第1253話 謎の魔法使い

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「こほん!」


 ルクレティアは咳ばらいをすると姿勢を正し、取り澄ました。そして先ほど見せてしまった醜態……という程では無いとは思うが、取り乱してしまったことを取りつくろうように説明を始める。


精霊エレメンタル様は本来、普通の人間とは会話しません。

 念話は心の中にある思いを言葉を介さずに魔力で伝える術……《地の精霊アース・エレメンタル》様のように強き魔力をお持ちの精霊エレメンタル様ならば万人にでも御言葉を伝えることができましょうが、普通の人間では雑念が多すぎて意味のあるメッセージを発することが出来ないからです。

 ゆえに《地の精霊アース・エレメンタル》様から皆様へ直接念話されることはありましょうが、皆様からの言葉が《地の精霊アース・エレメンタル》様に届くとは限りませんので、皆様の言葉は私が《地の精霊アース・エレメンタル》様にお伝えいたします」


 カエソーたちはどこか呆気にとられた様子だったが、ルクレティアが少し焦った様子で「よろしいですね?」と念を押すように尋ねると、互いに目を見合わせ、まぁそういうことならばと頷いた。


「分かりました。

 ではそのようにお願いいたします」


 全員を代表するようにカエソーが言うと、ルクレティアは内心で胸を撫でおろす。カエソーは気を取り直すように小さく咳払いすると、仕切りなおすルクレティアに尋ねた。


「改めてお訪ねします。

 ハーフエルフ様たちの、『勇者団』ブレーブスの人数や規模など、もっと詳しいことはお分かりにはなりませんか?」


 カエソーの質問にルクレティアは少し困った様な表情を見せた。ルクレティアの知る限り、精霊は数という概念を理解できないからだ。それでも聞かれた以上は答えないわけにはいかないし、先ほど自分が中継すると宣言してしまっている以上それをしないわけにもいかない。


『《地の精霊アース・エレメンタル》様、東から来るハーフエルフたちについて、お分かりになる限りのことをお教えください』


 《地の精霊》はルクレティアの前でふわふわと揺れながらクルクルと二回ほど回ってから答えた。


『ハーフエルフはケレース神殿でカエソーその者と話をしておった者だ。

 それとケレース神殿で魔力が尽きて仲間に抱えられて逃げた者もおる。

 それらは馬に乗って前を進んで来おる。

 他はヒトだ。

 ケレース神殿にハーフエルフらと共に来ておったヒトが馬に乗っておる。

 あとのヒトは馬に挽かれた車に乗っておるが、馬に乗っておる者らと違ってあまり魔力は強くないのぅ。

 馬に乗っておるヒトも大したことは無いが、馬車に乗っておる者らはごく普通のヒトじゃ』


 ルクレティアは「《地の精霊アース・エレメンタル》様の御言葉を……」と言いかけ、そう言えば今は《地の精霊》が直接念話してるんだったと思い出して開きかけていた口を閉じ、カエソーたちを見た。カエソーたちは今回も《地の精霊》の念話を聞いていたようで、カエソーは顎に手をあて、神妙な顔つきでブツブツと考え込んでいる。


「ということはハーフエルフ様は御二人……

 私と言葉を交わしたということはティフ・ブルーボール様だな。

 あと、魔力切れで仲間に連れられて脱出したということは、デファーグ・エッジロード様か……」


 カエソーはメークミーたちから得た情報と頭の中で照合し、接近中のハーフエルフについてアタリをつけた。

 ティフもデファーグもハーフエルフだから魔法を使えはするだろうが基本的に剣で戦うことを得意とする聖貴族だ。大砲トルメントゥムにも等しい攻撃を短小銃マスケートゥムの射程外から連発してくるような魔法攻撃職が居ないならレーマ軍だけでも対応できるかもしれない。


 いや、『勇者団』ブレーブスにはヒトのメンバーの中にも攻撃魔法を得意とされる方がおられたはず……

 確かソファーキング・エディブルス様といったか?


