第936話 攻撃開始

統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ グナエウス峠/西山地ヴェストリヒバーグ



 『活力燃焼』バーン・エナジー

 『速度向上』クイック・ムーブ

 『静音移動』スニーク・ムーブ

 『風の守り』ディフェンド・ウインド


 ソファーキングはスワッグに支援魔法バフを重ねがけした。ソファーキングはペイトウィンと同様、魔法による攻撃を得意とする魔法攻撃職だが多少は治癒魔法も支援魔法も使える。ムセイオンの聖貴族なら最低限の治癒魔法と支援魔法、防御魔法は必ず習うことになっているから当然だ。ソファーキングがかけたのも、そうした魔法を習い始めて最初に教えられる基本魔法である。

 スワッグ自身が自分でかけても良かったが、魔法をかけるなら専門では無くても魔法職のほうが少ない魔力で高い効果を引き出せたし、スワッグ自身はこれからの近接戦闘で魔力を大いに使うことになるはずなので、魔力を温存したいという理由もあってソファーキングに支援魔法を任せていた。


 『活力燃焼』は文字通り体内の活力エナジーを筋力に変換する効率を向上させることで戦闘力を高める火属性の支援魔法だ。

 それ以外はいずれも風属性の支援魔法であり『速度向上』は《風の精霊ウインド・エレメンタル》の加護により身体を動かす際にかかる空気抵抗を減少させて運動速度を高め、『静音移動』は魔法をかけられた被術者が立てる音を遮断して敵に気配を察知されにくくする効果がある。『風の守り』は《風の精霊》の加護で防御力を向上させるもので、近距離での物理攻撃には効果が薄いが遠距離からの攻撃や風属性攻撃魔法に対してはあなどれない効果を発揮する。

 ソファーキングは他にも支援魔法のレパートリーがあったが、地属性の魔法は今は使えなくなっているし、水属性の支援魔法はあまり得意ではないため、今回スワッグにかけられる支援魔法はこれで全部だ。


「済んだぞスワッグ、行けるか?」


 支援魔法をかけ終えたソファーキングは自分が曳き連れていた馬をソファーキングに預け、自分は前方に向かって身構えながら一人精神を集中させているスワッグに尋ねた。スワッグはハァ~~~と長く口から息を吐ききると「ヨシッ」と気合を入れ、閉じていた目を開く。


「もちろんだ。

 どうやらアッチも俺たちに気づいたみたいだな。

 急に立ち止まってこっちの様子をうかがってやがる。」


「てことは向こうも只者ただものじゃないってことか……」


 不敵な笑みを浮かべるスワッグとは対照的にソファーキングはゴクリと唾を飲んだ。

 “敵”が身をひそめているであろう前方のカーブの岩陰まで結構な距離がある。この距離でこちらの存在に気づいたということは、音や臭いなどで気配を感じ取ったということはあるまい。間違いなくこちらから漏れ出ている魔力の波動を感知したのだ。

 この距離で魔力の気配を察知できるなど、ムセイオンに収容されている聖貴族でも半分も出来ないだろう。実際、ソファーキングはスワッグの言う“敵”の気配をまったく感じ取ることが出来ていない。二人とも『魔力隠しの指輪』を使っているのにそれが出来るということは、“敵”は『勇者団』ブレーブスのメンバーに匹敵する魔力適性の持ち主であり、しかもその能力を使いこなせているということだ。ソファーキングにとって予想外の強敵が出現したことになる。


「只者じゃないって言っても所詮は人間、精霊ばけものじゃないんだ。

 お前の攻撃魔法の支援を受けながら格闘戦最強の俺が突っ込むんだぜ?

 そんな心配することなんか何もないさ。」


 スワッグに悪気はなかったろうがソファーキングを励ますつもりで陽気に言ったそのセリフは、ソファーキングからしたら弱気を見せている自分を揶揄からかわれているように感じられるものだった。


「だ、誰も心配なんかしてないよ!!」


 アッハッハ……とスワッグが笑う。


「クソッ!離れろバカ馬ども!!」


 スワッグに笑われたソファーキングはまとわりつこうとする馬たちに八つ当たりした。峠の砦の近くに到着した時から馬たちが妙に懐いて甘えていたのだが、スワッグに支援魔法をかけ始めてからどの馬も妙に色めき立っていてソファーキングの顔やら首やらに口を近づけ、鼻息はうるさいし唾液はつくしで苛立いらだたしいったらありゃしない。

 ブフフンッと残念そうに鳴きながら馬たちが一旦離れると、スワッグは笑うのを止めた。


「ならいいさ。

 しっかり頼むぜ?」


「地属性魔法は使えない。

 火魔法だと音と光で峠のレーマ軍に気づかれるかもしれないから風魔法で行くぞ?」


 風属性魔法は比較的遠距離にも対応しているが、攻撃精度はそれほど高くない。攻撃目標の周囲に存在するものを……この場合は突撃したスワッグを意図せず巻き込んでしまう危険性があった。


「安心しろ、巻き込まれるほど間抜けじゃないさ。

 牽制になってくれればいいんだ。

 わざと俺を巻き込むくらいのつもりで撃ってくれ。」


 青白い月に照らされたスワッグの顔がニィっと歪む。それを見てフンッと笑い返したソファーキングの顔を、横から馬が舐めはじめた。ソファーキングの顔が急に不機嫌になる。


「クソッ、とっとと行っちまえ!

 そんで早く帰ってこい!

 コイツらの世話、俺一人じゃ見切れん!」


「ククッ、行ってくる!」


 ソファーキングが纏いつく馬の顔を手で払った次の瞬間、既にスワッグの姿はそこになかった。気づけば既に“敵”が隠れているというカーブまでのちょうど中間ぐらいのところまで走っている。


「ヘッ、口だけの間抜けじゃないって見せてくれよ?

 風よ……」


 馬たちを追い払いながら言うとソファーキングは詠唱を開始した。


 “敵”はまだ姿を見せていない。カーブの岩陰に隠れたままだ。この地形では直線的な魔法攻撃は使えない。地属性魔法を封印され、状況的に火属性魔法や水属性魔法を避けねばならず、しかも目立つような大規模魔法が使えない状況ではあるが、障害物に隠れた敵を迂回するように攻撃するには風魔法は却ってうってつけだったかもしれない。

 カーブに差し掛かったスワッグは減速し、チラリとこちらを振り返ったようだ。


 俺の魔法攻撃をわざと待ってやがるな、スワッグ?

 お望み通り、お前ごと敵を吹き飛ばしてやる!


『強風』ウインド!!」

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