第938話 状況整理

統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ グナエウス峠/西山地ヴェストリヒバーグ



「エッジロード様、申し訳ありません!

 まさかこちらへお越しとは!!」


 一人で五頭の馬を曳きながら駆けてきたソファーキングは息を弾ませたまま叫ぶように言い、デファーグの前にひざまずいた。ひれ伏すソファーキングに馬たちが寄り添い、慰めるように鼻をこすり付けるが、ソファーキング自身はこれを払い除けたいと思いつつも間違って攻撃を仕掛けてしまったデファーグの手前、それをできずに馬たちに好きにさせざるを得ない。

 そのどこか異様な様子にデファーグは眉を寄せた。


「何をやってるんだ!?」


 デファーグは馬たちの様子からソファーキングが何かしたのかと思い尋ねたのだが、言われたソファーキングはデファーグが味方に、それもハーフエルフに攻撃したことをとがめていると思いかしこまった。


「申し訳ありません!

 まさかエッジロード様だったとは思いもかけず!」


「いや……」


 ソファーキングたちが何か悪ふざけでもしているように疑っていたデファーグだったが、ソファーキングのその様子では至って真面目にやっていたようだ。まあ、当然と言えば当然だろう。ティフたちと離れたのをいいことにふざけていたにしても、魔法まで用いて相手を殺すつもりで攻撃などするはずもない。先刻のスワッグの攻撃は決してふざけ半分で放たれたものでは無かったし、ソファーキングが放った風魔法との連携も完璧だったように思える。

 真面目に人を殺そうとしていたのならそれはそれで問題なのだが、デファーグは自分が真面目にやっていた仲間を疑ってしまった事に対する後ろめたさからそれ以上の追及を止めた。


「それよりも状況を説明してくれ。

 スワッグに聞いたがティフたちはまだ先へ進んだんだって?

 一体何がどうなってる?

 何でティフたちは先へ進み、お前たちは戻ってきてるんだ?」


 何かを誤魔化すようにデファーグが尋ねると、スワッグとソファーキングは跪いたまま互いに顔を見合い、すぐにスワッグがデファーグを見上げて答えた。


「スパルタカシアの居場所が判明したからです!」


「何!?」


 デファーグは己の耳を疑うようにスワッグを見下ろし、眉をひそめた。その反応にまるでデファーグの逆鱗にでも触れてしまったような気がしたスワッグは思わず息を飲む。


「そ、その……わ、我々はこの先でレーマ軍の砦を発見したのですが……

 そこに潜入したファドが、スパルタカシアが少数の護衛を伴い、そこから更に先の中継基地ステーションへ向かったという情報を持ち帰ったのです。」


「その砦は峠の頂上にあり、馬に乗って行けば必ずレーマ軍に見つかるため、ブルーボール様はあえて馬をお降りになり、我々に馬を預けて先に帰れと命じられると、ご自身はフーマン様とファドだけを伴って先へ進まれたのです。」


 スワッグの後を引き継ぐようにソファーキングが説明する。二人の説明を聞くうちにデファーグは悩まし気に目を閉じ、額に手を当てた。

 ルクレティア・スパルタカシアの一行はティフたちがシュバルツゼーブルグを発った後、入れ替えるようにシュバルツゼーブルグへ入ってきた。大勢の……千人近い護衛と御供おともを伴ってだ。デファーグたちは直接その一行を見たわけでも、その中にルクレティアが居たことを確認したわけでもないが、しかし街の様子から見てそれが偽装だったとは考えにくい。酒場の女はルクレティアがブルグトアドルフで一日留まったと言っていたから、その間に『勇者団』ブレーブスがルクレティアの一行を追い越してしまったであろうことは容易に納得がいく。ルクレティアがシュバルツゼーブルグにいるというデファーグの認識は間違ってはいないだろう。

 だとしたらティフたちがルクレティアを見つけたというのはあり得ない。まさか馬よりも速くシュバルツゼーブルグから駆け続けていたデファーグを、それどころかまだ陽の高いうちにシュバルツゼーブルグを発ったティフ達さえも、ルクレティアが追い越したなんてことはないだろう。ではティフ達が見つけたルクレティアの一行とは何者なのか?デファーグは二人の説明が途切れるとその悩まし気な姿勢のままで疑問を投げかけた。


「ちょっと待て、スパルタカシアが少数の護衛をってどういうことだ?

 ファドは何を見、何を聞いた?

 ティフは何でそう判断したんだ?」


 スワッグとソファーキングは再び互いに顔を見合った。二人は当初、デファーグが自分たちを責めているのだと思っていたが、ここへ来てようやく自分たちの不手際に機嫌を悪くしているわけではないらしいことに気づき始めていた。二人は先ほどまでより険しさの和らいだ顔でデファーグを見上げると、慎重に答える。


「ハッ、ファドが砦の馬丁ばていから聞いたところによると、本日この砦に来た上級貴族パトリキの馬車は一台きり。それは最低限の護衛のみを伴い、暗殺者の襲撃を防ぐためという名目で乗っている貴族の身分も明かさず、休憩だけして次の中継基地ステーションへ行ったそうです。

 貴族は馬車から降りなかったので正体は分からないそうですが、その話を聞いたブルーボール様はそれがスパルタカシアだと看破なさいました。」


『勇者団』われわれの追及を逃れるため、あえて護衛から離れて見つからないように先を急いだのだと、ブルーボール様はおっしゃっておいででした。」


 二人の話を聞いたデファーグは目を閉じ額を抑えたまま、頭痛でも堪えるように息を吐いた。その後、黙ったままデファーグの顔色をうかがい続ける二人にボソッと溢す。


「それは別人だ。」


「え!?」

「今何と!?」


 あまりにも予想外の言葉に二人とも理解が追い付かない様子でデファーグに訊きなおした。デファーグは額を抑えていた手を下ろし、両目を見開いて二人を見下ろすと改めて説明する。


「それはスパルタカシアじゃない。別の貴族だ。

 スパルタカシア一行は今シュバルツゼーブルグに居る。

 ティフ達が出た後、シュバルツゼーブルグに到着したんだ。

 俺はそのことを知らせるために急いで走ってきたんだ。」

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