第615話 緊急の手紙
統一歴九十九年五月六日、夕 -
ヴォルデマール・フォン・シュバルツゼーブルグの邸宅
アロイスはトラウゴットが最も溺愛した末娘ザビーネの夫であり、当代侯爵家当主エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人の実の弟と言うこともあって、シュバルツゼーブルグを訪れるたびに下にも置かぬ歓迎ぶりである。久々に親戚の顔を見た時の会話と言えば相場は決まっている。アロイスの子、すなわちトラウゴットとナターリエの孫の話題である。
ジークフリードはどうしてる、いくつになった?四つか!?そうか、もう大きくなったろう。食べさせているか?たくさん食べさせろ。ディートリッヒはどうだ?そろそろ立ち上がったか?歩いてる!?そうかそうか。ジークフリードもだがディートリッヒも生まれた時から大きかった。ああ憶えておるぞ。大きい声で元気で泣いてなぁ、屋敷中に響いておった。ホントじゃよ、ワシは憶えとる。グートルーンはどうした?たしかもう八つだろう?何まだ?そうか十月生まれだったか。じゃあ今年八つか?ああ、ああ、あの子も大きくなったろう。何を言っとる、半年も経ってりゃ見違えるぞ。ブリギッテも大きくなったろう!?ああ、そうだろうとも。同い年じゃなかったか?何、ブリギッテの一つ下?そうか。だが同じくらいだろ。ああ、ああ、女の子は成長が早いからな。あ~、え~っと何だったかな二番目の娘……そうそう、クリームヒルト!グートルーンが今年八つだと、あの子は五つか?何、六つ!?そうか二つ違いだったか……何、今日が誕生日!?何だ婿殿、娘の誕生日にこんなところで……いやいや、どうせなら連れて来てくれれば良かったのに……聞いたかヴォルデマール、今日はクリームヒルトの誕生日だぞ!?何をやっとる、ワインを開けろ!とびきり上等な奴だぞ?今日は特別な日だ。そうだ、もう一人おったろ?末の娘じゃよ……そうそうブリュンヒルトだ。あの子はどうした?いくつになった?二つ?三つじゃなかったか?今年三つ?ああ、そうか九月生まれだったか……おいヴォルデマール、うちのアガーテと同い年だったか?そうかそうか、大きくなったろう?
引退して家督を息子に譲ったとはいえトラウゴットの年齢はまだ六十に届いていない。
アロイスの妻ザビーネと子供たちは実は半年前までこの家にいた。結婚当初はアロイスの赴任先に合わせてアルビオンニウムやズィルパーミナブルクで生活していたのだが、一昨年のフライターク山噴火によって当時生活していたアルビオンニウムから実家のシュバルツゼーブルグへ避難したのだ。
アロイスは
その後、アルビオンニウムからの全住民避難が完了し、ザビーネも産褥から回復したこともあって、アロイスの家族はアルビオンニア軍団本部のあるズィルパーミナブルクへ転居していた。
アロイスからすれば……ヴォルデマールの子供たちにしてもそうなのだが、まだザビーネたちがズィルパーミナブルクへ転居してから半年かそこらしか経っていないのに、まるで遠い昔を懐かしむように夢中になって話すトラウゴットには何をそんなに……と呆れるばかりだが、しかしアロイスにしても先月久々に見たヴォルデマールの子供たちの成長ぶりには驚かされたものだし、老人というのは孫に対してはそう言うものなのかもしれない。
「ご歓談中のところ、失礼いたします!」
和やかな雰囲気を壊したのはアロイスの部下だった。アロイスたちが食事をしている一人の将校が大ホールに入室すると、
「侯爵夫人と子爵公子閣下より、緊急の伝文であります。」
「緊急だと?」
「ハッ、本日中に必ず閣下にお届けせよと、仰せつかったそうであります。」
将校はそう言うと小さなナイフを差し出した。アロイスはそれを受け取り、蝋封を切ると早速手紙を拡げて読み始めると、その表情は見る間に変わりはじめる。
「何、叔父様どうかしたの?」
「シッ!軍のお手紙よ、女が興味を持っちゃいけないわ。」
つい先ほどまで自分たちと同じ食卓を囲み笑みを浮かべていたアロイスが急に強張ったことが気になり、ヴォルデマールの三女リーゼロッテが問いかけると母のパウリーネが即座に
そんな三人の姉と母を見回し、長男のクリストフがヒョイッと身を乗り出す。
「じゃあボクなら聞いていいんでしょ?
叔父上、何かあったの!?」
クリストフは姉が三人もいるせいかヤンチャなところが少なく大人しい性格だが、十一歳の男の子だけあって軍隊のことに
シュバルツゼーブルグ近郊に突然出現した三百人もの盗賊団……軍の施設である
「あ!?……ああ、すみません。せっかくの楽しい時間だったのに……」
ホール中の視線が集まっていることに気付いたアロイスは、慌てて手紙を丸めながら取り
「いや、いいのです。しかし……何かあったのですか?
もし、都合が悪くなければお聞かせいただきたいのですが?」
先ほどまで義兄として振舞っていたヴォルデマールは無意識に郷士に戻って尋ねる。アロイスはそれに一瞬戸惑い、手紙を持ってきた将校に返しながら答えた。
「いや……ああ、まあいいか……詳しくは申せませんが……」
そこにはリュウイチがルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアに付けた《
「どうやら、盗賊団がスパルタカシア様の御一行を襲わんとし、アルビオンニウムで返り討ちにあったようです。」
「「「まあ!?」」」
「「おおっ!?」」
シュバルツゼーブルグ家の大人たちが一斉に驚きの声をあげる。
「ではスパルタカシア様は!?」
「それは無事です。」
「じゃあ盗賊団はやっつけたの!?」
「もう、行かなくてもよくなったと言う事かね?」
今度はクリストフのみならず、トラウゴットまでもが喜色ばんだ様子で問いかけて来る。アロイスはさすがに苦笑しながら言った。
「いえ、どうやら
おそらく、まだ半分くらいは残っているそうで……
明日はやはり予定通り出発せねばなりません。」
アロイスの顔が強張った様子からてっきり悪い知らせかと思っていたシュバルツゼーブルグ家の人々は思わぬ朗報に顔をほころばせて互いに喜びを分かち合った。
それから何事も無かったように歓談がはじまろうとしたとき、ヴォルデマールが何気に口にした疑問にアロイスはギクリとさせられる。
「しかし……そんな報せはウチには届いていないのに、どうして先に侯爵夫人や子爵公子閣下が知ったのだ?」
アロイスは固まってしまった笑顔のまま目を泳がせて「んん~~~」と数秒考え、そして答えた。
「多分……伝書鳩でしょう。」
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