来るかと思ったが、昨日帰ってきたのは待ってもいないイェルナクと、
アルビオンニアにムセイオンから脱走してきたハーフエルフたちがいる。
一瞬、イェルナクの言ったメルクリウス団が実在したのかと驚いたが、報告者マルクス自身によってそれは否定された。そして、同時にそのハーフエルフたちを今回のメルクリウス騒動の容疑者として捕えることを進言される。
プブリウスはマルクスの進言の受け、
あとはエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人をどう納得させるかだ。
『勇者団』はエルネスティーネの領地であるアルビオンニア属州にいる。しかも、彼らは盗賊たちを使役し、ブルグトアドルフの街で多数の死傷者を出す事件を引き起こしてしまった。領主ならば己の領地でそのような真似をされて黙っているわけがない。相応のケジメを付けようとするはずである。
ひとまず、今のところまだエルネスティーネにハーフエルフの事は知られていない。エルネスティーネが『勇者団』の事を知り、
同時に、マルクスを再びアルトリウシアへ派遣し、『勇者団』の扱いについて協議をする。いくらサウマンディア側が隠したところで現地からアルトリウシアへ報告が行けば知られてはしまうのだ。それを防ぐ手立てなどはない。あくまでも『勇者団』を今回のメルクリウス騒動の容疑者と位置づけ、勝手な手出しをしないよう、そして先に捕えた場合は身柄を引き渡すように約束を取り付け、できれば『勇者団』捕縛のための増援部隊派遣の合意を取り付ける。あちらは知らず、こちらは知っている……この状況をうまく利用すれば、その目的を達せるはずだ。
そして今朝、
それが一昨日サウマンディウムから伝書鳩によって送られた、イェルナクにリュウイチの降臨がバレてしまったという報告の返事であることは読むまでも無かったが、内容についてまで想像がついていたわけではなかった。
「アルビオンニアは既に知っていたというのか!?」
アルトリウシアから伝書鳩で届けられた伝文を順番通りに並べ、暗号を解読して清書した書類を読んだプブリウスが驚愕する。
「は、閣下。一昨日のアルビオンニウムでの戦の概況、そして『
伝文の内容を先に確認していたマルクスが苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。
「いったいどうやって!?
伝書鳩を使ったところでアルビオンニウムからアルトリウシアまでほぼ丸一日はかかるであろう!?
アルトリウシアからサウマンディウムまでだって同じくらいはかかるはずだ。
まして、一昨日の戦の詳細を把握することなど……」
まだ伝文を読んでいないアッピウスが理解できないという様子で、伝文を読んでいるプブリウスとマルクスの顔を交互に見比べる。
「その伝文によると、《
「《地の精霊》様だと!?」
「ハッ、リュウイチ様が聖女ルクレティア様を御護りするために御付けになられたのです。
非常に強力な
アッピウスは前のめりになっていた身体から力を抜き、驚いた表情でまっすぐマルクスを見たまま背もたれに上体を預ける。
伝文にはマルクスが昨日齎した報告にあることはだいたい全て書かれていた。ということは、エルネスティーネもルキウスも既にすべてを知っていることになる。
「どうする?
あちらは既に全部知っているぞ。
しかも、アロイス・キュッテルが
アルビオンニアを出し抜くどころか、逆に後れを取りかねん。」
プブリウスは伝文を読み終えると、バッとそれをアッピウスに押し付けるように手渡しながらマルクスに問いただした。アッピウスは不意の事だったのでそれを落としそうになりながらも受け取り、読み始める。マルクスはその様子を横目で見ながらプブリウスに答えた。
「アルビオンニアを出し抜くことは難しくなりましたが、まだ間に合わないわけではありません。
キュッテル閣下の
「シュバルツゼーブルグからアルビオンニウムまでは一日の距離であろう?
アッピウスの部隊は今日の昼に出発予定だ。到着するのは夕刻、現地に到着するのは向こうと同じか、やや遅れるくらいではないのか?」
「いえ、それは全力で行軍した場合の速度です。
シュバルツゼーブルグからアルビオンニウムまでの間にある
伝文を読みながらではそれを聞いたアッピウスは顔をあげ口を挟んだ。
「バカを申せ!
我らにアルビオンニウムの土地勘などないのだぞ!?
たった一日でハーフエルフを探し出すことなどできるものか!」
「そうかもしれませんが、ハーフエルフはメルクリウス騒動の容疑者です。我々に優先権がある。それに乗ずれば身柄の確保は叶いましょう。」
「………」
アッピウスが適当な事を言いやがってとばかりに顔を
「ともかく、やることは変わらんということだ。
そうだな、
「はい、その通りです閣下。
情報の優位性は失われましたが、立場の優位性は失われていません。
まずは『
プブリウスに助け舟を出され、マルクスが熱弁を振るう。
「幸いにも既に一人、ヒトではありますが聖騎士を捕えてあります。
それは今日にでも、カエソー閣下がサウマンディウムへお連れするでしょう。
次は、アッピウス閣下の番です。」
甥の方は既に手柄を挙げたという事実を突きつけられ、アッピウスは「ムッ」と息を飲んで上体を起こし、マルクスを見下ろすように肩をいからせて言った。
「わかった。いいだろう、やってやる。
カエソーとは入れ違いになるから、その聖騎士とやらは見れんのが残念だが…
何、カエソーがヒトの聖騎士を捕えたなら私はハーフエルフを捕えてやるさ。」
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