第1251話 女神官の役目
統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐
《
ルクレティア以外の室内にいる全員が跪いて頭を垂れたところで、ルクレティアは《地の精霊》に呼びかけた。
「《
ルクレティアの前に浮かんだ緑色に光る半透明の小人はフワフワと揺れつつ、室内を見回すように一周くるりと回ると、やや面倒くさそうに答えた。
『ハーフエルフどもが東の尾根を登って来ておる。
幾度か、チョッカイ出してきた奴のようじゃ』
ルクレティア以外の全員が驚き、思わず顔をあげて《地の精霊》を見上げた。いつもはルクレティアにだけ念話で話す《地の精霊》が、珍しくこの場にいる全員に念話で直接話しかけたからだった。そのことに気づかないルクレティアは何故みんなが驚いた顔をして見上げているのか分からず戸惑いつつも、
「再び、
ルクレティアが告げると、《地の精霊》を見上げていたカエソーはルクレティアの方へ視線を移し、ハッと我に返ると再び頭を下げた。
「はっ!
それで、ハーフエルフ様は今どれくらいの人数で、どこいら辺りにおりましょうや?」
『この砦と、この砦から坂道を下って最初の建物の真ん中ぐらいにもうすぐ到達するじゃろう。
数はワシには分からぬ。が、昨日、麓の街に居た分の倍よりも多い。
ハーフエルフとヒトで、馬に乗っておるようじゃ』
今度も、《地の精霊》は直接答えた。カエソーは早速考え始め、ルクレティアがそれにやや遅れて《地の精霊》の言葉を告げる。
「《
今
そして人数は、昨夜シュバルツゼーブルグに潜んでいた
ハーフエルフとヒトとが一緒で、馬に乗ってきているとお告げです」
カエソーやセルウィウスはチラッとルクレティアを見上げ、それから何やら気まずそうな表情でリウィウスたちを見た。リウィウスはカエソーたちの視線に気づくと、ルクレティア以外の全員を見渡し、全員が全員どうやら同じことを考えているらしいことを確認すると小さく咳ばらいをする。
「オホンッ……あの、
思わぬ方向から話しかけれら、ルクレティアは無言のままではあるが一瞬驚き、リウィウスに対して
「な、何?」
「
ルクレティアは目を見開いた。リウィウスが無言のまま頷いて一歩下がると、ルクレティアはそのまま視線を走らせる。目のあった全員が小さく頷くか、あるいは気まずそうに視線を逸らし、リウィウスが行ったことが本当であることを示した。
『ア、《
覚えたての念話で《地の精霊》に呼びかける。
『なんじゃ、娘御よ?』
《地の精霊》はくるり一周と回ってルクレティアの方を向いて止まった。
『みんなに直接念話されたって本当ですか!?』
『うむ?』
『どうしてですか!?』
『
「いえ、それは……その……」
ルクレティアは
念話は言葉そのものを伝えるのではなく、その言葉を発する時に伝えたいと思っていた意味が伝わる。例えば「食べたい」と言ったとしても心の中では「食べたくない」と思いながら言葉を発していた場合、「食べたい」という言葉は伝わらずに「食べたくない」という気持ちだけが伝わってしまい、言葉と実際に伝わった意味とが全く異なってしまうことも珍しくは無い。ゆえに念話でしか意思疎通のできない精霊とのコミュニケーションは精神を研ぎ澄ませて集中する必要があり、精霊との親和性に恵まれていて精霊の存在を知覚できるような人であっても、ある程度神官としての修行を積まなければまともに意思疎通までは出来ないということが多い。雑念が多いと伝えたい意味が雑念によってかき乱され、ろくに意味が伝わらないのだ。ルクレティアも本来は《地の精霊》のお告げをみんなの前で聞いてみんなにそのまま伝えたいと思っていたのだが、《地の精霊》のお告げを全員に伝えたいという気持ちが強かったために《地の精霊》は全員に直接話しかけて欲しいと言ったように受け取ってしまったのだった。
『で、ですが、今までは私としか念話してくださらなかったではありませんか!?』
『……
実際、《地の精霊》はルクレティアが何を言いたいのか理解できなかった。ルクレティアの心の中は荒れていたのだ。
今までは頼んでも他の人と念話してくれなかった!
私がみんなに伝えたかった!
私は
気付かなかった!
恥ずかしい!
みんなにも話せるなら言ってほしかった!
そうした考えがゴチャゴチャに混ざっていっぺんに《地の精霊》へ伝わってしまっていたせいだった。乱れた心で文章を編み出して念話で送っても、その文章には本来込めるつもりのなかった意味も無意識のうちに潜り込んでしまうのだから相手がどれほど聡明であっても伝わるわけがない。
ルクレティアはハッと両手で顔を覆い、身体をよじって顔を背けた。そして顔を覆っていた両手を胸元まで下ろし、目を閉じて呼吸を整える。雑念を除かねば……
「ド、
リウィウスが心配そうにルクレティアを
「大丈夫、大丈夫ですリウィウスさん」
「御無理はなさらない方が……」
「大丈夫です、すみません、ちょっと取り乱しました……」
心配するリウィウスを何とか安心させると、ルクレティアは《地の精霊》へ向き直る。
『申し訳ありません、《
《
精霊の言葉を人に伝える……それは
ルクレティアは今回の旅でリュウイチから《地の精霊》を授けられ、周囲の人たちと《地の精霊》との意思疎通を中継することで自分がそうした特別な神官に仲間入りしたと思っていた。実際それを否定する人はいないだろう。しかし、必ずしもそうではなかった。《地の精霊》はルクレティア以外の人間にも普通に話しかけることができたし、今実際にやっていた。ルクレティアは自分の存在意義が傷ついたような気がして動揺してしまったのだった。
そうしたルクレティアの内情を知ってか知らずかは分からないが、《地の精霊》はどこかルクレティアを慰めるように言った。
『うむ、この者らは雑念が多く、何を言っておるか分からぬことが多いゆえ面倒くさいのじゃ。
『はい、ご期待に添うよう心がけます』
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