第1252話 逆尋問失敗

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 関係あるかどうか分からないだと?

 にそれが理由だろ……俺のこと揶揄からかってるのか?


 ペイトウィンは顔をしかめ、ジトッとした目でグルグリウスをにらんだ。グルグリウスは動じるどころか面白そうに薄笑いを浮かべる。


「おや、気にならないのですか?」


 フンッと鼻を鳴らし、ペイトウィンは片づけられたデザートの代わりに出されていた香茶を手に取り、口元へ運ぶ。


「そんなこと俺に言っていいのか?」


「言うなとは、誰にも言われておりませんが?」


「余計なことは教えるなぐらいは言われてるだろ……」


 香茶の香りを愉しみながら言うと、ペイトウィンは一口啜って茶碗を降ろす。


「それとも、何か企んでいるのか?」


「企む!?

 吾輩わがはいがいったい何を?」


 ペイトウィンはガタッと音を立てて椅子ごとグルグリウスの方へ向き直ると、テーブルに肘を乗せ頬杖を突いた。


「その近づいてきているというハーフエルフたちについて、俺から情報を引きずり出そうっていうんじゃないのか?」


 全てを見透かしたように薄笑いを浮かべながらペイトウィンは脚を組む。

 ペイトウィンの想像では、近づいてきているというハーフエルフたちというのはティフ・ブルーボール二世とデファーグ・エッジロード二世、そしてペトミー・フーマン二世の三人だろう。スモル・ソイボーイはクプファーハーフェンへ行ってしまったから当分は戻ってくるはずがない。

 一昨日、ルクレティアの一行を追い越したと気づかずにグナエウス峠を目指したティフを呼び戻すため、デファーグはペイトウィンと別れてティフを追いかけて行った。そしてティフは追い付いたデファーグから話を聞いてブルグトアドルフへ戻り、そこでペイトウィンが捕まったことを知って追いかけて来たのだろう。

 レーマ軍は『勇者団』ブレーブスを捕まえたがっている。カエソーの様子からして、特にハーフエルフを捕まえたがっているに違いない。その彼らの下へハーフエルフたちが近づいてきていると《地の精霊》が告げたものだから、カエソーはそのハーフエルフたちを捕まえるためにペイトウィンとの夕食を中座したのだ。


 そして、そのハーフエルフが誰なのか、目的は何なのか、どうすれば捕まえやすいかをペイトウィンオレから聞き出したくなった……だからグルグリウスコイツに話を聞きだすように命じたってとこか……

 フン、馬鹿にするなよ?

 いくら俺だってアイツらのこと軽々しく売るほど軽くは無いぞ!


 ペイトウィンのそういう考えを知ってかはわからぬが、グルグリウスはヒョイと両眉を持ち上げた。


「考えすぎですよ」


 コイツ、とぼけやがって……ペイトウィンは顔に浮かべた薄笑いを強めた。


「そうかな?

 確かに俺は『勇者団』ブレーブスの内情を知っているぞ。

 そして今近づいてきているハーフエルフたちってのが誰の事なのかも分かっている。

 お前たちはハーフエルフを捕まえるために、俺から話を聞きだそうって言うんじゃないのか?」


 こちらが興味を持ちそうなネタを小出しにして自分への関心を持たせる……ペイトウィンはそういう小賢こざかしい真似をして近づこうとする人間をこれまで何人も見て来た。あえてハッキリ言わずに思わせぶりな物言いで、まるでくすぐるように言葉をあやつろうとする。グルグリウスの態度はペイトウィンの良く知るそれだ。多少なら付き合って揶揄いつくしたあげくに袖にしてこき下ろしてやるところだが……ただ、小出しにする加減を間違えているし話の持って来方もおかしい。あからさますぎて間抜けにしか見えない。さすがにそれで付き合ってやる方が疲れる。だからペイトウィンは答えを急いで話の先回りをするように答えて見せたが、それは却ってグルグリウスを喜ばせるだけに終わった。


「あいにくと!」


 グルグルグル……猫が喉を鳴らすようにグルグリウスは小さく笑う。


吾輩わがはいがレーマ軍ならそうかもしれませんが……」


 何が可笑しいやらグルグリウスはペイトウィンをまるで見下しているかのようだ。ペイトウィンは当然、面白くない。頬杖を突いていない方と手をテーブルに置き、人差し指だけを小刻みに上下させてトットットッとテーブルを叩き始める。


