第405話 マグナ・クリスタルム・ピラ復活

統一歴九十九年五月五日、夕 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「今後も、祭祀を行い地脈を見続けねばなりませんね。」


 地脈の現状、そしてその影響について《地の精霊アース・エレメンタル》から話を聞いたルクレティアは誰に言うともなくつぶやくと、《地の精霊アース・エレメンタル》に向き直って頭を下げた。


「《地の精霊アース・エレメンタル》様のお力、これからも今日の様にお借りしたく存じます。」


 現状では神官たちは誰も地脈を観測することが出来ない。だが、この地の地底には今も地脈が残っており、その魔力がほぼ枯渇した結果いくつかこの地域に影響が出ることが予想される。それを知るのがケレース神殿テンプルム・ケレースの存在意義であり、その神官長代理であるルクレティアの役目でもあった。となれば、今回のように《地の精霊アース・エレメンタル》に力を借りなければその役目を果たせない。


『自分では見れんのか?

 そなたからは地の属性に近い魔力を感じるが…』


「残念ながら私では地脈が弱すぎて見えません。

 かつてあった大水晶球マグナ・クリスタルム・ピラがあれば見れるかもしれませんが…」


 不可解そうに尋ねる《地の精霊アース・エレメンタル》にルクレティアは、かつて大水晶球だった砂の入った壺に目をやりながら残念そうに答える。


『水晶の玉があれば見れるのか?

 そこにもあるだろう?』


 《地の精霊アース・エレメンタル》は寝台の上に置かれたスパルタカシウス・プルケル家の水晶球を指して言った。


「残念ながらあれでは小さすぎてダメでした。

 あれはあれで大きいのですが、地脈が弱くなりすぎてあれでは足らないのです。」


 仮にプルケル家の水晶球で地脈を観測できたとしても、今後も借りることが出来るわけではなかった。アレはサウマンディアのケレース神殿テンプルム・ケレースで使われるものであり、本来ならば神殿テンプルムの外へ持ち出されることなどまずあり得ない。今回は降臨とその後の地脈の消失という前代未聞の事態を受け、スカエウァの懇願もあってようやく貸し出してもらえたものなのだ。それが無ければ今頃、サウマンディアのケレース神殿テンプルム・ケレースでの脈卜ウェーナスピキウム…つまり、地脈の観測に使われているはずだった。


「あの壺に入っている砂がかつて一つの大きな水晶球でした。

 ですが、ああなってしまったので…」


 ルクレティアは砂の入っている壺の方に目をやり、残念そうに言った。ルクレティアにとって大水晶球マグナ・クリスタルム・ピラは子供の頃から親しんだ、アルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースの象徴ともいえる宝物ほうもつであり、スパルタカシウス氏族の誇りともいえる存在だった。

 それが今や見る影もない、ただの白い砂と化しているのである。氏族の宝、子供のころからの思い出、まるで神官としてのアイデンティティそのものが揺らいでしまったかのような喪失感を、今ルクレティアは味わっていた。


『ふむ…』


 そんなルクレティアの様子と砂の入った壺を何度か見比べた《地の精霊アース・エレメンタル》が何か一人合点したかのように頷くと異変が起きた。


「「「!?」」」


 《地の精霊アース・エレメンタル》の光が急に強くなり、《地の精霊アース・エレメンタル》から緑の光が壺に向かって伸びる。ルクレティアをはじめ見守る人々が驚く中、壺の中の砂が緑色に輝きながら噴き出すように空中へ浮き上がり、まるで雲が渦巻くように人々の頭上を漂い始めた。


「何だ!?何が起こっている!?」

「砂が…!?」

「これは一体…」


「な、《地の精霊アース・エレメンタル》様いったい何を!?」


 『水晶の間クリスタルム・ロクム』の中にいた神官や入口で見守っていた軍人たちがざわめき始め、ルクレティア自身も何が起こっているか分からず落ち着きを失う。そんな中、頭上で渦巻きながら漂っていた砂が次第に渦流を加速していくと、徐々に丸い形にまとまっていった。


「まさか!?」

鉱物操作ミネラリス・トラクタータエ!?」

「おお、奇跡だ」

「この目で見れるとは…」


 鉱物操作ミネラル・マニピュレーション…それは特に強力なゲイマーガメルか《地の精霊アース・エレメンタル》のみが使える魔法、あるいはスキルであり、任意の鉱物を強力な魔力によって精製し加工するものだ。