「どちらも剣術など白兵戦を得意とされる御方。

 あと、随行するヒトの中に魔法攻撃を得意とする聖貴族コンセクラトゥスがおられなければ、レーマ軍我らにも対応可能かと……」


 カエソーの隣で聞いていたセルウィウスもカエソーと同じ考えに至ったようだ。セルウィウスも平民プレブス出身とはいえ百人隊長ケントゥリオになって五年以上、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの若手将校の中では中堅と言って良い。それなりの判断くらいはできるのだろう。


「問題はそのヒトの聖貴族コンセクラトゥスに魔法攻撃職が居るかどうかだ。

 メークミーサンドウィッチ殿とナイスジェーク殿から得た情報では『勇者団』ブレーブスで魔法攻撃を専門とするのは御二人、一人はペイトウィン・ホエールキング様、もう一人はヒトのソファーキング・エディブルス様」


「その、ソファーキング・エディブルス様とおぼしき聖貴族コンセクラトゥスは、接近中のハーフエルフ様の御一行の中に居られますでしょうか!?」


 セルウィウスの進言に応える形で知りえた情報の中からカエソーが予想を口にすると、セルウィウスはルクレティアへ質問を投げかけた。


「《地の精霊アース・エレメンタル》様、東から近づいて来るハーフエルフ様の御一行の中にヒトで魔法攻撃を得意とされるソファーキング・エディブルス様とみられる御方は居られますでしょうか?」


 《地の精霊》は一度フワリと高く舞い上がり、すぐに元の高さに舞い降りてくるとふわふわと揺れながらクルリと回転する。


『そのナントカ言う者が分からぬ。

 居るかもしれんし、居らんかもしれん』


 ルクレティアはソファーキング・エディブルスの名を知ってはいるが面識があるわけではない。ゆえに念話で《地の精霊》に尋ねる際もボンヤリとしたイメージしか伝えることが出来ず、当然地の精霊もボンヤリした情報から居るか居ないかを判断しなければならなくなるため回答のしようがないのだった。


『ヒトで魔法攻撃を得意とされる御方です。

 それらしい御方の御姿は見られませんか?』


 ルクレティアにそのように質問されても《地の精霊》は困るしかない。何せ『勇者団』のメンバーは『魔力隠しの指輪』リング・オブ・コンスィール・マジックを装着しているから、ゲイマーの血を引く聖貴族であっても精霊に感じ取れる魔力は常人より少し高い程度だ。むしろ精霊だから常人より高い魔力を感じ取れるのであって、遠距離にも関わらず『魔力隠しの指輪』を装着した聖貴族と常人の魔力と区別して察知できること自体が本来は異常なことなのである。ルクレティアでは間近に居ても常人と聖貴族の区別を魔力だけで区別することなどできないだろう。


『そうは言われても、魔力だけでは分からんのぅ』


 《地の精霊》が困ったように答えると、ルクレティアは食い下がった。


『魔力以外で何か手がかりはございませんか?

 たとえば、攻撃魔法を強化するための魔導具マジック・アイテムを装備しているとか!?』


『そうは言ってものぅ……』


 《地の精霊》はフワフワと見る者の不安を駆り立てるようにせわしなく揺れ動く。


『大きな武器を持って居るのはハーフエルフだけじゃ。

 馬車に乗ってるヒトとその後ろを馬に乗ってついて来るヒトは目立つような武器は持っておらん。

 魔導具マジック・アイテムか……

 後ろを並んで馬でついてきているヒトは右側の者も左側の者もどちらも魔力を帯びた物を身につけておるようじゃが、大きな金属の塊は身に着けておらんのぅ。

 馬車に乗っておるヒトは魔導具マジック・アイテムらしきものも武器も身に着けておらん』


 どういうことだ!?


 途端にカエソーの顔が険しくなる。


 大きな金属の武器を身に着けていないということはおそらく魔法の使い手だろう。ただ、カエソーが把握している『勇者団』の魔法攻撃職はペイトウィンとソファーキングの二人だけ……そのうちペイトウィンは既に捕えてあるからソファーキング一人しか残っていないはずである。


 こちらの情報から漏れている魔法使いがまだ居るということか?

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