「お前はレーマ軍に協力してるんじゃないのか?」


吾輩わがはいが仕事を請け負った相手はカエソー伯爵公子閣下で、請け負った仕事は貴方様の御面倒を見ることだけです」


「お前の主人は?」


「主人?」


「《地の精霊アース・エレメンタル》だよ。

 お前に俺を捕まえさせただろう?」


 ああ……と、何かを思い出したようにグルグリウスは眉をあげ、どこか明後日の方向へ視線を泳がせると小さく首を振った。


「それを依頼したのもカエソー伯爵公子閣下ですよ」


「でも《地の精霊アース・エレメンタル》だって協力したんだろ?

 だからお前はインプからガーゴイルになんかなったんだ」


「それは貴方様がルクレティアスパルタカシア嬢を脅迫したからですよ。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様はルクレティアスパルタカシア嬢を守護したまいますから、ルクレティアスパルタカシア嬢に害があると見做みなせば御力を振るうことを惜しまれません」


 トットッとテーブルを叩いていたペイトウィンの人差し指が止まった。動きを止めたペイトウィンはジッとグルグリウスを見上げながらしばらく考え、皿に手を伸ばすとナッツを数粒掴んで口へ放り込み、ボリボリとかみ砕く。


「じゃあ、《地の精霊アース・エレメンタル》はティフたちが来ても捕まえたりしないのか?」


「ティフ?」


 訊き返すグルグリウスにペイトウィンは一瞬「しまった」と内心で自身の失言を後悔し、瞬間的に沸き上がった苛立ちを誤魔化すように香茶に手を伸ばす。それは既に冷めてしまっており、ペイトウィンは茶碗に残っていた香茶を一気に飲み込み、タンッと音を立てて茶碗をテーブルに叩きつけた。


「うるさい、余計なことは訊くな!」


 それから空の茶碗を肩ぐらいの高さに掲げて壁際の給仕に視線を送り、無言のままお代りを催促する。給仕が気づいたのを見たペイトウィンは今度は音を立てないように茶碗を置き、姿勢を元に戻した。


『勇者団』ブレーブスの他の奴らが来ても、《地の精霊アース・エレメンタル》は手を出さないのかって訊いてるんだ」


「それはなんとも……」


 グルグリウスがとぼけたように答えると、ペイトウィンは組んだ脚を小刻みに揺すり始めた。それを目だけで見ながらグルグリウスは続ける。


ルクレティアスパルタカシア嬢に害があると見做されれば、《地の精霊アース・エレメンタル》様は躊躇ちゅうちょなく御力を振るわれるでしょう。

 それ以外については何とも、《地の精霊アース・エレメンタル》様が何をどう思召おぼしめされるかは吾輩わがはいには計りかねます」


 ふぅぅぅぅ~~~~~~っ……ペイトウィンは貧乏ゆすりを激しくしながら苛立たし気に息を吐いた。


「レーマ軍が、あのカエソー伯爵公子が《地の精霊アース・エレメンタル》に『勇者団』ブレーブスを捕まえてくれって頼んだら、《地の精霊アース・エレメンタル》はそれに応えるのか?」


「《地の精霊アース・エレメンタル》様が只の人間の願いを直接聞き入れてくださるとは考えにくいですが、状況によってはあるかもしれませんな」


 ペイトウィンは組んでいた足を解いて両足を床に降ろした。そしてグルグリウスに向かってやや前のめりになって尋ねる。


「じゃあルクレティアスパルタカシアはどうだ!?

 ルクレティアスパルタカシアが頼んだら《地の精霊アース・エレメンタル》は言うことを聞くのか?」


「さすがにそこまでは……」


 グルグリウスはペイトウィンの勢いにされたようにやや引き気味に困った様な表情を見せた。


吾輩わがはいが御二人にお会いしたのはほんの二日前ですよ?」


 そんなに詳細に知ってるわけがないでしょう……グルグリウスが言いたいのはそういうことだった。ペイトウィンはグルグリウスを召喚したのは自分自身だったことを思い出し、自分自身の間抜けっぷりを呪うように顔をしかめ、上体を投げ出すように背もたれへ体重を預けた。


 それじゃ今までと同じだ。何も分からないのと一緒じゃないか……

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