第937話 勇者団相撃

統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ グナエウス峠/西山地ヴェストリヒバーグ



 ソイツは突然やってきた。


「!?」


 前兆が無かったわけではない。そろそろ来るのかも……という程度の予感はあった。だが攻撃のタイミングを正確に読めていたわけではない。

 もともとデファーグは離れた位置にいる目に見えぬ敵の気配を察知し、観察することは苦手だった。ハーフエルフであるにもかかわらず、敵を探すことにかけては『勇者団』ブレーブスのヒトのメンバーよりも劣るほどである。だから前方に強力な魔力を有する人間が二人居て、しかも自分に対して攻撃の準備を整えているらしいことぐらいは分ったが、その行動の詳細までは観測しきれていなかった。

 一人の気配が急に弱まったのは分った。正直言って見失っていた。その時点で攻撃が始まったと判断して良かったのかも知れない。だがデファーグはまだ迷っていた。相手が同じ『勇者団』のメンバーである可能性が高いと考えていたからだ。

 そしてもう一人が魔法を放ったのも感じていた。しかしその魔法は明後日の方向へ放たれていた。


 何をやっているんだ?……正直、この明後日の方向へ放たれた魔法のせいで彼らの攻撃が自分以外の、自分が存在を察知していない第三者に向けられているのではないかと思ってしまった。そのせいで反応が少しばかり遅れてしまったのはいなめない。だがその考えは全くの見当違いだったし、攻撃はあやまたず自分へと向けられたものだった。

 明後日の方向へ放たれた魔法は空中で突然方向を変え、目に見えぬ突風となってデファーグを襲ったのである。


「クッ!?」


 突然の突風に姿勢を崩しそうになるも辛うじて堪えたデファーグは右腕を顔の前にかざし、風から顔を守る。そして、その突風には一人の刺客がもぐり込んでいた。風によって、そして風を防ぐために顔の前に持ってきた腕によって出来た死角を利用するように音も無く突っ込んできた刺客は一気にデファーグの懐に飛び込むと右拳を突き出す。


 ガキッ!!


 剣聖ソード・マスターの称号は伊達ではない。デファーグは突風と共に飛び込んできた男が放った拳を、左手で突き出した剣の柄で弾いた。そしてその反動を活かすように身体を後ろへ流しつつ、顔の前に翳していた右腕を刺客に向かって振り下ろす。

 自分の顔に向かて正確に振り下ろされるデファーグの右拳を刺客は避けきれなかった。突進の勢いがついていたし、自分の最初の一撃を防がれた時点でそのままデファーグの右へすり抜けるつもりだったのだが、その動きはデファーグによって正確に読まれていた。


「チッ!?」


 バランスが崩れるのもかまわず身体をよじり、デファーグの右拳から逃れようとするがその軌道から逃れきることはできない。デファーグの右拳は刺客の右のこめかみにかすり気味に当たり、刺客は身体をよじって逃げようとした方へ押されるように加速をつけられ、完全にバランスを崩してしまった。反射的に身体を丸め、地面に背中を預けるように身をおどらせる……前方回転受身うけみだ。綺麗に街道上でグルリと身体を前転させた刺客はそのまま回転力を活かして跳ねるように一瞬で立ち上がり、デファーグの方へ向き直る。音もたてずに刺客が立ち上がった時には既にファイティング・ポーズが出来上がっていた。

 デファーグはその動きを目で追いつつ自身も身をひるがえし、刺客に油断なく向き合うと右手を左手で支えた剣の柄に伸ばし叫ぶ。


「やめろスワッグ!

 俺だ!デファーグ・エッジロードだ!!」


「エッジロード様!?」


 スワッグは自分が攻撃をしかけた相手の正体に気づくと、ファイティング・ポーズを取ったままではあったが驚き、目を見開いて唖然とした。が、スワッグの声はソファーキングの支援魔法『静音移動』サイレント・ムーブの影響でデファーグの耳まで届かない。しかしスワッグの目と口の動きからどうやら味方だと気づいてもらえたらしいことを理解するとデファーグはフゥと溜息をついた。突風は既に止んでいる。


「風魔法か……向こうに残ってるのはソファーキングだな?」


 デファーグが構えを解き、岩陰で見えないカーブの先を見据えるように言うと、スワッグは月明かりに見える相手の顔が確かにデファーグのそれであると認め、初めてファイティング・ポーズを解いて駆け寄った。


「申し訳ありませんエッジロード様!

 お怪我は!?」


 まるでデファーグの前に滑り込むようにスワッグはひざまずいた。当然だろう。同じ『勇者団』のメンバーとはいえスワッグは所詮はヒト、しかもゲーマーの孫……つまりゲーマー三世に過ぎない。対して相手はずっと格上のゲーマー二世のハーフエルフ。それも剣聖の称号を持つデファーグ・エッジロード二世その人なのだ。そのデファーグに気づかなかったとはいえ一方的に攻撃をしかけたのだからタダで済むわけがない。


「いや、俺は大丈夫だ。

 お前こそ大丈夫か、血が出てるぞ?」


 デファーグは右拳を握ったり開いたりを繰り返しながら尋ねた。スワッグの頭を殴りつけた右手に異常が無いか確認しているのだ。


「え!?……あ」


 スワッグの右のコメカミからはデファーグが言ったとおり血が流れていた。頭を守るためにヘッドギアのような防具を被ってはいたのだが、当て鉄を革帯に留めるためのリベットが殴られた際に肌を引っ掻き、傷つけたようだ。

 スワッグは自身の出血には驚いたようだが、その驚きゆえに反射的に否定する。


「だっ、大丈夫ですこれくらい!」


 デファーグは右手の指の屈伸を続けながらチラリとスワッグを見下ろし、それからすぐにカーブの向こうへ意識を戻した。スワッグの方は実際問題ないだろう。月明かりで見る彼の出血量はかなり多く、既に流れ出た血の筋が顎まで伝っているが、首から上の出血というのは実際のダメージよりもやたら派手に見えるものだ。それに魔力で身体強化された彼はダメージの回復も常人とは比べ物にならないほど早いし、初歩的な治癒魔法だって使える。

 地形にはばまれて直接は見えないがデファーグの視線の先にいる人物も戦闘態勢を解いてこちらへ接近しつつあった。おそらく風魔法でこちらの会話を盗み聞きして状況を把握したのだろう、ソファーキングとおぼしき人物がドタドタとみっともないくらい慌てふためいた様子で駆け寄って来る気配が感じられる。


「お前たち二人だけなのか?

 ティフたちはどうした?」


「はい、ブルーボール様は我々二人に馬を連れて先に帰るよう指示され、フーマン様とファドを伴われて更に先へ進まれました。」


 デファーグの問いにスワッグが恐縮しきった様子で応えると、デファーグは喉の奥で唸るように鼻から長く重々しい息を吐いた。


「まだ先へ行っただって?

 なんてこった……何でそうなる?

 ソファーキングが来たら状況を説明してもらうぞ、スワッグ!?」

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