大グナエウシア
第775話 朝風呂
統一歴九十九年五月十日、午前 ‐ アルトリウシア子爵邸/レーマ
普通、レーマの
朝食は大概は前日の
もちろん、それは一般的な例であってすべての貴族がそうというわけではないし、また普段はそういう日常を送っていている貴族でも毎日必ずそうと決まっているわけでもなかった。例外というのは案外珍しくない。
貴族は
今朝のグナエウシア・アヴァロニア・アルトリウシア・マイヨルもその例のごとく常ならぬ例外的な朝を過ごしていた。朝起きたら身だしなみを整える前にいきなり朝食を摂り、その後身だしなみをより徹底するために朝から風呂に入ったりしている。
普通のレーマ人は
そういうレーマ帝国の風呂事情を
もっとも、彼女が入っているのはお湯の風呂ではなく水風呂なので手間はさほどではなかったりする。五月も上旬の終わりとだいぶ暖かくなってきたとはいえ朝晩はまだまだ寒い時期なのに、水風呂を浴びて平気なのは彼女の体に流れる血の半分がコボルトのものだからだろう。
ゴブリン系種族でありながらひときわ大柄な身体には豊かな皮下脂肪が蓄えられ、さらに短く細かい体毛が全身をビッシリと覆っている。体毛が覆っていないのは目の周りと鼻先、唇、そして手のひらと足の裏と局部だけだが、表に露出した肌はまるで木炭のように真っ黒だ。シロクマのゴブリン版……そんなコボルトの特徴を色濃く母から受け継いだ彼女は、兄アルトリウスがそうであるように寒さには滅法強いが暑さがからっきし苦手である。その彼女にとって、故郷アルトリウシアよりも暑いレーマは冬でも水風呂でちょうどいいくらいであり、生まれて初めて体験した去年のレーマの夏は暑さに堪えるために暇さえあれば水浴びをしつづけていたくらいだった。
だが今彼女が風呂に入っているのは暑さを
「お嬢様、いつまで入っていらっしゃるのですか!?
そろそろおあがりなさいませ!
身体を拭く時間が無くなってしまいますよ?!」
水風呂に浸かってくつろぐ
昨夕、皇帝からの明日『黄金宮』へ
その騒ぎの中心で疲れ果ててしまった大グナエウシアはせめて気分を落ち着かせようと、湯船を満たした冷水にとっくに洗い終わった身体を沈めていたのだが、どうやら気分を落ち着かせすぎていつの間にか
「分かってるわ、今あがるから!」
大グナエウシアは湯舟から出ると小さいころからの癖で全身をブルブルっと振るわせて水を飛ばし、タネの待つ脱衣所の方へペタペタと足音を鳴らしながら小走りに駆けていく。
「まあ、お嬢様!
そのようなハシタナイ真似を!!」
大グナエウシアが身体を洗うために一緒に入っていたタネは、大グナエウシアが水に浸かっている間に先に出て、服を着こんで彼女を待ち構えていた。
「ごめんなさい!
でもいいでしょ、周りに誰も居なかったんだし!
それにこの方が早いわ。」
「いけません、お嬢様。
子爵家の御息女ともあろう方がそのような……
後から入った者が浴室の壁や床を見ればきっと驚きますよ。
嵐でも来たんじゃないかと……
間違っても
タネは小言を居ながらまるで毛布かシーツのような巨大な
「わかってるわ。他じゃ絶対やらない。
今日はタネが急げって
「いけませんお嬢様。
そのような言い訳は子供のすることです。」
両腕を広げて立つ大グナエウシアの身体を巨大な布巾で覆い、その上から手のひらで撫でまわして彼女の体毛に残ったわずかな水気を布巾に吸い取らせていく。
「ならいいじゃない、私まだ子供だもん。」
「何をおっしゃるんですか!
人は誰だって今より大人の自分を目指して振る舞わなければ、心の成長が身体の成長に追いつけなくなるんですよ?
お嬢様はもう十四に御成りではありませんか!
嫁入りまであと二年しか無いというのに、自分のことを子供だなどと言っていては……」
南蛮生まれ南蛮育ちのタネは大グナエウシアにとても優しいがやたらと小言が多い。
「もう分かったってば!
その話、何回も聞いたわ!」
「大事なことなのですから何度でもお聞きください!
頭では一回で分かっても心では何回言っても分からないものです。
心で分かるようになるまでは分ったとは言えません。」
「ああんもうっ!
もういいわタネ、くすぐったい!
自分で拭く!!」
ムズがるように身体を捻ると大グナエウシアはタネの手から布巾を奪い取り、自分で拭き始める。布巾を奪い取られたタネは一瞬、呆れたような顔をして大グナエウシアの顔から足まで何度か見回した。
そして一度フンッと小さく鼻を鳴らすと、振り返って着る物を用意し始める。
「そういえばお嬢様、皇帝陛下からお呼びがかかったことですが……」
「なあに?」
「どうやら理由が分かったかもしれません。」
「理由?」
身体を拭き終わった大グナエウシアが身体を拭くのに使った布巾をその場に投げ出し、タネの方へ向き直る。その大グナエウシアに
「ええ、昨日陛下のお使いが帰ってから人を
皇帝の住まう『黄金宮』への皇帝からの直々の招待……その初めての出来事に対処するため、子爵家はレーマ中の懇意にしている
「変な噂?」
「ええ、それがちょっと信じられないんですが‥‥ねっ!んっっと!!」
大グナエウシアの腰巻の紐をギュッギュッと締め上げると、立ち上がったタネは今度は
「なんでも、アルビオンニアで降臨があったんだとか……」
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