第1250話 一人のデザート

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「もういい!

 これは下げてくれ!」


 ペイトウィンはいら立たし気に言うと手に持っていた銀のスプーンをスープ皿に叩きつけるように突っ込み、皿を自分の前から押し退けた。見事な細工の施された銀のスープ皿には羊肉の香草煮込みがまだ半分ほど残っていたのだが、給仕たちの手によって下げられる。沸騰しない程度の火加減を保ちながら根菜や香草とともにタップリ二時間以上の時間をかけて煮込んだ羊肉は、口に入れれば噛まなくてもホロホロと勝手に崩れてしまうほど柔らかく仕上がった逸品だったが、気分を害してしまったペイトウィンにとっては料理の出来など最早どうでもいいらしい。

 しかし既にお腹いっぱいなのかというとそういうわけでもないのは確かなようだ。食べ盛りの少年という見た目通りの健啖けんたんぶりを示すハーフエルフがやや多めに盛り付けられていたとはいえメインディッシュを半分も食べずに満足できるわけもない。座席を発つわけでもなく、両手をテーブルに置いたまま人差し指でテーブルを叩き、次を待っている。

 次はデザートだ。グルグリウスは給仕に向かって指を鳴らした。人間みたいにパチンという音はしない。カツンという硬質な、どちらかというと低い音だ。彼が只の人間ではなく、生物ですらなく、人間のように見える外観とは異なり岩石の身体を持っていることがその妙な音の理由だ。


 グルグリウスの合図で給仕がデザートを運び込む。やはり銀の器に盛られているのはリンゴとブドウのコンポートのヨーグルトえ……カップ状の器に半分ほど満たされた白いヨーグルトの上に、砂糖で煮詰めたリンゴとブドウが綺麗に並べられ、全体にソースがかけられている。自分の前に出されたそれを見下ろすペイトウィンの表情がわずかにやわらいだ。ペイトウィンは甘いものが好きなのだ。

 早速、デザート用の銀のスプーンを使って一すくいすると、口へと運び込む。その途端、喉に絡みつくような甘味と爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、リンゴとヨーグルトの香りが鼻を通り抜ける。


「ん~~~……」


 まんざらでもない……ペイトウィンの表情を言葉に替えるならそうなるだろう。その様子に給仕たちは胸を撫でおろし、グルグリウスはヤレヤレと呆れを噛み殺した。

 ペイトウィンはそのままの勢いで二口、三口とデザートを口へ運び入れ、一分と経たないうちにその全てを平らげてしまった。最後はスプーンで器の内側にこびりついたヨーグルトとソースを削ぎ落とすように掻き集めるような真似までしている。


「御満足ですか?」


 食べ終わったペイトウィンがスプーンを投げ出すように置くと、グルグリウスが尋ねた。ペイトウィンは一瞬、その声に不快そうに頬を動かしたものの、機嫌はさほど悪くなさそうに答える。


「うむ。

 悪くなかったぞ、。」


「おや、ではデザートがお気に召しませんでしたか?」


 ペイトウィンが言おうとしている嫌味を察しながらもグルグリウスはワザと話題をずらし、とぼけて見せた。


「いや、デザートも良かった」


「では飲み物が?」


果汁飲料テーフルトゥムも良かったさ。

 出されたものはみんなよかった」


「おお、それはようございました」


 グルグリウスが芝居がかった様子で喜んでみせると、ペイトウィンはジトっとした目でグルグリウスを睨む。


「気に入らなかったのは料理以外さ。

 カエソー伯爵公子閣下が中座したことと、お前の下らんお節介だ」


 予想通りのペイトウィンの苦言にグルグリウスは両眉をあげ、苦笑いを返す。


「だいたい公務って何だ?

 こんな山の上の砦で、カエソー伯爵公子閣下は関係ないだろ?

 カエソー伯爵公子は海の向こうのサウマンディアの貴族で軍人じゃないか!

 この砦や周辺のことは管轄外なんじゃないのか!?」


生憎あいにく吾輩わがはいの口から申し上げられることはあまりありませんので」


 ました様子でグルグリウスが答えると、ペイトウィンはフンッと鼻を鳴らす。既に機嫌を良くするデザートの効果は切れたようだ。


「俺はハーフエルフだぞ!?

 高貴を極める聖貴族だ。

 その聖貴族に一人で食事をさせるなんて、無礼にもほどがあるだろ」


「お一人でお食事をなされるのが嫌だったのですか?」


 ブツクサと愚痴を溢すペイトウィンにグルグリウスがとぼけた様子で尋ねると、ペイトウィンは何か揚げ足を取られると察したのか一瞬口をへの字に結び、それから背を反らせた。


「違う!

 一人で食事を摂るのが嫌だったんじゃない。

 一人で食事をのが気に入らないんだ!」


「おや、では次から吾輩わがはい御相伴ごしょうばんにあずかりましょうか?」


 バンッ!……グルグリウスの冗談にペイトウィンはテーブルを叩いた。


「ふざけるな!

 何で俺がお前なんかと一緒に食事を摂らなきゃいけないんだ!?

 だいたいお前、食事なんか必要ないだろ!!」


 グルグリウスはニヤリと片方の口角を釣り上げる。


「食事は必要ありませんが食事を摂ることは出来ます。

 貴方様の御食事のお相手をするくらい、吾輩わがはい務めてごらんにいれますとも」


「要らん!!」


 ペイトウィンは顔を背け、腕組みして吐き捨てるように言った。


「御馳走を食べるのは文化的な行為なんだ。

 ただ動物が餌を食べるのとは違うんだぞ!?

 人間同士で同じ物を食べるから意味があるのに、人間じゃないお前と一緒に食べて何の価値があるというんだ?」


「それは残念」


 グルグリウスは困ったように小首を傾げ、片眉をあげて苦笑いを浮かべる。


「しかし、今度からは御一人ではなくなるかもしれませんよ?」


 思わせぶりな言葉に、ペイトウィンは再びグルグリウスを睨みつけた。


「どういうことだ?」


カエソー伯爵公子閣下が中座されたのと関係があるかどうか吾輩わがはいは存じませんが、少し前に《地の精霊アース・エレメンタル》様が砦に近づくハーフエルフの存在にお気づきになられたのです」

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