 通常の方法で鉱物や金属を加工しようとすると、素材に不純物が混ざったりするし、また《火の精霊ファイア・エレメンタル》などが顕現して障害となったりしてしまうのだが、鉱物操作によって加工された鉱物や金属は《火の精霊ファイア・エレメンタル》などの影響も受けず、また不純物も取り除かれた高品質な製品を生み出すことが出来る。歴史上存在した伝説の武具などは鉱物操作によって作られたとされる物も多いが、いかんせんそれほど強力な魔法となると今のこの世界ヴァーチャリアでは使える者がおらず、またそれほど強力な《地の精霊アース・エレメンタル》を召喚し使役できる者も居ない。それは完全に伝承の中にのみ存在する魔法だった。

 それが、おそらく百年以上ぶりに目の前で再現されている。それを目の当たりにする者たちはただ茫然と見守るばかりであり、一部には感激のあまり涙を流している神官もいた。


 砂粒は丸い形にまとまっていく中で一粒一粒が液化して赤熱したように弱い赤らんだ光を放ち、それが他の粒と合わさって一つの球体を形成し始める。鉱物が溶けて液化しているとすれば相当な高温のはずだが、不思議と周囲で見守る者たちがその灼熱を感じることは無かった。ほのかな温かさを感じるのみである。

 気付けば頭上を漂っていた砂の雲は一つの球体に変化していた。空中に浮かび回転運動を続ける球体は発していた赤らんだ光をゆっくりと弱めていき、液体は冷めて結晶化していく。そして姿を現したのは《地の精霊アース・エレメンタル》と同様の薄い緑色の光に包まれた巨大な結晶体…完成した大水晶球マグナ・クリスタルム・ピラだった。


「ア、《地の精霊アース・エレメンタル》様!こちらに!!

 それをこちらの鎖の網に乗せてください!!」


 《地の精霊アース・エレメンタル》が出来上がった大水晶球マグナ・クリスタルム・ピラをその場に降ろそうとしている事に気付いたルクレティアが慌てて注文を出すと、ゆっくりと床に降りかけていた大水晶球は再び浮き上がっていく。その程度の注文くらいどうという事もないとでもいう風に、《地の精霊アース・エレメンタル》は巨大な水晶球を高く持ち上げ、ルクレティアが指さした鎖の上に移動させると、ゆっくりまっすぐ降ろして行った。


 キシッ…ギシギシッキシッ…


「「「「「お、おおおおお~~~っ」」」」」


 鎖のきしむ音を響かせ、巨大な水晶球が壁や天井から伸びた鎖によって編まれた網に納まると、それを見届けた人々からどよめきにも似た歓声が一斉にあがる。アルビオンニウムケレース神殿テンプルム・ケレースの象徴、スパルタカシウス氏族の至宝大水晶球マグナ・クリスタルム・ピラが在りし日の姿を取り戻した瞬間だった。ルクレティア自身も信じられないと言う風に目を見開き、涙で瞳を潤ませている。


「すごい、どうやって創られたのか謎だったが…

 こうやって創られたものだったのか」


 それまで口をポカンと開けたまま見ていたスカエウァが呻くように言った。

 スパルタカシウス氏族には大小さまざまな水晶球が伝えられているが、いずれも由来が不明瞭な物ばかりで、その製法は全く分かってなかった。ただ、《地の精霊アース・エレメンタル》から授かったとか、誰それから献上されたと伝えられるばかりで、製法に関わる伝承や記録は皆無だったのだ。

 しかし、子孫が増えてくると水晶球も新たに入手する必要が出てくる。なのに天然石を削って作っても必ず不純物やヒビのような模様があったし、スパルタカシウス氏族に伝わるような混じりけの一つも無い水晶球はどうやっても再現できなかった。おそらく魔法かゲイマーガメルのスキルによって作られたのであろうと予想はされてはいたのだが、いざ目の当たりにすると驚きを禁じ得ない。


『では、試してみるがよい。』


「は、はい!」


 ルクレティアは早速、新しくなった大水晶球マグナ・クリスタルム・ピラの真下の寝台にその身を横たえた。

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