第616話 プブリウスの企み
統一歴九十九年五月六日、晩 -
アルビオンニウムからイェルナクと共にサウマンディウムへ戻ってきたマルクス・ウァレリウス・カストゥスはプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵へ見せるために数十人もの捕虜を連れて来たイェルナクに対し、プブリウスの住まう『青山邸』には捕虜を収容する施設などないから
ムセイオンから脱走して来たハーフエルフたちが降臨を起こそうとしてアルビオンニアに潜伏しており、そのハーフエルフが三百人もの盗賊団を率いてケレース神殿に攻撃をしかけた。彼らは現地に居たサウマンディア軍団とアルトリウシア軍団と、そしてルクレティアがリュウイチから授かった《地の精霊》によって撃退され、その内一人が捕虜になった。
マルクスのその報告内容はプブリウスを驚嘆させるには十分すぎる内容だった。
「どういうことだ!?
あのイェルナクの言う通りだったということか?!」
降臨を実現させようとする謎の集団……すなわちメルクリウス団が実在したとなれば、イェルナクが盛んに訴えていた陰謀論が事実であったことになってしまう。
「いえ、偶然でしょう。
もしイェルナクの言った通りだったなら、ハーフエルフたちが今もなお降臨を起こそうとしている理由がわかりません。」
興奮のあまり思わず椅子から立ち上がったプブリウスに、マルクスは思わず腰を引き気味に答えた。
「それは、降臨したのが目的の人物じゃなかったからではないのか?
そのハーフエルフたちは自分たちの父母を降臨させようとしておるのだろう?」
「んっ!?」
マルクスはその可能性をすっかり見落としていた。伝承で聞く限り、降臨とは非常に難しい儀式であって簡単に何度も連発できるようなものではない。だから、リュウイチの降臨が成功している以上はそれで終わりだと思い込んでいたのだ。
だがプブリウスが指摘するようにハーフエルフは自分たちの父との再会を望んで降臨を起こそうとしている。ならば、降臨した相手が目的の人物ではないのなら、目的の人物が降臨するまで降臨術を繰り返すのではないか。
「そ、そうかもしれませんが、捕えた盗賊どもの証言ではハーフエルフが現れたのは先月の半ば頃から……リュウイチ様の降臨の後の事でございます。」
「では、本当に関係ないのか?」
「おそらく!
ヴァナディーズ女史も彼らに降臨を起こせるはずがないと申しております。」
「ヴァナディーズ…スパルタカシア様の家庭教師と言ったか?」
「そうです。
イェルナクはハン族の叛乱の責任を押し付けるためにメルクリウス団の存在をでっち上げようとしているだけです。アルビオンニウムへ渡ったのも、証拠を捏造するためでしょう。
そこへたまたま盗賊団の襲撃があった。そして捕えた捕虜からメルクリウス団に仕立て上げるのに都合の良さそうな力の持ち主に関する証言があった。それだけです!」
「では‥‥‥イェルナクが捕虜を連れて来たと言うのは?」
「はい、ただの盗賊ばかりです。おそらく、命惜しさにイェルナクの求めるままに証言をしているのだと思われます。現に、イェルナクの集めた証言の報告書、私も一応目を通しましたが、魔法を使える者の存在については触れているものの、その正体がムセイオンから脱走したハーフエルフであることを特定できるようなものではありませんでした。
イェルナクはムセイオンからハーフエルフが脱走してきていることを知りません。イェルナクめはメルクリウス団をでっち上げるのに都合のいい存在をそれとは知らずに見つけてしまった。それで夢中になっておるのです。」
「ふーむ……ではどうすればいい?」
「イェルナクを遠ざけ、時間を稼ぐほかありますまい。」
「時間を稼ぐ?」
「イェルナクに下手に嗅ぎつけられて、ムセイオンからの脱走者とメルクリウス団を結び付けられると厄介です。イェルナクめに嗅ぎつけられないようにイェルナクを遠ざけ、その間に気づかれないように脱走者を処理するほかありません。」
プブリウスはマルクスの言った「処理」という言葉に酷く反応する。
「処理だと!?ハーフエルフを殺すのか!?」
「まさか!」
驚いたプブリウスの言葉にマルクスは逆に驚いた。
「盗賊どもはいくら殺しても構いませんが、ハーフエルフを殺すなどもってのほかです。ですが、だからと言って放置してムセイオンからハーフエルフが脱走して降臨を起こそうとしたなどと世間に知られてしまうのは不味い。どんな騒ぎになるか分かったものではありませんぞ!?
それこそ、ハン族の叛乱がハーフエルフたちのせいにされかねません。」
「だがどうする?
場所はアルビオンニアだ。
既に百人を超える死傷者が出てしまっているのであろう?」
「それはあくまでも盗賊どもの仕業という事にし、ハーフエルフの存在については隠すのです。なるべく秘密裏に彼らの身柄を抑え、ムセイオンへ送り返すのが妥当でしょう。
その方がムセイオンにも恩を売れます。」
「侯爵夫人はどうする!?
領内を荒され、領民を殺されては黙ってはいられまい。
事は既にスパルタカシアや
「
「確かか?」
「はい、彼らは脱走者たちを
マルクスはニヤリと笑った。
『勇者団』はアルビオンニア属州で事件を起こした。だから彼らの犯罪を捜査し、どう裁くかは本来アルビオンニアの領主であるエルネスティーネの領分である。しかし、彼らが今回のメルクリウス騒動の関係者であるなら話は違ってくる。メルクリウス騒動に関する一切の優先権はプブリウスにあるのだ。
アルトリウシア軍団のセプティミウスは盗賊団の襲撃からルクレティアやブルグトアドルフ住民たちを守るため、あえて『勇者団』の事をカエソーやマルクスに教え、『勇者団』をメルクリウス騒動の容疑者と位置付けた。おかげで彼らサウマンディア軍団は盗賊団相手の戦闘に巻き込まれる形になったわけだが、しかしその甲斐あって『勇者団』の身柄を抑える優先権を手に入れた形になる。
「幸い、侯爵夫人はまだこのことを知りません。
残りの脱走者たちも、侯爵夫人がこのことを知って動く前に部隊を送り込んで抑えることが出来れば……」
「横槍を入れられる心配もないか……」
ムセイオンから脱走して来たハーフエルフ…その身柄を抑えてムセイオンへ引き渡せばムセイオンに大きな貸しを作れる。うまくすればハーフエルフ本人にも恩を売れるだろうし、サウマンディアの女に
リュウイチに関しては《
「
だが、侯爵夫人の新たな同意なしに送り込めるのはあと四個
それで間に合うのか?」
「ハーフエルフ十数人と戦いに行くとなれば厳しいかもしれません。彼らの実力は全くの未知数……昨日、捕虜をとったのも《
しかし、まずは交渉し、説得を試みましょう。そのためには大兵力はむしろ邪魔になります。彼らを探すための兵力と考えれば、四個
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