第1254話 もう一人の魔法使い

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「閣下?」


 ルクレティアの声にハッと気づくと、周囲の者たち全員の視線がカエソーに集まっていた。


「あ、ああ!?

 ああ失礼!」


 一人の世界に入り込んで周囲のことを忘れてしまっていたことに気づいたカエソーは素直に詫び、現時点での現状認識を説明し始めた。


「現時点で、我々が把握している『勇者団』ブレーブスのメンバーは十三人です。

 そのうち五人がハーフエルフ様、八人がヒトの聖貴族コンセクラトゥス様です。

 そして魔法攻撃を得意とされておられるのは既に我らの手の内にあるペイトウィン・ホエールキング様と、先ほど申しましたソファーキング・エディブルス様。

 ソファーキングエディブルス様は攻撃魔法を得意とされるヒトの聖貴族で、おそらく馬車の後をついてきている馬に乗ったヒトのうちの一人はソファーキングエディブルス様でしょう。

 しかし、他の人物がわかりません。

 魔導具マジック・アイテムを身につけながら武器を持っていない以上、魔法の使い手だとは思いますが……」


 魔法は脅威だ。攻撃魔法……それは今の大協約体制下のヴァーチャリア世界の軍人たちにとって最早歴史上の存在と化している。何やら火の玉やら岩や氷の弾丸が飛んでくるとは聞いている。一発一発が大砲並みの威力で、それを戦列歩兵の一斉射撃のような勢いで一人の魔法使いが放つことができるとも……しかしそれが実際にどういうものなのかは、今やムセイオンに居るごく限られた人たちを除き誰も知らない。カエソーだってセルウィウスだって知らない。強いて言うなら、リュウイチの《火の精霊ファイア・エレメンタル》の力によって一瞬で溶かされた投槍ピルム太矢ダートの残骸を見て、その威力の片鱗を間接的に知るばかりだ。


 あんな威力の攻撃魔法に我が軍の魔導の大楯マギカ・スクトゥムで対抗できるのか?


 レーマ軍が装備している大楯スクトゥムこの世界ヴァーチャリアで量産に成功した数少ない魔導具の一つだ。装備者の魔力を吸収し、前方から飛んでくる銃砲弾を減速させる効果を持っており、兵士の犠牲を対価に勝利をもぎ取らねばならない戦術歩兵戦術が主流のヴァーチャリア世界の戦場で、兵士の被害を局限してレーマ軍の経戦能力を大きく下支えした傑作装備である。集団で使えば大砲の弾だって防ぐ(実験では一人の兵士でも大砲の弾を防げたという話もある)という魔導の大楯だが、攻撃魔法に対してどの程度有効かは未知数だ。いちおう大戦争中に魔導の大盾で魔法攻撃を防いだ実績はあるのだが、まったく防げなかったという事例もあるため、実際のところ食らってみなければ分からないというのが本当のところである。つまり、実質的に未知の攻撃手段なのだ。


 未知の攻撃手段……あらゆる最悪の事態を想定し、その中で最善を目指さねばならない軍人たちにとって、想定しきれない敵、想定しきれない攻撃というのは厄介極まる存在だ。そしてこの世界には実際に魔法というものが実在し、その実態も良く分かっていない。


「お、恐れ入りやす……」


 口を開いたのはリウィウスだった。リュウイチがルクレティアの護衛のためにつけた奴隷の一人で、奴隷になる前はただの一兵卒レギオナリウスであったことを考えると、上級貴族パトリキでしかも筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスであるカエソーに直接口を利くなど本来なら考えられないが、リウィウス、ヨウィアヌス、そしてカルスの三人は今この部屋に居る中で、いやこの砦に居る中で『勇者団』と直接戦ったことのある数少ない経験者である。軍人とは、時に実戦経験の有無を階級や身分の差よりも重視することがままあった。


「何だ、言ってみるが良い」


 カエソーが発言を許すとリウィウスは改めて「恐れ入りやす」と頭を下げながら繰り返し言った。


「同じ魔法の使い手とは言っても、攻撃魔法の使い手とは限らねぇんじゃありやせんかね?

 たとえばグルグリウス様が話しておられたエイー・ルメオ様も、魔法の使い手だが治癒魔法専門で、戦ごとはからっきしだってぇ話だったじゃございやせんか?」


 エイー・ルメオ……治癒魔法の使い手で医学・薬学の分野ではムセイオンでの研究成果が著しい聖貴族であることは広く知られている。メークミーから得られた情報でもエイーが『勇者団』に加わっていることは明らかになっていたし、グルグリウスは『勇者団』からエイーを離脱させたいと相談も持ちかけられていた。


エイールメオ様はブルグトアドルフにおられるはずだが、こっちへ来たということか?」


 カエソーが面倒くさそうに訊き返すと、リウィウスは余計な一言を言ってしまったと後悔するように頭を掻きながら小さく頭を下げる。


「そうは申しやせんが……エイー・ルメオ様のように魔法の使い手だが攻撃魔法を使うわけじゃねぇって御方が居られたりはしねぇんですかね?」


 カエソーは後ろを振り返った。その視線の先に彼の部下、サウマンディア軍団レギオー・サウマンディア百人隊長ケントゥリオが居た。彼はカエソーの視線に気づくと何を命じられたわけでもないがカエソーの意図を察して答え始める。


「ハッ、『勇者団』ブレーブスのヒトはルイ・スタフ・ヌーブ様、ジョージ・メークミー・サンドウィッチ様、アーノルド・ナイス・ジェーク様、ミシェル・ソファーキング・エディブルス様、エドワード・スワッグ・リー様、ヘンリー・スマッグ・トムボーイ様、そしてフィリップ・エイー・ルメオ様の八名です。

 このうちミシェル・ソファーキング・エディブルス様、ヘンリー・スマッグ・トムボーイ様、そしてフィリップ・エイー・ルメオ様の御三方が魔法の使い手であると思われます」


 百人隊長はメークミーやナイスから聴取した情報を帰郷後に報告すべく取り纏めていたので『勇者団』の情報について、既に判明している分については淀みなく答えることができた。


エイールメオ様はブルグトアドルフに居られるはずだから、つまりスマッグトムボーイ様ということか?」


スマッグトムボーイ様というのは、攻撃魔法の使い手ではないのですか?」


 百人隊長の報告を受けて残りの人物についてカエソーが立てた予想を聞き、セルウィウスが所属軍団レギオーは違えど同じ百人隊長に尋ねると、百人隊長は先ほど報告した時より若干砕けた様子で答えた。


「いえ、シュバルツゼーブルグで見せていただいた貴族名鑑によると付与術師エンチャンターだそうです。」


「「「エンチャンター?」」」


 聞きなれない言葉に何人かが声をあげると、百人隊長は全員に聞こえるようにやや姿勢を高くして解説する。


付与術師エンチャンターというのは魔法使いですが、魔法で直接相手を攻撃したりしません。

 魔法の力によって敵を弱体化させたり、味方を強くしたりして戦闘を優位に運べるように支援する役目の魔法使いです。

 優れた付与術師エンチャンターが居れば、味方の戦力を二倍にも三倍にも高められるんだとか……」


 うぅ~~~む……百人隊長の解説を聞いたカエソーとセルウィウスが同時に呻いた。


 なんてこった、攻撃魔法の使い手がもう一人現れるよりよっぽど厄介なんじゃないか!?

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